樗木(ちょぼく)の遺言と爺怪説

愛国的好奇高齢者の遺言と違和感をエッセイ風に・・・

世界の王室(その1)欧州編(Y-44)

ノルウエー

あまり大きなニュースにはなりませんでしたが、11月8日ノルウエー王室がルイーゼ王

女(51)の公務からの離脱を発表しました。

王女は現国王ハーラル5世の長女で、2002年作家のアリ・ベーン氏と結婚し3女を儲けま

したが、16年に離婚、ベーン氏は3年後に自殺しています。王女はその後も王室に在っ

て公務に携わってきましたが、今年6月アメリカの黒人霊媒師デユレク・ベレット氏と

婚約し、物議を醸していました。ベレット氏は、新型コロナの治療に効果があるとする

メダルを販売するなど、代替医療の名目でビジネスを展開しており、これに対する批判

をうけて王室の公務とビジネスを明確に区別するためだとされています。

ノルウエーは、1990年に王位継承順位を男子優先から長子優先に変更していますが、次

の国王までは旧法のままで、弟君のホーコン王太子が継承することになっているので直

接の影響はありません。とはいえ、王位継承権のある王女の公務離脱は、その理由を含

めノルウエー国民に衝撃を与えています。

ついでにと言っては何ですが、ソニア現王妃は洋服商の娘(平民)であり、王太子妃は

何とシングルマザーでその子の父親は薬物所持で有罪というおまけつきですから、お騒

がせは血統なのかもしれません。

ノルウエー王国は872年に誕生し、その後スウェーデンデンマークとの連合王国の時

代を経て、1905年にスウェーデンから分離独立してデンマークの王子を迎え、現在のノ

ルウエー王国に生まれ変わっています。つまり、君主国としての歴史は長いけれども、

現王朝としての歴史はまだ120年足らずでしかも”借り物”だということです。

 

イギリス

ノルウエーのニュースに続き、その翌日にはイギリスで騒ぎが起きました。

就任して間もないチャールズ国王夫妻が、新たに建立されたエリザベス女王銅像の除

幕式のためヨーク大聖堂を訪れた際、23歳の男に数個の生卵を投げつけられるという事

件が発生したのです。

イギリス王室は、日本(126代)デンマーク(54代)に次ぐ41代の歴史を誇る古い王室

です。開祖は、1066年にイギリスを征服して王位に就いたノルマンディー公ウィリアム

で、当時の王室ではフランス語が使用されていました。その後何度も王朝は変わり、国

王が処刑されて(ピューリタン革命)共和制に移行した時代もあります(1649-1660)

だから、1660年を王朝の起点とする考え方もあるようです。

1714年にはスチュアート朝がアン王女で途絶え(17回妊娠するも5人は夭折、死産6回、

流産6回)、ドイツからジョージ1世を迎えてハノーバー朝となります。そのハノーバー

朝も18歳で帝位についたヴィクトリア女王ザクセン・コブルク・ゴーダ公国からアル

バート公を婿に迎えたことでまた王朝が変わることになります。しかし、WW1 でドイ

ツが敵国となったためドイツ風の名を嫌ってウィンザーの名に変えたのが現王朝の始ま

りです。今回即位したチャールズ3世はまだ5代目ということになりますが、実は先代が

女王であったため、その姓は王配エディンバラ公フィリップ殿下の姓と重ねて「マウン

トバッテン・ウィンザー」となるのだそうです。なんとなく目立たないようにしている

ように見えますが、これまでの考え方からすれば、やはり王朝は変わったということに

なるのでしょう。

 

欧州の君主制国家とその王室には溢れるばかりの存在感があり、スキャンダルを含め何

かと話題を提供してくれます。ここに取り上げたのは直近の話題ですが、それ以外の国

の現王室の成り立ちもなかなか興味深いものがあります。

 

スウェーデン

先ずは人口約1000万人(117位)のスウェーデンの王室です。現王朝の始祖ベルナドッ

テは、もとナポレオンの副官から将軍に上り詰めた人物ですが、ナポレオンの強い意向

により跡継ぎの無かったスウェーデン国王の王太子兼摂政に就任します。それから3年

後、スウェーデンプロイセン、ロシアが連合してナポレオンと闘うことになると、ベ

ルナドッテは連合軍を指揮してこれに勝利します。この功績により議会はすんなりとベ

ルナドッテの即位を認めます。彼には既にフランス人の妻と子があり、意地悪な表現を

すれば、平民出身のフランス人一家が、元の主を裏切って敵国スウェーデンの王家を乗

っ取ったということになります。しかし、その後ベルナドッテ王朝に前王家の血筋から

王妃を迎えたことなどもあり、特に波風は立っていないようです。尚、スウェーデン

王位継承順位を男子優先から長子優先に変更したので次期国王は長女のヴィクトリアが

継ぐことになっています。

 

オランダ

次は人口約1700万人のオランダです。

この国はナポレオン戦争後のウィーン会議(1815年)によりベルギーを併合する形で成

立し、ネーデルランド連邦共和国の最後の総督ウィレム5世(オラニエ・ナッサウ家

の子フレデリックが即位しました。現国王アレクサンダー(第7代)は、オランダ王室

116年ぶりの男子で、3代にわたり女王が続いた後の123年ぶりの男性国王です。オラン

ダ王室と日本の皇室とは長い交流がありベアトリクス前女王は日本でもよく知られてい

ますが、ドイツ人外交官であったクラウスとの結婚式には反対デモが押し掛けるという

騒ぎもあったようです。

オランダの王位継承者の結婚には政府と議会の承認が必要ですが、現国王アレクサンダ

ーと次男のヨハンは共に問題を起こしました。アレクサンダー妃マクシマはアルゼンチ

ン人で、その父が軍事独裁政権の閣僚であったからです。しかし父は反対派への拷問や

殺害に直接の関与はなかったとされ、二人の結婚が認められました。一方ヨハンの相手

は、彼女の過去の異性関係(暗殺された麻薬王)などから承認が得られずヨハンは王位

継承権を放棄して結婚しました。なお、久しぶりの男性国王を戴いたオランダですが、

次期はまた女王となる予定です。真偽のほどは分かりませんが、最近そのアマリア王

(18)がマフィアから狙われているという騒ぎが起きているようです。また、彼女が自

伝の中で王位に“乗り気でない”思いを漏らしていることもオランダ国民の頭を悩ませて

いるようです。

 

ベルギー

次は人口約1200万人のベルギーです。

ベルギーは1831年にオランダからの独立を果たして王国となりました。本来なら、共和

国として出発するはずでしたが、共和国になるとフランスの影響力が強くなりすぎてバ

ランスが崩れるとして、イギリス、オーストリア、ロシアから反対され、イギリス王室

に近い貴族(ヴィクトリア女王の王配を出したザクセン・コブルク家)を押し付けられ

た形で王国となりました。第3代のアルベール1世の時代にドイツ風の家名を使わないこ

とに決め、以後は国名を家名とすることに決めました(ベルジック家)。

ベルギーは自国の体制を「国民的君主制」と呼び、君主は「ベルギー国王」ではなく、

「ベルギー人の王」(King of the Belgians)としています。なお、この国も1991年に女

子にも王位継承権を認めましたので、次期国王はエリザベート(21)が女王となる予

定です。

 

スペイン

次いで取り上げるのはイギリスに次ぐ人口4670万人を擁するスペインです。

“スペインは何でも起こるが何も起きない”と言った同国の評論家がいますが、この国の

王朝は目まぐるしく変わり、しかも2度の共和制を挟んでいます。

1939年、第2共和制を終わらせて軍事独裁政権を築いたフランコ総統は、国王不在のま

ま自身を終身摂政としてスペイン王国を名乗り、最後にブルボン朝アルフォンソ13世の

孫ファン・カルロス1世を後継者に指名しました。ファン・カルロス1世はスペインの民

主化を進め国民の人気も高かったのですが、晩年はアフリカでの象狩りや数々のスキャ

ンダルで批判を浴び、現国王フェリペ6世に譲位しました。しかしその後も王室の人気

は回復せず、支持率は50%前後に低迷しているようです。次期国王は長女のレオノー

ル王女が継ぐ予定ですが、彼女がどのような結婚をし、またどのような女王になるかで

局面は変わるのではないでしょうか。何でもありのスペインですから、何が起きるかわ

かりません。

 

