樗木(ちょぼく)の遺言と爺怪説

愛国的好奇高齢者の遺言と違和感をエッセイ風に・・・

ALPS処理水の海洋放出について(J-134)

日本政府と東電はIAEAのお墨付きを得て、8月24日スペース的に限界に達しつつあった

福島原発ALPS処理水の海洋放出に踏み切った。これに対し、中国政府が猛反発し、それ

に呼応した中国国民からの嫌がらせや迷惑行為が拡大している。

これまで、どちらかといえば海洋放出には批判的な態度を示していた大手メディアも、

中国の度を越した迷惑行為にはさすがにあきれ果て、中国政府の責任ある対応を求める

論調となっている。

しかしながらメディアは、これまで国民の懸念を払拭するような報道をすることに必ず

しも積極的でなく、むしろ反対意見を無批判に流してきたように思う。反対意見は国内

にも存在し、もし中国の反応がこれほどでなければ、相変わらず政府批判を続けていた

かもしれない。

騒ぎが大きくなったおかげで、この問題を改めて考える機会が得られたわけだが、果た

して国民の頭の整理はついているのとかいうと、どうも心もとないようにも感じる。

勿論、自分を含めての話である。

というわけで少し整理してみることにした。参考になれば幸いである。

<政府の言い分>

経産相のホームページにはかなり詳しい説明がある。要点は次の通りだ。

・ALPS(Advanced Liquid Processing System=多核種除去設備)処理によりトリチウム

 以外の核種を基準値以下に浄化

・ALPSで除去できないトリチウムは海水で100倍以上に希釈し、1,500ベクレル/ℓ

 未満、トリチウム以外の核種は規制基準の1/100以下にさらに浄化

・放出するトリチウムの総量も事故前の基準(年間22兆ベクレル未満)とする。

 そのため すべてを放出するには約30年を要する。

・海域や水産物トリチウム濃度などのモニタリングを続け公表する。

 

この処理方法について、世界各国は概ね了承し、ロシアのコメントも完全な透明性と情

報の提供を求るのもで、反対している国は中国と北朝鮮だけである。

では、内外の反対理由がどういうものであるかみてみよう。

(1)日本政府並びに東電の言うことは信用できない

(2)事故由来の放射性物質と正常運転の原発から排出された放射性物質は別物

(3)トリチウム以外の放射性物質も混在している

(4)トリチウムそのものが危険.

(5)風評被害が心配だ

(6)漁業関係者などの同意が不十分

 

