樗木(ちょぼく)の遺言と爺怪説

愛国的好奇高齢者の遺言と違和感をエッセイ風に・・・

ECIと日本(J-138)

読売テレビに「そこまで言って委員会NP」というバラエティー番組がある。

2002年5月に特別番組として放映されたのが始まりで、2003年からレギュラー番組化さ

れ今に続いている長寿番組だ。もう20年を超えたことになるが、日曜日のお昼というこ

ともあり、随分見てきたように思う。初めの頃は「たかじんのそこまで言って委員会

というタイトルのとおり、やしきたかじん冠番組であったが、2014年に彼が亡くなり

司会役は辛坊治郎、そして現在の黒木千晶へと受け継がれてきた。パネリストもかなり

入れ替えがあり、初期のころと比べると“毒”あるいは“わさび”が消えたような気がしな

くもないが、その中に最近登場し始めた大空幸星(本名)という準レギュラー格の若者

がいる。他にも多くの番組に出演しているので顔は知られているはずだ。職業は社会起

業家或いは「NPO法人あなたのいばしょ理事長」となっている。このNPO法人は彼が慶

応大学在学中に、“誰もが問題を抱えた時に頼れる人に確実にアクセスできる仕組みを

作りたい”という思いから設立したもので、厚労省自殺防止対策事業に指定され2022年

度には1億5000万円の公的支援を受けている。

 

直近(2.11)の「そこまで言って委員会」のテーマは“日本も捨てもんじゃない”がテー

マであったが、その中で大空幸星が“ECIという指標で日本は16年連続世界一”という発言

をした。議長(司会)も他のパネリストもこれに反応を示さなかったが、ECIという言

葉自体自分としては初耳だったのでちょっと調べてみた。

ECIとは「Economic Complexity Index 」の略で、「経済複雑性指標」と訳される経済指

標の一つである。元々はMITメディアラボのセザー・ヒダルゴとハーバード大のリカル

ド・ハウスマンらによって提唱されたものらしいが、その論文が発表されたのが2009年

というから比較的新しい理論だと思われる。なじみが薄い理由はよくわからないが、

一つには訳語がよくないのかもしれない。「complex」は“多くの部分から成る”という

意味なので、”複合的経済指標“とでもいった方がよさそうに思う。それはまあ好みの問

題に近いとして、最大の問題は指標を数値化する計算式がなんだかややこしすぎるので

ある。実のところ、ほとんどの経済学者に理解されていないのではないかとさえ思う。

超単純に言えば“輸出品の多様性を示したもの”とも言えそうだが、もう少し丁寧に言う

と、“国家の多様性と輸出品目の希少的価値を考慮して数値化したもの”ではないかと思

われる。

具体的に言えば、“世界に通用するオリジナリティーのある製品やサービスを輸出して

いる国ほどECIが高くなる”ということになる。ここで注目すべき事実は“ECIの値とGDP

にギャップがある場合は将来的にその差が埋まるように進む”ということだ。これは他

の経済指標よりも正確に将来のGDPの成長を予測しているともいわれているらしい。

今朝の新聞では、日本のGDPがドイツに抜かれ世界第4位に転落したと報じられたが、

現実問題として、日本はECIとGDPにギャップがある国の典型のようにも見える。

しかしECIの理論によれば、長い目で見れば今後に期待が持てるということになる。

ECIの最新データは、「経済複雑性観測所」(The Observatory of EconomicComplexity)

が発表しているので、その上位と気になる国をピックアップすると次のようになる。

 

 順位  国名    ECI   5年前から   10年前から

                の変動     の変動

 

 1  日本     2.43    ―       ―

 2  スイス    2.17    ↑ 1     ↑ 1

 3  韓国     2.11    ↑ 4     ↑ 8

 4  ドイツ    2.09    ↓ 2     ↓ 2

 5  シンガポール   1.85    ―        ↓ 1

 6  オーストリア    1.81    ↓ 2     ↑ 1

 7  チェコ    1.80    ↓ 1     ↑ 2

 8  スウェーデン 1.70    ―        ↓ 3

 9  ハンガリー  1.66    ―        ↑ 5

 10  スロベニア  1.62    ↑ 3     ↑ 3

 11  アメリカ   1.55    ↑ 1     ↑ 1

 12  フィンランド 1.55    ↑ 2     ↓ 1

 13  イギリス   1.51    ↓ 2     ↓ 5

 14  イタリア   1.44    ↓ 2     ↑ 3

 16  フランス   1.37    ↓ 2     ↓ 1

 18  中国     1.34    ―        ↑ 6

 42  インド    0.54    ↑ 10     ↑ 8

 52  ベトナム   0.14    ↑ 11     ↑ 11

 64  ロシア   -0.04    ↑ 1     ↓ 3

 

ご覧の通り、日本は不動の首位をキープしている。

韓国の10年、インド、ベトナムの直近5年間の躍進が著しい。

中国は5年前から成長が止まっている。

ロシアのECIは途上国並みの低い数値である。

 

ECIの数値で一つ注意が必要なことに、農産品や原材料を多く輸出している国はオリジ

ティーの高い製品を輸出していても計算上数値が下がるということがある。

いずれにせよECIの数値は、日本が独自性と洗練度の高い多様な製品とサービスを世界

に提供し続けているということを示している。そして、これからの日本も、その方向に

進み続けるしかないのだろうと思う。

それは、一言で言えば,”文化を売る”ということであり ”Cool Japan”にさらに磨きをかけ

ると言い換えてもいいだろう。              

                             2024.02.16

無敵の人(Y-65)