デンマーク

最後は日本に次ぐ900年の歴史を誇る国、人口580万人のデンマークです。

国王は世界でただ一人の女王となったマルグレーテ2世で、グリュックブルグ王朝の5代

目です。実はデンマーク国王は男子に限られていたのですが、前国王には男子がなく、

弟君が王位を継ぐ流れになっていました。ところが、マルグレーテは幼いころから国民

の間で大人気であり、弟君の方は逆に不人気であったことから、1953年に憲法を改正

し、13歳の王女マルグレーテを王太子に指名し初の女王が誕生することになりました。

マルグレーテ女王は、モデルのような美形で才能にあふれ、それに気さくな人柄とあっ

て、今も世界から敬愛されており、毎年末のTVを通じた国民に対するスピーチは恒例行

事となっています。

実はつい先日、マルグレーテ女王が4人の孫たちから王子・王女の称号をはく奪すると

発表し話題となっていますが、現王室グリュックスブルグ家はギリシャ、イギリス、ノ

ルウエーなどの国王も輩出した名門中の名門です。

その前はオルデンブルク朝(1448-1863)で、第5代クリスチャンセン3世の3男ハンス

(ヨハン)公はドイツ最北端の湖のほとりに地味ながらも気品のあるお城を立てまし

た。それが今も残るグリュックスブルク城です。グリュックスとは「幸運」の意味で、

やがてそれが家名となりました(デンマーク語ではリュクスボー)。ハンス公は2度の

結婚で23人の子宝に恵まれ、その末裔が1868年クリスチャン9世として現在につながる

グリュックスブルク王朝を開きます。そして、このクリスチャン9世の子供たちが欧州

各国の王室と婚姻関係を結び、王は「ヨーロッパの義父」と言われるまで関係が広がり

ます。「幸運の城」はその名の通り幸運をもたらしたわけです。デンマーク国旗はロー

教皇が十字軍に授けた旗を基にデザインされたもので、いわゆるスカンジナビアクロ

スの先駆けでもあります。

デンマーク社会保障が行き届き、個人の自由度や政府に対する信頼度も高く、国民の

幸せ度ランキングで1位になるなど、世界一幸せな国と言われています。

 

欧州の王室は長い歴史の中でその多くが姻戚関係にあり、複雑に絡み合っています。

そして“国は滅びても王家は残る”とでも言うべき地位を築いています。

しかし現在の王室を観察すれば、これまでに述べたように、それぞれ悩みを抱えていま

す。大きな流れとして、体制としては絶対王制から立憲君主制へ、王位継承順位は男子

優先から長子優先へ、配偶者は王侯貴族から一般人へと言った流れがあり、最近は自ら

王室を離れる王子や王女も珍しくありません。そういった流れの中で、次期国王が女王

となる国がスウェーデン、ベルギー、オランダ、スペインと7か国中4か国に上るのもあ

ながち偶然とは言えないように思います。そして、その王配がどのような出自であるか

はまた王室の存続に微妙な問題を投げかけるかもしれません。

 

欧州にはこの7か国の他にアンドラモナコなど「公国」と呼ばれる小さな国が5か国あ

り君主国としてカウントされることもありますがここでは省略します。

次回はアジアの王室を見てみることにします。

                         2022.11.24

 

 

 

歴史問題の肝所(Y-43)

いわゆる「歴史問題」は、話題になる度に私たちを重苦しい気分にさせてきました。

テーマとしては、慰安婦靖国、徴用工、教科書などが挙げられますが、これらはいず

れも似たような経緯をたどっています。代表的なパターンを示すとすれば、

朝日新聞をはじめとするいわゆる反日メディアが火をつけ)⇒(中・韓がこれを外交

カード或いは愛国主義教育として、時には内政問題のガス抜きとして利用し)⇒(中・

韓国民の反日運動に発展し)⇒(日本政府が泣く子を宥めるような宥和政策を講じて、

いったんは沈静化するが)⇒(政治家などが誤解を生む発言をしたりして)⇒(これを

反日メディアがことさら大きく取り上げ)⇒(再び炎上する)、といった堂々巡りを繰

り返しているように思われます。

つまり、それらの多くは日本発であり、日本と中・韓の双方に存在するむしろ円満な決

着を望んでいない勢力の共同作戦に踊らされているような印象が拭えないのです。それ

が重苦しさの原因です。謝罪は相手が許してくれるまで続けなければならないという考

えと同様に軽々な謝罪も誠意を疑われ逆効果を生んでいます。

この状態から抜け出すためには、相手の言い分を聞くことではなく、私たち自身が“肝

所”を抑え、口では”友好”と言いながら実は対立関係の持続を望んでいる勢力につけこま

れるスキを与えないことが肝要です。青少年教育や教科書などにおいても、そこが強調

されなければならないと思います。

その肝所はどこなのか、以下私見を述べてみたいと思います。

 

慰安婦問題の肝

慰安婦問題の肝は、日本人と韓国人が“日本国民”として平等であったが故に起きたとい

うことではないでしょうか。初めに、ある人物の次のコメントを読んでみてください。

“(当時)朝鮮の女性は日本国民であった。さらに日本軍慰安所は、占領地女性に対す

戦争犯罪防止のために設置運用された合法的な売春空間であり、慰安婦慰安所の経

営者と契約を結んだ後、身分証明書の発給を受けて出国しており、現地に到着してから

は、領事館・警察に各種書類を提出して営業許可を得て金を稼いだ職業女性たちだった“

これは、“なぜ韓国人である私たちが「慰安婦少女像」撤去運動を行うか”という題で週

刊新潮11月3日号に発表した金柄憲(国史教科書研究所長)の手記の一部です。

当時、売春は”合法“であり、日本人慰安婦も同様に処遇されました。金柄憲氏は”慰安婦

の本質は貧困であり、恥ずかしくも悲しい私たちの自画像である“と述べていますが、

彼女たちの多くは一家を支える稼ぎ頭というべき存在でした。勿論、例外的には悲惨な

ケースがあったかもしれませんが、中には日本人と結婚した慰安婦も存在し、その実態

は”性奴隷“とは程遠いものであったはずです。

この手記に対してどういう反響があるのか、私としては大いなる関心を持ってアンテナ

を張っていたのですが、日韓双方の大手メディアは共に”無視“をきめこんでいます。

日本のメディアは、おそらく週刊新潮のスクープが気に入らないのでしょう。

韓国メディアの静寂は、慰安婦問題が”旬”の話題ではないことを意味しています。つま

り、慰安婦運動が下火になっていることを示しているのかもしれません。

いずれにせよ、正義連(旧挺対協)をはじめとする”慰安婦ビジネス“と、その勢力に利

用されている未だ和解に応じない少数の元慰安婦たちは、”名誉回復“といいながら逆に

和解に応じた多くの元慰安婦たちの名誉を傷つけてきました。

慰安婦支援団体や政治家などの不祥事が明らかになり、所詮、慰安婦問題は彼らの

慰安婦ビジネス“であったという疑いが濃厚になった今、「日本軍性奴隷制問題解決の

ための正義記憶連帯」などというおどろおどろしい名称もそう長くは続けられないでし

ょう。しかし、韓国内に150体、世界に34体も設置された少女像が撤去されるにはどれ

ほどの時が必要だろうかと思えば、また気が重くなってしまいます。

 