上記のうち、(5)は漁業関係者などの気持ちであり、(6)は専門家でないコメンテ

ーター等によく見られる意見であって危険性とは関係がない。また、(1)は概ね

(2)(3)(4)と抱き合わせの理由なので、畢竟(2)(3)(4)の懸念を払拭

することが”できるかどうかの問題ということになる。

<中国の主張>

中国は、処理水の海洋放出に対して直ちに反発し外交部汪報道官が声明を発表した。

“日本政府は国際社会の強烈な疑問と反対を顧みず一方的に「核汚染水」の海洋放出を

強行した。中国はこれに断固として反対と強烈な非難を表明する。日本は海洋を破壊す

るものとなり、生態系の破壊者となった”と激しく非難し、日本からの水産物の輸入を

全面禁止とした。北朝鮮の声明もこれにほぼ同じである。これは反対理由の(2)に

該当する。

要するに日本は「核汚染水」を世界共通の海にまき散らしているのであり、日本政府は

全く信用できないというスタンスである。さすがに日本国内でこれに同調する勢力はい

ないようだが、共産党議員の国会質問ではこれに似た反対論が述べられたことが在る。

これに対する日本側(経産省)の言い分は“国際安全基準では事故炉通常炉による区別

はなく、すべての放射性物質の影響の合計で安全性評価が行われる”と歯がゆい程に冷

静である。

中国側は5人の専門家による、“240日後には汚染水が中国沿岸に押し寄せる”との論文を

発表し、塩の買い占め騒動まで発生したが、そこまでやると中国の漁業そのものに悪影

響を及ぼすことは必至である。日本近海での荒っぽい操業も控えてくれればいいのだ

が、いったいどうやって矛を収めるつもりなのだろうか。

グリーンピースの主張>

放射性物質の中に炭素14という自然由来の物質がある。宇宙からの放射線に由来する中

性子と窒素14が反応して生成される。原発で使われる燃料の中にも窒素14が含まれてお

核分裂の際に派生する中性子と反応して炭素14ができる。半減期は5,730年でエネル

ギーの小さなβ線を出して安定な窒素14に戻る。光合成をするすべての植物に微量なが

らこの炭素14が含まれているため、動物もまた炭素14を体内に取り入れることになる。

これが処理水の中に残留していることがわかって、グリーンピースが目を付けた。SNS

炭素14を検索すると、グリーンピースが発する情報ばかりヒットする有様となってい

る。

グリーンピースは、“処理水に残るトリチウム炭素14は人間のDNAを損傷する可能性

がある”と警告する。これは全くのウソではないが極端に事実をゆがめている。

そもそも人間の体内には様々な放射性物質が取り込まれている。原子力安全協会の資料

によると、体重60㎏の日本人では、カリウム40が4000ベクレル、炭素14が2,500ベク

レル、その他を合わせると7000ベクレル程度になるという。つまり1秒間に7000個

(回)の放射線を浴びているということになる。放射線がDNAを傷つけるのは事実だ

が、DNAを傷つけるのは放射線だけではない。発がん物質や環境中の化学物質、活性酸

素など様々なものがある。そして細胞にはDNAを修復する機能がある。実際のところ、

毎日数万に及ぶ頻度でDNAは損傷を受けているのだという。つまり、損傷の程度が問題

なのである。

トリチウム炭素14からでる放射線β線である。β線α線よりもはるかにエネルギー

が低く、γ線ほどの透過力もない。皮膚さえも通過できないので外部被曝を考慮する必

要はない。もし心配するなら、β線γ線を出ししかも最大量のカリウム40に注目しな

ければならないが、そんな話は聞いたことがない。つまり、何ら影響がないという現実

があるからである。グリーンピースは、自らの正体を暴露しているだけだ。

トリチウムそのものが危険という説>

これは、北海道がんセンター名誉院長西尾正道氏の主張である。メディアなどにも登場

したことが在る有名人だが。肩書が肩書なので健康被害の実例などを交えた彼の講演に

はかなり説得力があるらしい。その内容を私が批判しても説得力がないので、ここは原

子力発電環境整備機構(NUMO)元理事の河田東海夫氏にご登場願うことにする。

河田氏の反論を要約するとつぎのとおりである。

“西尾氏の主張の要点は以下の3点に集約できる。

(1)有機結合型トリチウムは体内に長くとどまり、通常の水素に代わってDNAの分子 

  構造に取り込まれると、ヘリウムへの壊変で分子結合が破壊され、その損傷がβ線

の電離作用による損傷に上乗せされる。したがってβ線のエネルギーがいくら低いと言

っても安全なわけがない。

(2)実際に原発周辺でトリチウムによる小児白血病発症率の上昇などの健康被害がい

くつも出ている。

(3)そもそも政府や事業者が依拠する国際放射線防護委員会(ICRP)の放射線防護学

は、核兵器製造や原発推進のための非科学的な物語で構築されており、内部被ばくの深

刻さを隠蔽している。

・これに対する河田氏の反論

(1)については間違いではないがミクロな話に過ぎず、大事な事実を意図的に除外し

ている。それはDNAには損傷回復機能が備わっており、活性酸素などによる損傷に対し

て一日当たり数万回の修復が行われ、失敗したときはその細胞を自死させる作用がある

という事実である。仮に体内水がすべて処理水と同じ濃度のトリチウム水に置き換わっ

たとしても、細胞1個内でのβ線放出数は年間3個程度にしかならず、無視してよいレベ

ルであることは明白である。

(2)については、原発訴訟団体などが取り上げているものであるが、そのほとんどは

正規の疫学情報とはみなしがたいものばかりである。欧米の公的機関による調査結果

は、いずれも原発による放射線の影響は自然界からの被曝に比べて極めて小さいことか

小児がん発症変動の原因とする説は否定されている。

(3)は欧州放射線リスク委員会(ECRR)のクリス・バズビー氏の主張の受け売りであ

る。彼は福島原発事故のあった年の7月に市民団体に招かれ、各地で講演や記者会見を

行ったが、「200㎞圏で40万人の発がん増加」、「100㎞県内北西部の住民は直ちに非難

すべき」などと低線量被曝の危険性を煽った。しかしその裏で、被曝抑制効果があると

する怪しいサプリの日本販売に関わっていることが英国紙によって暴露され一挙に信用

を失墜した。彼はカナダが開発したトリチウム放出が格段に大きいタイプの原発周辺で

小児白血病などの上昇傾向があるという報告があったことも取り上げているが、その報

告の後に行われた本格的な疫学調査で有意な上昇傾向は認められないと結論された。周

辺住民の騒ぎなども起きていない。

西尾氏はそのことも知らないはずはないが意図的に伏せている。“

 

これを読むと、河田氏は口にしてはいないが、西尾氏の発言や行動は“原発反対運動”の

一環であると読み取れる。目標が正しければ手段は問わないというイデオロギーがかっ

た思想である。残念ながら私たちは、そういった偏りのある情報に触れる機会が多い。

出来れば両者が公開討論でもやってくれればありがたいのだが、誰もそれを企画しよう

ともしない。

注目すべきは韓国である。朝鮮日報は、“ソウル大学病院核医学科の姜健旭(カン・ゴ

ヌク)教授の「これまで私たちは日本の福島原発汚染水よりも高濃度のトリチウムを含

む水を平気で飲んできました。米国とソ連が出したトリチウムです。既に100万倍も多

い量のトリチウムを摂取していながら、『日本で作られた』という理由で危険と主張す

るのはばかげています。現実的には陸上の産物の方が水産物よりも濃度が高い。福島の

トリチウムは今後6000憶年全く問題がないレベルです”と言うコメントを掲載し、また

韓国原子力学会が発した公開討論の呼びかけに対し、危険だと主張する側の科学者が見

つからないため環境運動を展開する市民団体などにオファーしているという実情を記事

にしている。

これを見た日本のネットユーザーからは、今こそ学術会議の出番なのに何をしているの

かという非難の声が上がっている。

 

9月初めに中国訪問を予定していた公明党の山口代表は「タイミングが悪い」と中国側

から拒否され、直近では“いま中国に行けるのは日中友好議員連盟会長の二階俊博氏し

かいないだろうという声も上がっている。しかし、それはどうだろうか。焦ってはいけ

ない、時が経つにつれ困るのはむしろ中国の方だ。中国に輸出している程度の水産物

ら何とか対策がとれるはずだ。

第一、“海水浴シーズンの放出は避けた方がよい”と発言した山口氏や二階氏に専門知識

があるとは思われないし、変な妥協案を持ち帰られても困る。韓国で初期に見られた反

対運動が沈静化したように、真実を発信し続けることが肝要だ。中国のヒステリックな

反応にはさすがの日本メディアもついて行けないようで、雰囲気的には悪くない。

                          2023.09.02