徴用工問題の肝

徴用工問題の肝は、「日韓請求権協定」に従うということに尽きると考えます。

日韓請求権協定(1965)の第1条は、経済協力(無償供与及び低利貸し付け)について

の超具体的な取り決めです。これにより日本は5億ドル(無償3億、有償2億)及び民間

融資3億ドルの経済支援を約束し完全に履行しました。それは韓国の国家予算(3.5億ド

ル程度)を大きく上回る大変な額で、個人に対する補償も含まれていましたが、韓国政

府はすべてを経済発展に投入し”漢江の奇跡”を成し遂げました。第2条では、これによっ

て“両国は請求問題が完全かつ最終的に解決され、いかなる主張もすることができない

ことを確認”したとし、そして第3条では、“両国はこの協定に関する紛争は外交で解決

し、解決しない場合は仲裁委員会の決定に服する”と約束しているわけです。

だから、元徴用工らが未払い賃金などの支払いを求めた訴訟は当然棄却されましたが、

次には手を変え、虐待を受けたとしてその”慰謝料“を雇い主の企業に求め、なんと最高

裁にあたる大法院がこれを認めてしまったのです。つまり両国の関係は、第3条適用の

段階に入ったわけです。仲裁委員会に預けるということです。韓国側が何を言ってきて

も「取り決めの通り、仲裁委員会に預けましょう」というのが筋なのです。それ以外の

妥協は必ず禍根を残すでしょう。もし仲裁委員会が日本側の主張を認めなかったとして

も、それは致し方ありません。

このところ両国に歩み寄りの気配が漂っていますが、ともに支持率が低迷する政府が功

を焦って、おかしな妥協策を講じはしないかと少々心配になるところです。

コロコロと証言や判断を変える相手に対抗するには、変更できないものをベースにしな

ければなりません。だから、巨額の経済支援の根拠となった否定しようのない日韓請求

権協定に基づくしか道がないと考えます。

 

靖国問題の肝

GHQは、1946.2に旧軍人軍属への恩給を廃止しましたが、靖国神社の存廃に関しては

散々迷った挙句1951に存続を認める決定を下しました。この決定には二人の神父の進言

が少なからず影響したと言われていますが、靖国問題の肝はこの神父の言葉に示されて

いると思います。それは、

戦死者に敬意を払うのは国民の権利であり義務である”という世界の“常識”です。

戦死した軍人軍属の合祀は1946年から始まり、56年には敗戦時に自決した者540柱、59

年にはB,C級戦犯78年にはA級戦犯も合祀されました。戦争が終わった後に、報復まがい

の理不尽な裁判によって死刑とされた人たちは国内で59名、国外では1000人を超える数

に上ります。朝鮮戦争の勃発により対日政策が変わり、それ以降の刑の執行は中止され

ましたが、日本はそれほどまでの命による償いをしてようやく主権を回復しました。

そして、52年サンフランシスコ講和条約が公布されてから1年後の53年には、元戦犯を

含めて恩給や遺族への扶助を復活させ、これによって実質的に戦犯の名誉は回復されま

した。80年には、教皇ヨハネ・パウロ2世によって、戦犯として処刑された人々へのミ

サが行われ、天皇陛下や首相の靖国参拝にもこれと言ったクレームのない状態が続きま

した。ところが、1985年朝日新聞が中曽根首相の公式参拝を取り上げ、“中国が厳しい

視線で注視している”という記事を書きました。そう言われて中国もこれは外交カード

として使えると判断したのでしょう、“アジア各国人民の感情を傷つける”とはじめて意

義を表明したわけです。これが発端です。

戦争犯罪は双方にあります。人道的に見れば正しい戦争などありえません。しかし、同

じ行為でも勝てば英雄、負ければ戦犯となるのが常といえます。戦後の軍事裁判は、ほ

ぼ全面的に勝った側の理屈です。百歩譲って、負けた側だけに罪があるとしても、その

世代は十分に罪を償って生涯を終えるわけで、その子らが罪を受け継ぐ必要はないし、

継がせてはならないのです。

 

教科書問題の肝

教科書問題の肝は単純である。

明らかな内政干渉であり断固として拒否せよ”ということにつきる。

それができないのなら、もはや独立国家とは言えない。

                         2022.11.08

 

マイナカードのこれまでとこれから(J-124)

今月13日、政府は現行の健康保険証を2024年秋に廃止して、マイナカードと一体化した

「マイナ保険証」に切り替える方針を打ち出した。

ところが、総務省が19日に発表したように、マイナカードの普及率は、2016年1月から

6年9か月をかけて、ようやく50%越えを達成したばかりである。

どうしてこれほど普及が進まないのであろうか。

デジタル庁の調査(今年1~2月)によれば、その理由は次の通り見事に3分されている。

  ・情報流出が怖いから       35.2%

  ・申請方法が面倒だから      31.4%

  ・カードにメリットを感じないから 33.1%

しかし、これらの理由には誤解や考え違いと思われる部分もある。

その原因はいくつかあると思われるが、メディアのマイナカードに対する姿勢が、なぜ

か冷ややかであることも一因ではないだろうか。

例えば、10月14日の毎日新聞の「国民不在の強引な普及策」と題する社説がそれだ。

要約すれば、このような内容である。

 “政府は「誰一人取り残されないデジタル化」を掲げる。そうした理念に反する政策

ではないか。確かに利便性は高まるだろう。ただ期限は設けず普及状況や医療機関の態

勢などを考慮して決めるはずだった。

カードの交付開始から7年近いが、国民の半分しか持っていない。取得手続きのわずら

わしさだけが理由ではあるまい。政府が個人情報を管理し、データを活用することへの

不信や不安は根強い。カードを持ちたくない人が保険診療を受ける仕組みはあるのか。

紛失時にはどう対応するのか。

日本では、政府に個人情報を握られることへの警戒感が払しょくされていない。成果を

急ぐあまり、混乱や不信を招いては本末転倒である。国民に対し丁寧に説明し、理解を

得る手続きを怠ってはならない。”

この社説は、マイナンバーカードの利便性を認めながら、逆に不安感を煽る論調となっ

ている。社説には執筆者の名前がない(毎日の記事は原則記名方式)ので誰が書いたの

かはわからないが、この筆者は間違いなく総務省のホームページに目を通しているに違

いない。もし読まないで描いたとすれば無責任も甚だしい。

令和2年に発せられた「マイナンバーカードの安全性」には、イラストを駆使した丁寧

な説明がある。執筆者は読者にその事実を知らせることもせずに、知らぬ顔で読者を漠

然とした不安感へと誘導し、“国民に丁寧に説明し理解を得る手続きを怠ってはならな

い”と結んでいるのである。総務省の説明に疑義があるのであれば、具体的にその部分

を追求すべきだと思うが、それはしない。一方的かつ独善的だ。だから“ビラになった

新聞”(門田隆将)などと揶揄されるのである。

 

マイナンバーカードの機能を端的に言えば「名寄せ」である。

名寄せとは、元々は金融機関が複数の個人口座を持つ顧客の正確性を確保するための

管理を指す用語だ。つまり、ミスの防止と業務の効率化が狙いである。行政の狙いもこ

れと似たようなものと考えてよいだろう。反対派の懸念は大げさすぎるのだ。

マイナンバーカードそのものには大した情報は入っていない。詳細な情報は各行政機関

にあるが分散管理されているので、芋づる式に個人情報が漏れることもない。

また、カードのICチップは偽造に対する耐タンパー性(いじる、勝手に変える)を有し

ており、不正に情報を読み出すとすると壊れる機能がある。さらに言えば、他人に悪用

されたとしても、被害に遭うのは概ね行政機関側で、そこはクレジットカードなどとは

異なる。

何らメリットがないから持ちたくないという理由もそれは考え違いだ、何故なら当人に

メリットがなくても(それは誤解なのだが)行政側にメリットがあるからである。つま

り行政の効率化は国民全体にとってのメリットであり、様々なサービスを受けている国

民側も協力する義務があるということだ。

マイナカードに関する誤解は他にもある。

その一つが年代別の普及率だ。今年5月、しゅふJOB総研が「仕事と家庭の両立を希望す

る主婦・主夫層」528人に対しインターネットを利用して調査した結果を公表した。

その内容は、年代が低い程マイナカードの所持率が高く、30代以下と60代以上では20

ポイント近い差があり、スマートフォンやパソコンによる申し込みが便利なことが影響

しているのではないかというものであった。

その影響かどうかは知らないが、どうやら”アナログ世代が取り残される”というイメー

ジがこのマイナカードにも定着しているらしい。しかし実態は大違いなのである。

総務省の9月末のデータによると、5歳区切りの年代別普及率ベスト5はつぎのとおり高

年齢層の所持率が高い。(2022年9月末データによるもので国民全体は49%)

   1.75~79 才  56.6%

   2.60~69    55.6

   3.65~69    53.5

   4.30~34    52.6

   5.55~59    52.5

さらに意外なのは、男女別にした時の高齢男性層の高い所持率である。

   1.男性90歳以上 68.6 %

   2.85~89    60.3

   3.75~79    60.2

   4.80~84    58.6

   5.60~64    55.8

 

総務省のデータからは、地域別の所持率についてもまた意外な事実がみてとれる。

都市別の所持率ベスト5は次の通りである。

   1.宮崎県都城市   84.7%

   2.兵庫県養父市   82.9

   3.石川県加賀市   76.9

   4.高知県宿毛市   74.8

   5.石川県珠洲市   68.0

 

 宮崎県や兵庫県は県全体としても1,2位なので、都城市養父市に違和感はないが、

宿毛市の4位には少々特異な感じがする。なぜなら、高知県全体では41.3%で沖縄に次ぐ

ビリから2番目にランクされているからである。

となると、そこには何か理由があるはずである。もしかすると、普及率ランキングは

自治体職員の熱意ランキングそのものではないのか・・・。その思いを抑えきれず、

迷惑を承知で宿毛市の市民課に電話をかけてみた。すると・・・

冷たくあしらわれるかと思いきや、予想外の丁寧な対応である。

そして、その回答も予想外であった。”特段のことはしていない”というのである。

”他の自治体さんと特に違ったことをしているわけではありませんが、割と早い段階か

ら取り組んできたので、マイナカードのメリットなどが口コミで伝わったのではないで

しょうか”といったふうに、”謙虚”そのもので、”自慢話”を引き出せない。

そこではたと気づいたのだが、実はそこがキモなのではないか。つまり、このような地

域差は、”普及作戦”の優劣からではなく、”職員のサービス精神”の差から生まれている

のではないかということである。電話対応がそれを感じさせるのである。

 

マイナカードの導入に反対、あるいは懸念を示してきた勢力には、正当な理由がない。

たいていは、お決まりの政府批判か自己都合によるものだ。しかし、マイナ保険証への

一本化方針発出以降、カードの利便性や安全性に関する情報も急に増えてきた。

23年3月までに全国民に行き渡らせるという当初目標の達成は無理だとしても、これか

らの交付速度は格段に加速するのではないだろうか。

                        2022.10.22

 

二刀流の完成と伸びしろ(大いなる感謝と愛をこめて)(J-123)

MLBへの関心がほぼポストシーズンへと移り、10月5日のエンゼルス対アスレチックス

の最終戦はただの消化試合になると思われていたが、思わぬ注目を集めることになっ

た。この試合に、大谷選手が規定投球回数到達をかけて先発登板することになっていた

からである。

大谷は5回1失点で惜しくも16勝目を逃したが、今シーズンの投球回数は166回となり、

既定の162回を難なくクリアした。打者としては既に規定打席数を超えており、彼は同

一シーズンで投・打共に規定回数超えをした史上初の選手となった。

今シーズン規定回数をクリアしたのは両リーグ合わせて投手で44人、打者で130人に限

られる。規定回数に到達するということは、とりもなおさず一流選手の証明でもあり、

大谷選手は投手としても打者としても一流の仲間入りをしたことになる。

まさしく、二刀流の完成である。

この快挙がどれほど価値のあるものか、そして大谷の目指す頂上はさらにその先にある

のか・・・この際スポーツライターになった気分でいろいろと掘り下げてみたい。

 

投手としての大谷

先ずは今シーズンの投手としての成績を見てみよう。( )内は順位

 

 防御率   勝利数  奪三振  投球回数  QS率   K/BB    WHIP

 2.33(4) 15(4) 219(3) 166(20)  57.1(9) 4.98(7) 1.01(5)

 

投手三冠と言われる防御率、勝利数、奪三振数ともに見事な数値と順位にある。

何も文句は付けられない成績ではあるが、防御率と勝利数は投手だけで決まる数値では

ないので純粋に投手の能力を示すものではないという考えもある。だからFIP(Fielding

Independent Pitching) という新しい指標も生まれている。これは、被本塁打、与四死

球、奪三振のみで投手を評価しようとする試みであるが、例えば打たせて取るタイプの

投手が評価されにくいといった欠陥もある。

ではどういう投手が優れているのか、それは監督の立場で考えると分かり易い。

監督からすれば、まず年間を通じてローテーションを守ってくれる投手である。故障せ

ず波が小さく、安定したパフォーマンスを発揮してくれる投手だ。それは最終的に投球

回数になって表れる。規定投球回数をクリアするのは1チーム当たりわずか1.5人程度

で、規定が厳しすぎはしないかとも思うが、いずれにせよ極めて貴重な存在だ。

次に望まれるのはいわゆる試合を作ってくれる投手で、それを示す指標がQS率である。

QSとは先発投手が3失点以下で6回以上を投げることをいう。これが大谷選手は57.1%と

好投手の中ではやや低い。その理由は、好不調の波というよりは球数が5回あたりで100

球前後に達してしまうことにある。あと1回が投げられていないというもどかしい場面

がかなりある。

投手としての力量は、いかに威力のある球を制御できるかにあり、それはK/BBという指

標として表れる。Kは三振、BBは四球である。大谷投手のK/BBは4.98で7位、立派な数値

ではあるが、奪三振率(9回当たりの奪三振数)が1位の11.87であることを考えればや

や不満が残る。

監督目線で言うとさらにもう一つ、攻撃のリズムに好影響をもたらす投手である。守備

の時間をテンポよく締めてくれる投手だ。それはWHIPという指標に表れる。WHIPとは

(Walks plus Hits per Inning Pitched)の略で、1イニング当たりのランナー数である。

たとえ無失点でもピンチの連続では攻撃のリズムが生まれない。WHIPは、いわゆる”試

合の流れ“に影響する重要なファクターであるといえよう。好投手はこの数値が1.0前後

にあり、ここでも0.83のバーランダーが断トツであるが、大谷は0点台の4人に次ぐ5位

なので胸を張ってよい。

今シーズンの大谷は、投手としてのパフォーマンスが著しく向上したと言われるが、そ

の言葉の通り勝率以外の指標ではいずれも昨シーズンよりも今シーズンの数値が良い。

その原因の一つに変化球の組み立てが多彩になったことが挙げられている。

今思い出されるのは、このブログにも「真二刀流はホロ苦スタート」として書かせても

らった昨シーズン、2021年4月4日のホワイトソックス戦である。

この試合で大谷は4回までをヒット1本に抑え、自身のホームランなどで3-0のリード

で勝利投手の権利がかかる5回のマウンドに立った。ところが、2アウト1塁から牽制悪

送球、四球、四球で満塁となったあと、空振り三振に打ち取った球を捕手が後逸、さら

振り逃げの走者を刺そうとした送球がそれ、さらにさらにその球をカバーした外野手

がホームに悪送球というミスの連鎖で3失点、遂に同点とされたうえに大谷はカバーに

入ったホームベースで走者に足を踏まれマウンドを降りた。

あのころ大谷の持ち球は、ストレート、スライダー、フォーク、カーブの4種類で、私

は素人ながら空振りをさせる球だけでなく凡打にさせる球としてカットボールかツーシ

ーム、出来ればその両方が欲しいと書いた。

今シーズンの大谷は、比率としては少ないが、その二つの球種を新たに加えて投球の幅

を広げている。しかし、投球の中心となっている球種は磨きのかかったスライダーだ。

捕手のスタッシーが大谷のスライダーは6種類あると言っているらしいが、素人の目に

も左にスライドして落ちる球、まっすぐ落ちる球、横に大きく曲がる球の3種があるこ

とがわかる。持ち球の全てが勝負球に使えるレベルなのでその日の調子や打者に合わせ

て使い分けシーズン後半は圧巻のピッチングを重ねた。

いとも簡単に(ではないかもしれないが)球種を増やす彼の姿を見ていると、そのうち

チェンジアップやスクリューなども見せてくれるかもという期待感さえ抱かせてしま

う、それが投手としての大谷である。

 

打者としての大谷。

大谷選手の今シーズンの打撃成績は下表のとおりで、見た目の数値はほとんどの指標で

昨シーズンを下回っている。その原因は昨シーズン最後までタイトルを争ったホームラ

ン数が46本から34本へと大幅に減少したためである。今シーズンのボールは飛ばないと

いう話も伝わるが、ひとり大爆発のジャッジを除けば全体的に打者の成績は落ちてい

る。しかし見方によれば、大谷の成績は昨シーズン以上と評価できなくもない。とく

に、今シーズンは打率が大きく向上し25位にランクされたため、一般に打率の順位によ

って30位までが示されるランキング表に名前が載ることになったことは、大谷の存在感

をさらに高めることにつながったと言える。

大谷の成績と1位の数値を並べると下表のとおりである。

 

      大谷選手の打撃成績(上)とランキング1位の数値(下)

  打率   打点   本塁打  打席数  塁打   OPS   BB/K

 .273(25)     95(7)        34(4)      666(9)    304(5)    .875(5)      0.447

   .316        131 *         62 *       724        391*      1.111 *      0.634*

                                              ( )内は順位、* はジャッジ選手の数値  

打撃ランキングを打率の順位で構成することは、打率を重視しているという背景がある

のかもしれないが、打者を評価するうえでは弊害もある。例えば、上表にある打席数

724でトップの座に就いたのはレンジャーズのマーカス・セミエン選手であるが、打率

が.248なのでランキング表の30位にも名前が出てこない。しかし細かく見ると塁打は9

位の282、打点83で盗塁が25もある。これを打率.304でランキング表の6位にランクされ

ているヤンキースのベニンテンディ外野手の打席数521、打点51、塁打184、と比べてみ

るとチームにとってみれば明らかにセミエン選手の貢献度が高いといえるだろう。

打者の優劣もまた投手と同じく監督目線で見ると分かり易い。

監督目線で見れば、やはりシーズンを通じて安定したパフォーマンスを発揮してくれる

選手が有難い。それは打席数となって表れる。だから大谷選手の打席数が666で全体の9

位というのは極めて大きな意味を持つ。

次に監督が望むのは、チャンスメーカーでありポイントゲッターでもあるという選手

だ。それが表れるのはOPSという指標である。OPSとは、出塁率+長打率(塁打÷打数)

で計算される数値で、一見意味不明な指標のようにも見えるが、その打者の貢献度をよ

く示している。今シーズンのジャッジは1.111でずば抜けているが。NPB 通算成績でこ

れが1.0以上の選手は王貞治ただ一人、MLB通算では8人でベーブルース、テッドウィリ

アム、ルーゲーリック、バリーボンズとビッグネームが名を連ねる。8番目に現役のマ

イク・トラウトが食い込んでいるが、彼が1.0以上で現役を終えられるかどうかは微妙だ。

更にもう一つ、私が勝手に作ったBB/Kという指標がある。BBは四球、Kは三振で、投手

を対象としたK/BBを逆にして打者を見てみようという指標である。これは投手から見て

その打者がいかに厄介な相手であるかを示している(と勝手に思っている)。 大谷は

昨シーズンホームランを警戒されて敬遠四球が20もありBB/Kは0.508、今シーズンは

それより下がっている。ちなみに、NPB通算では王1.6、落合・長嶋が1.3、松井が1.0と

いったところで、MLBではベーブルースが1.55、バリーボンズが1.66という高い数値を

残している。今シーズンのジャッジは0.63なので、それらの先輩たちには遠く及ばな

い。

打者としての大谷選手は、一言で言えばまだまだ伸び代がある選手ということになる

が、それについては次項で述べることとする。

 

大谷の”SUGOI”と伸び代

MLBの実況放送を観ていると、大谷選手がホームランを打つたびに名物アナウンサーの

口から様々な日本語が発せられる。その代表が“SUGOI”である。エスカレートしている

感もあるので来シーズンには“YABAI”とか“EGUI”なども飛び出すかもしれない。

では大谷選手のどこがすごいのか、そこを探ってみよう。

まず挙げられるのは、彼の強靭な身体能力である。たしかに、先発ローテを全うした選

手が全体9位に当たる打席に立ったという実績にはすごみがある。しかしそれにも増し

て驚かされるのは、登板翌日の打撃成績だと元プロの有名選手たちが口をそろえる。

100球も投げれば翌日は使い物にならないのが普通なのに、大谷はむしろよく打つとい

うのである。調べてみればまさにその通り、登板翌日の打撃成績は、69打数23安打で打

率.333、6本塁打とシーズンを通した成績を大きく上回っている。さらに、登板間隔を中

5日に縮めた後半戦は、41打数17安打で打率.415、本塁打4と疲れ知らずの驚異的な数

字を叩きだした。

それを根拠に、ファンが大谷のさらなる進化を期待するのは当然かもしれない。

投手としての大谷選手のSUGOI は、奪三振率11.87(1位)の高さだ。しかし、現役投手

NO.1の呼び声が高いアストロズバーランダーが、奪三振率では大谷より2ポイント以

上低い9.51でありながらK/BBが6.38と逆に2ポイント以上高いことを考えると、少々

SUGOIもかすんでくる。しかし、そこに大谷の伸び代が潜んでいると言える。

K/BBのランクを見ると、大谷の4.98はランク7位である。奪三振率で1位の大谷がなぜ

そこまでランクを落とすかと言えば勿論与四球が多いからだ。下表のとおりK/BBの順位

は、奪三振率よりもむしろ与四球率に影響される。

 

     K/BBの順位     奪三振率の順位     与四球率の順位

  1. ガウスマン      大谷          クルバー

        2.  クルバー       コール         ガウスマン

        3.  バーランダー     シース         バーランダー

        4.  ビーバー       ガウスマン       ビーバー

        5.  コール        マクラナハン      マクラナハン

        6.  マクラナハン     レイ          コール

        7.  大谷         バーランダー      大谷

この表から大谷選手が改善すべき方向が見えてくる。ファウルで粘る打者を三振に打ち

取るのはなかなか難しい。その結果が四球になればダメージも大きい。だから凡打に打

ち取る投球術が必要だ。それは、省エネ投球につながり、投球回数の増加に直結する。

似たようなことが打者大谷についても考えられる。

一般に、ストライクが先行すれば投手有利、ボールが先行すれば打者有利といわれる。

それはその通りで、カウウント別の打撃成績にはっきりと表れている。

では3ボール2ストライクからの打撃成績はどうだろうか。

ここで塁打ランキングの上位6選手のデータを取り上げてみよう。

 

    塁打ランキング上位選手の3-2からの打撃成績

          機会(回) 打率 三振  四球   BB/K

 1.ジャッジ    95    .263  49    51   1.04

 2.トラウト    66    .152  24  29   1.21

 3.アルバレス   65    .200  27  29   1.07

 4.大谷      75    .133  37  23   0.62

 5.サンタンダ―  72    .167  24  28   1.17

 6.シーガー    43    .256  21  27   1.29

 

全体として言えば、3-2というカウントは投手不利のようにも感じられるが、実際は

この表の通り、打撃上位の選手でさえ投手有利の結果が示されている。しかし、流石に

上位の選手だけあって大谷以外のBB/Kは1.0以上、約半数は四球となっている。

四球よりも三振の数が多いのは大谷だけなのだ。そこは積極性の現れなのかもしれない

が、0-2,1-2からの打率も.120、.163と極端に悪く、やはり2ストライクを取られ

た後の対応については改善の余地がある。

この他にも、100マイル以上を何回投げただとか、打球速度、一塁到達速度など、大谷

選手のSUGOIをいろいろと掘り起こしてくれるマニアがいて、それはそれで楽しみを増

やしてくれてはいるのだが、大谷自身はおそらくそんなことはまったく気にしていな

い。イチローもそうであったが、彼のライバルは過去の自分なのである。

今シーズン、大谷は自分のチームがポストシーズンへの望みを絶たれた後半戦で、明ら

かに目標をチェンジしたように見えた。それは規定投球回数への到達と打率の向上であ

る。そして、その目標がほぼ達成されたことを彼のコメントからも感じとることができ

る。

来シーズンもエンゼルスでプレーすることになった大谷が、果たしてどのあたりに目標

を設定したのであろうか。ファンとしては、来シーズンもケガをせずに活躍してくれれ

ばそれで充分だというのは表向きのセリフで、さらに二刀流を進化させてほしいという

のが本音であろう。

全くもって余計なお世話ではあるが、大谷選手の来シーズンの目標設定はこのあたりで

いかがでござろうか。

     大谷選手の来シーズンの目標(ファンとしての希望)

    投手成績               打撃成績

 投球回数  180回 +           打席数    600  +

    QS率    75 % +           打率    .290  +

    K/BB     6.0  +            塁打    330  +

       WHIP   1.0   -             BB/K    0.7  +           

 

以上、大谷選手への感謝と愛をこめて

過去最高の選手が集結するであろうWBCを楽しみに・・・

                          2022.10.15

 

 

 

           

 

 

○○の秋(J-122)

1000年の昔、清少納言は後世に残る「枕草子」を“春はあけぼの・・”と書き起こした。

数ある文学作品の中でも、これほど知られた書出しはないかもしれない。

しかし、じゃあ夏は?秋は?冬は?と聞かれると、自信をもって答えられる人は案外少

ないのではないだろうか。

聞けば思い出すかもしれないが、夏は夜、秋は夕暮れ、冬はつとめて(早朝)に趣があ

るとこの才女は続けている。

その賛否はともかく、例えば「秋」についてはこんな具合だ。

”秋は夕暮れ、夕日のさして山の端いと近うなりたるに、烏の寝所へ行くとて三つ四

つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり。まいて雁などの連ねたるがいと小さく見ゆ

るは、いとをかし・・・“

その所為でと決めつけるつもりはないが、童謡や唱歌に歌われる「秋」は、次のごとく

夕暮れ時の場面が多い。

# 夕焼け小焼けの赤とんぼ 負われてみたのはいつの日か

# 秋の夕日に照る山紅葉 濃いも薄いも数ある中で

# 夕空晴れて秋風吹き 月影落ちて鈴虫鳴く

私の秋のイメージも、やはり鄙びた山里の夕暮れどきである。

ほぼ刈り取られた田んぼの向こうに少し紅葉した山があり、近くに見える農家の傍の柿

の実に夕日がさしているといった風景だ。そこにお寺の鐘の音が聞こえてくれば、まさ

正岡子規の“柿食へば 鐘が鳴るなり 法隆寺” がぴったりはまるような情景なのだ

が、ここでふと気になったのは「秋」という漢字の成り立ちである。

「禾」は稲の象形であることは知っている。それに「火」を並べてどうして「秋」の意

味になるのだろうか。

調べてみると、「秋」の元の漢字は「禾」の下に「火」を書いてそれを辺とし、その右

に「亀」の字を並べたものであったらしい。その成り立ちは少々ややこしいが古代中国

の占いに起源がある。

当時は亀の腹甲を乾燥させて薄く加工したものに穴をあけ、そこに桜などを燃やした熱

い木片を差し込んで生じたひび割れの状態で吉兆や方角を占うといういわゆる「亀卜」

の風習があった。その亀を捕獲するのが秋季で、また穀物を収穫する時期でもあったた

め「禾」を加えたのだという。

ちなみに、春は「くさかんむり」+「屯」+日で、日を浴びて草がむらがり生えるさ

ま、夏は冠やお面を付けた人が踊る夏祭りの姿、冬は糸の結び目の最後の部分を表して

おり、秋に比べれば断然分かり易い。

季節には、それぞれその季節を代表するような「○○の」(春・夏・秋・冬)と言った

言葉があるが、秋は、・食欲の・スポーツの・行楽の・読書の・実りの・芸術のと言っ

たように、その言い回しが圧倒的に多いように思う。

余計なお世話だが、ついでに、注意を要する慣用句を二つ付け加えておこう。

その一つは、時候の挨拶などにも使われる「天高く馬肥ゆる秋」という言葉である。

この言葉の由来は次のようなことらしい。

前漢の時代、趙充国という将軍が匈奴姜族が連合して漢を攻めようとしていることを

見抜き、「馬が肥える秋」には必ず事変が起きると警告した。この故事を、初唐の詩人

杜審言(杜甫の祖父)が詩の一節に次のごとく引用した。

“雲浄くして妖星落ち 秋高くして塞馬肥ゆ”

塞馬とは匈奴の馬のことであり、元々の意味は、その馬が肥える秋には彼らが攻め入っ

てくるぞという警告であったものが、“天高く馬肥ゆる秋”に変化するとともに”いい季節

になりました“へと変化したのである。だから、時候の挨拶に”天高く馬肥ゆる秋“を使う

ことはまあ許されるとしても、なまじ元の言葉を知っているからと”秋高くして塞馬肥

ゆる・・“とやると笑われる。

もう一つは、”危急存亡の秋“という言葉だ。

この言葉の由来は、「三国志」にある。

三国志の主役とも言うべき諸葛亮孔明は、劉備玄徳の後を継いだ劉禅に対し、今こそ先

帝の志を受け継ぎ魏を討つ時だとして「出師の表」を上奏した。

危急存亡の秋」はその冒頭の部分にある。

 “臣亮もうす

 先帝いまだ半ばならずして中道に崩ソせり。今天下は三分し、益州は疲弊す。

 これ誠に危急存亡の秋なり。“

というもので、二流政治家などが使いそうな言葉なのだが、この「秋」は{あき}では

なく(とき)と読む。「秋」には「大事な時」という意味もあるのである。

だから「危急存亡の時」と書いたり、「危急存亡のあき」と読んだりすると笑われる。

 

はたして、いま”危急存亡の秋”を迎えているのは、ウクライナかロシアか・・・私には

これら二国よりも韓国のように見えるのだが、実は案外この日本なのかもしれない。

いずれにせよ、何かと物思いにふけることが多くなるのが「秋」でもある。

                       2022.10.6

 

 

 

「秋」は何かにつけあれこれ考えさせられる季節でもある。

 

日本の少子化と世界の人口問題(Y-42)

諸悪の根源は少子化にあり、これさえ解決すれば年金も経済もすべてがうまくいくと主

張する人たちがいる。そして、その解決策は”多子化“であると当然のごとくに言う。

さらに、「子供1人につき1000万円の支援金を出すくらいの政策が必要だ」などと無責

任な提言をしたりもする。まるでマラソンの報奨金制度に倣えと言っているような話だ

が、そううまくはいきそうにない。というより、なんだか方向が間違っているような気

がするのである。

彼らが主張するように、日本は再び“産めよ増やせよ”の時代に戻るべきなのだろうか?

それをどこまでも続けるのが正解でないことは確かだが、果たして日本人口の適正値は

一体どのあたりにあるのだろうか。

少し遡って、日本人口の推移を辿ってみることにしよう。

 

日本人口の推移

日本の人口は概ね次のように推移している。

  1192(鎌倉幕府成立)     757万人(推定)

  1868(明治維新)     3,330

  1945(終戦時)      7,199

  2004(平成16)     1億2,784  (人口のピーク)

  2022(現在値)     1億2,475  (9.1概算値)

  2050(推定値         9,515

  2100(推定中間値)      4,771 (3,770~6,407)

 

この表の通り、鎌倉時代の初め757万人程度であった日本の人口は、812年後の平成16年

には約16.9倍の1億2784万人にまで増加したということになる。

それも、鎌倉から明治に至るまでは676年をかけて3.4倍という穏やかな上昇であった

が、明治以降の増加率は136年で3.8倍という激しさだ。

この急激な人口増に日本は悩まされることになり、政府は国民に対し海外移民を奨励す

る政策を続けた。それが戦争の遠因になったという指摘もある。

フランスの人口学者ブートゥールは、“戦争の唯一の原因は人口問題である”とまで言

い、WWⅡの原因の一つとして1924年アメリカが突然移民の受け入れをストップした

ことを挙げている。また日下公人は「戦争が嫌いな人のための戦争学」の中で、若者の

比率が高い国が戦争を起こしやすく、昭和15年の時点で15歳から25歳の若者比率が15%

以上の国を調べてみるとそれはドイツとイタリアと日本であったと述べている。

 

近未来の人口予想と対策

元に戻って将来の人口予想であるが、2100年の人口予想の中間値が約4800万人となって

いる。わずか100年足らずで1/2以下にまで急減するという予想は衝撃的だが、ありと

あらゆる予想の中で、近未来の人口予想ほど外れないものはない。だから人口減少はも

はや避けられないと覚悟すべきだとしても、もう少し緩やかでないと深刻な影響が出る

だろうと心配になるのは当然だ。だから、思い切った子育て支援に踏み切ろうというわ

けだが、そう簡単に事は運ばない。端的に言えば、もはや”手遅れ“なのである。

日本の人口ピラミッドは、ピラミッドには程遠く松茸みたいな形になっていて、出産適

齢期の層が萎んでいる。だから少々出生率を上げても、層が厚い高齢者の死亡数に追い

つかず、なかなか人口増に結び付かない。勿論、超高齢社会状態は改善されるだろう

が、望ましい人口ピラミッド状になるには数10年以上を要するだろう。

ではどうしようもないのかと言えば、ないことはない。それは、米欧のような移民の受

け入れである。

例えば、スエーデンの合計特殊出生率(女性一人が一生で出産する子供の平均数)は日

本よりやや大きい1.6程度で、人口置換水準(人口の増減なし)の2.08よも低い。

だから本来なら人口は減少していくはずだが、移民の受け入れによって徐々に人口は増

えている。

かといって、日本が無制限に移民を受け入れることには賛成できないが、かつて国策に

より海外移住をした日本人の子孫や海外の日本企業で働いている人たち、あるいは留学

生などを優遇して受け入れるということならさほど抵抗はないかもしれない。

そして、根拠のない感覚的な数値ではあるが、7000万人程度の日本人が、適度にばらけ

てこの列島に住むといったところが理想形ではないだろうか。

ただし、移民受け入れ策は新たな問題を生む可能性があり、根本的な少子化対策にもな

らない。遠い将来にわたって、日本が日本であるためには、なんとか出生率を人口置換

水準の2.08付近まで上昇させる対策が必要だ。

しかし、ヨーロッパの国々が軒並み出生率を下げているように、子育て支援社会福祉

だけで出生率を上昇させることは出来ない。かつて“Japan as No.1”と言われた時代を思

い出し、終身雇用や企業内教育制度などの見直し、あるいは道州制または地方分権の拡

大など、新旧織り交ぜた対策が必要である。世は“多様性の尊重”と口では言いながら、

画一的な方向に向かっている。それが日本を弱体化させてきた一因かもしれないのだ。

なんとかして”世界標準に振り回される”状態から”日本標準を世界標準にする状態”に出

来ないものだろうか。

以上、あれこれ悩ましい日本の少子化問題であるが、これを人口問題という言葉に言い

換えた途端、それはグローバルな問題にすり替わる。そして、実はこれこそが人類とい

うより地球にとっての最大の難問なのである。

 

世界人口の推移

人類の歴史でみればほんの僅か2000年前、世界の総人口は2~3億人であったと推定さ

れている。そこから1960年かけて約10倍の30億に達したはよいが、そこからの増加率は

すさまじく、12,3年毎に10億人ずつ増加して、今年11月15日あたりで80億人に達する

見込みだ。今現在も1分毎に156人、1日22万人のペースで増え続けている。将に人口爆

発である。日本の悩みとは逆に、世界の課題は人口抑制なのである。

 

地球上の生物は、“絶妙”ともいうべき食物連鎖のバランスが維持されることにより生か

されている。食物連鎖の上位にある生き物は下位にある生き物より個体数は少なく、そ

の頂点に存在するライオン、鷲、クジラなどの個体数は極端に少ない。それが自然界の

摂理である。

その摂理に逆らう生き物、それが人類だ。今地球上で年々増殖を続ける大型生物は人類

と人類が作り出した家畜、それに一部のペットに限られている。それを可能にしたの

は、人類が農業や畜産業を発展させてきたからである。しかし、そうした営みが一方で

地球の絶妙なバランスを破壊してきたことも事実だ。このまま人口増を続ければ、やが

て先進国の家畜と後発国の人間が穀物などの食料を奪い合う事態になりかねない。見方

によれば、それはすでに始まっているのかもしれない。

今も人口爆発に近い状態が続いている原因は、アフリカなどの出生率が高すぎることに

あるが、世界各国の出生率をかいつまんで表記すると次の通りである。

           世界の合計特殊出生率

 1.ニジェール   6.74      104. メキシコ    2.08

 2.ソマリア    5.89      128. フランス    1.83

 3.コンゴ     5.72      141. 中国      1.70

 4.マリ      5.69      145.スエーデン    1.66

 5.チャド     5.55              146. アメリカ       1.64

 6.アンゴラ    5.37      165.ドイツ      1.53 

 7.ナイジェリア  5.25      185.   日本       1.34

 8.ブルンジ    5.24      193.  イタリア      1.24

 9.ガンビア    5.09      198.   台湾        0.99

10.ブルキナファソ 5.03      201.   韓国        0.84

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

                 世界平均:2.39         人口置換水準値:2.08

 

・この表の通り、上位10傑はすべてアフリカの国々で、出生率5.0以上と極めて高い水準

にある。その多くは慢性的な飢餓と貧困に悩まされており、政治も不安定な状況だ。

しかし、栄養失調の子供に栄養剤を送るといった人道的支援は根本解決にはならず、

ユニセフの活動も逆効果を生んでいる可能性がある。

・人口の増減がなくなる出生率2.08程度の国は104位のメキシコで、先進国は概ねそれ

以下のレベルにある。

・この表にはないがインドは2.18で置換水準に近付きつつあり、中国は既に1.70と減少

局面に入っている。

・最下位韓国の0.84という数値は、”絶滅危惧種的水準”とでもいうべき民族的危機状態

にある。

 

個々に見れば、それぞれに事情が異なるが、世界平均が2.39を示しているとおり地球全

体の人口はまだ増加を続け、100億人突破も目前に迫っているというのが現在の状況で

ある。はたして、このような状態を持続することが可能なのだろうか。

今もてはやされているSDGsは”持続可能“を売りにしているわけだが、その17の目標の

中に「人口抑制」という項目はない。というより、目標のほとんどはむしろ人口増を促

しかねない項目ばかりに見える。

SDGsは2015年の国連総会で満場一致で採択された2030年までの行動指針である。

持続可能な世界を築くための17の目標と169のターゲットが示されているわけだが、最

も重要視しているテーマは「あらゆる貧困と欠乏からの解放」であり、人道的な意味合

いが強い。満場一致で採択されたのはそのためであり、また強制力を伴っていないから

でもある。もそも民主主義における“満場一致”は“無効”に終わることが多い。悪く言え

ば、痛みを伴わない”絵空事”にすぎないからだ。残念ながら、今回もこれといった成果

は期待できそうにない。

世界のリーダーは勇気を出して”人口抑制”を口にすべき時なのである。

                       2022.09.25

  

国葬について考えてみた(J-121)

まさか“検討士”の汚名を雪がんとした訳でもあるまいが、岸田総理にしては珍しい即断

即決が、自ら泥沼に足を踏み入れたような事態を招いている。

他でもない、安倍元総理の国葬問題である。

それも、総理が決意発表した直後は賛成派が多かったのに、今や反対派が圧倒的多数になっているのだ。

この変化をもたらした背景には、議論の中心が国葬の是非から政府与党と旧統一教会

の関係、言い換えれば安倍元総理が国葬に値するかどうかに移行してきたからである。

その方向に誘導してきたのはメディアと野党の協同作戦だと言ってもいいだろう。

で、おまえはどっちだ?と聞かれれば、私は”賛成“と答える。

その理由は、“今更中止は出来ない”というその一点にある。

案内状をちらつかせながら“国会を無視した決め方に反対だから欠席する”と、ここぞと

ばかりにアピールする野党議員もいるが、今更どうしろというのか。

今の日本の状況を外国側から観察すれば、“日本人を洗脳するのはさほど難しくない”と

侮られるかもしれない。本当は、日本人は“染まる”のではなく、少し味付けをして“吸収

する”という本能があるので、そうたやすくは洗脳されないのだが、そういうイメージ

を持たれることがまずいのである。何かとちょっかいを出される遠因になるからだ。

総理が世界に約束したからには、もはや他の選択肢はないではないか。

とは言え、今後もこのままでいいとは思われない。

何が問題なのか、とりあえずここまでの経緯を振り返ってみよう。

 

安倍元総理が非業の最期を遂げたのは7月8日であった。事件は衝撃とともにまたたくま

に伝播し、その死を悼む声が世界に充満した。自民党本部は献花に訪れる市民であふれ

かえり、アメリカではホワイトハウスに半旗が掲げられ、オーストラリアでは公共施設

が日の丸を模した赤と白でライトアップされた。

そのような雰囲気の中で、岸田総理は7.14の記者会見で安倍総理の功績について語ると

ともに、次のごとく国葬を行う決意を述べた。

“安倍元総理は外国首脳を含む国際社会から極めて高い評価を受けており、また民主主

義の根幹たる選挙が行われている中、突然の蛮行により逝去されたものであり、国の内

外から幅広い哀悼・追悼の意が寄せられている。こうした点を勘案しこの秋に「国葬

義」の形式で安倍元総理の葬儀を行うことといたします。国葬義を執り行うことで、安

倍元総理を追悼するとともに我が国は暴力に屈せず、民主主義を断固として守り抜くと

いう決意を示してまいります。合わせて、活力にあふれた日本を受け継ぎ未来を切り開

いていくという気持ちを世界に示していきたいと考えています。“

これは、7月22日の閣議決定に先駆けた、いわば勇み足ともとれる即断である。

国葬となればその費用は全額国の負担となり、当然ながらその根拠が求められる。

その根拠として挙げられたのは、2001年施行の内閣府設置法4条32項で、

“国の儀式並びに内閣の行う儀式及び行事に関する事務に関すること”という条文だ。

しかしそこには国葬に至る条件・手続きに関する記述はない。つまりこの法律は国葬

実施する場合は内閣がその事務を所掌すると定めているに過ぎないとも読める。

いやそうではない、”国の儀式には①天皇の国事行為として行う儀式と②閣議決定で国

の儀式に位置付けられた儀式の2種類があり②の具体例として故吉田元首相の国葬義が

あると補足説明をした文書(内閣府設置法コンメンタール)がある”と内部文書を持ち

出した人もある。それは、この法律の施行前に政府の中央省庁等改革推進本部事務局内

閣班が作成したものだ。しかしその効力については意見が分かれるところだ。

 

そもそも国葬とはどういうものであろうか。

明治のころは個別の勅令に拠っていたが、大正15年以降は「国葬法」に基づいて実施さ

れた。対象者のほとんどは皇族又は華族で、例外的に東郷平八郎山本五十六などの功

労者が含まれた。戦後国葬法は廃止されたので、基本的には皇室典範25条に規定された

大喪の礼」のみが法的に根拠のある国葬なのだが、唯一の例外が1967年(s.42)の吉

田茂元総理の国葬である。これは吉田茂を恩師として仰ぐ当時の首相佐藤栄作の強い意

向に基づき行われたものだ。この時は、1951年(s.26)に行われた貞明皇太后(大正天

皇妃)の「大喪儀」(準国葬扱い)が閣議決定により執行されたことを根拠とされた。

しかし、その翌年さらにはその翌年と、国葬の基準を設けるべきではないかという意見

が野党議員からあがり、与党側もいずれ検討を要する課題であるとしていたが、1977年

に当時の総務長官が“吉田元総理の時は内閣の決定で行っているので今後もそれでよい

との見解を示し、今日に至っている。実は佐藤元総理が亡くなったときもノーベル平和

賞受賞の功績なども考慮されて国葬の動きもあったのだが、内閣法制局が「三権の了承

が必要」との見解を示したため断念した経緯があるらしい。

いずれにせよ国葬をめぐっては複雑な経緯がある。

岸田総理はそれらを考慮しなかったのだろうか。

吉田茂国葬に際しては、死去から国葬義までわずか11日の期間しかない。その間に佐

藤元総理はフルパワーを発揮して野党の内諾を得ている。おそらく相当前から“吉田さ

んは国葬にする”と決心していたのだろう。

岸田総理はどうか。単に事件直後の雰囲気に乗っただけで、もしかすると低迷する支持

率の改善につながると考えただけではないのか。いつまでたっても国民を納得させる説

明ができないのはそもそも動機が不純だからではないのか。要するに、佐藤元総理とは

覚悟が違うのである。

一方、国葬に関するルール作りがなおざりにされてきた責任の一端は野党側にもある。

おそらく彼らにその自覚はない。

世界には様々な国葬の形態がある。最も多いのは当然国家元首ということになるが、次

は著しい功績のあった人、国家の危機を救った人、国宝のような人と言ったところだ。

少々異質なところはフランスで、2020年にはムハンマドの風刺画を生徒に見せたことへ

の報復として殺害されたサミュエル・パティという中学教師が国葬にされている。

少々ひねくれた見方かも知れないが、そもそも葬儀という儀式は故人のためというより

はその儀式を催す人のためにあるのが常だ。先ほどの例で言えば佐藤元首相は、恩人で

ある吉田元総理に“最高の恩返し”をして自分を納得させたかったのであろうし、岸田総

理の場合は支持率アップにつなげたかったというわけだ。

基本的に、故人は亡きあとも我々に影響を及ぼすことができるが、その逆は不可能なの

である。

ここまで書けばわかっていただけたと思うのだが、“国葬は「大喪の礼」のみでよい”

が私の本心だ。

その理由は次の通り極めて単純なものである。

・明確なルールがない

・ルールを作っても曖昧な表現にならざるを得ず、結局は時の内閣の思惑で決まる。

・そもそも葬儀と宗教色は切り離せないもの。宗教色の排除は本人無視の証拠。

・葬儀は既に終わっている。やるとすれば追悼式か”お別れ会“のようなものになる。

 

ときあたかも、エリザベス女王が逝去され、近々(9.19)国葬が行われる。幸か不幸

か、我々は英国の国葬と日本のもう一つの国葬大喪の礼以外の)を比較しながら考え

る機会を得たということになる。そしておそらく、私たちは日本のもう一つの国葬がい

かに“味気ない”ものであるかを知ることになるだろう。

議論はそこからで良い。

そして私が望む決着は、日本の国葬は「大喪の礼」のみとし、もう一つの国葬は、内閣

主催の追悼式あたりに格下げすることだ。その費用の全額または一部を国が負担するこ

ともルール化すれば問題はない。

岸田総理は国葬義に当たり“国民に弔意は求めない”という。

そんな国葬国葬と認めるほど私の頭は柔らかくない。

                        2022.9.16