「無敵の」を広辞苑で調べてみると、“敵対できるものがない”“力の及ぶ相手がない”と

あります。つまり、無敵とは”敵がいない“ではなくて”匹敵する者がいない“ことである

と理解できます。

この言葉が、外国語の翻訳時などに生まれた、いわゆる“和製漢語”なのかどうかは分か

りませんが、英語なら「invincible」(征服できない、打ち負かせない)という言葉に該

当するものと思われます。今の時代で言えば、将棋の藤井聡太、女子レスリングの藤波

朱里、ボクシングの井上尚弥といった勝負の世界で活躍しているひとがこれに該当する

かと思いますが、それに大谷翔平を加えても文句はないでしょう。

歴史的にみると、まず思い当たるのはスペインの「無敵艦隊」でしょうか。

16世紀の「大航海時代」、世界の海を支配していたのはスペインでした。そして、”太

陽の沈まぬ国”とも称されたスペインの黄金時代を支えていたのが、大艦隊から成る

「Armada」でした。「armada」は英語の「navy」に当たる普通名詞ですが、英語圏

「the Armada」と言えば、「スペインの無敵艦隊」を指す固有名詞になります。

ところが1588年、スペインの支配下にあったオランダの独立を支援するイギリスとの戦

争において、「Armada」は大敗北を喫してしまいます。それが一因となってスペイン

は衰退してゆきます。「Armada」はもはや無敵ではなかったのです。

だから英語圏の人々が「無敵艦隊」という場合、そこには皮肉や揶揄が込められている

のだそうです。

実は「無敵艦隊」という呼び名は、ずっと後の1884年に、スペイン海軍のC.F・ドゥロ

大佐という人が書いた論文にある「Armada Invencible」が原典らしく、元々スペインで

の呼び名は「GrandeyFelicima Armada」(至福の大艦隊)でした。

大敗を喫したこの艦隊にスペインの大佐がなぜ「無敵艦隊」の名を付したのかその理由

は定かではありませんが、「哀悼」の心情からではないかとも言われています。日本に

おける「不沈戦艦大和」も少し似たところがあるような気がします。

 

しかしこの頃は、本来の意味における「無敵」という言葉はあまり聞かなくなりまし

た。それは、「無敵」という表現が少々大袈裟で、しかもその状態が一時的なものだか

らだと思います。これに代わる表現としては、「不敗」「最強」などが一般的です。

ところが近年、「無敵」は別の意味で使われるようになりました。

例えば、無差別殺人事件の犯人などを「無敵の人」と表現するような例です。ここにお

ける「無敵」は、「invincible」ではなくて「untouchable」(手が届かない)或いは

「free」(干渉・束縛を受けない)に近い感覚かと思います。「無敵の人」という表現に

は、“このような加害者に対して社会は有効な手段を取り得るだろうか”といった絶望感

も感じられます。

いわゆる人権問題にうるさい論者の中には、”加害者のほとんどは社会的弱者であり、

その実態は「関節自殺」とでも言うべきものであるから、加害者といえども救われるべ

き側の人間である。“という意見もあります。

さて、このような「無敵の人」にとって「敵」とは何でしょうか。

それは「世間」であると言えるかもしれません。「世間」とは大多数の一般大衆を指す

のではなくて、ごく身近な周辺にいる人たちです。それらの人たちとの関係が断たれ、

相互作用がないので「無敵」なのです。つまり、”seken  free”なのです。

近代社会は個人の権利をひたすら拡大する方向に歩んできました。国家や集団に対して

は“許されていることのみ実行できる”とする一方で、個人に対しては“禁じられているこ

と以外は自由である”という方向です。そしてそれは正しいのだと今現在も信じられて

います。その結果、「個人」は「世間」と乖離し、「個人の自由」と「冷たい世間」が

同時に拡大したと言えるのではないでしょうか。

 

広くとらえれば、「無敵の人」は他にもいます。例えば赤ん坊です。赤ん坊は世間に縛

られません。時と場所に関係なく泣き叫んだりします。世間は耐えるしかありません。

そしてもう一つ、最近気になり始めた「無敵の人」、実はこれが本題です。

先日、運転免許更新のために高齢者に義務づけられている「認知機能検査」に行ってき

ましたが、そこで「無敵の人」に出会うことになりました。受験者の中に検査官の指示

に全く従わない老人がいたのです。どうやら認知症らしいのですが、それでも最後まで

退場させられることはありませんでした。「指示に従わない人は即刻退場となります」

と何度も注意があったにもかかわらずです。個人の権利はかくも強力なのです。

おそらく彼の免許は更新され以後3年間有効となります。しかし、認知症は進行しま

す。つまり彼の”無適度“もさらに進行するわけです。この先何が起きるのか、ただ不幸

なことが起きないことを祈るしかありません。

実はそれは自分自身の問題でもあるのです。齢80を過ぎ、クラスメートの訃報とともに

“あいつがボケたらしい”という情報も耳に届きます。ボケる前に死ぬのとボケたまま長

生きするのとどちらがいいかと問われれば、躊躇なく前者を選びます。今私にとっての

最大の懸念は、認知症なのです。

 

毎日新聞の記者で現在徳島支局長をされている井上英介という人がいます。

この井上記者が“認知症安楽死”に関する問題を何度も取り上げていますが、その中で

ある精神科医とのやりとりが出てきます。この医師は、医師の中では珍しい安楽死肯定

派のようでこのような記事となっています。

 

“医師は、「長生きはよいことなのか。大半は大病を患うか認知症になる」と長寿を疑

問視し、「自分が認知症になったら殺してくれと家族に言っている」と告白した。”

 

気持ちとしては私もこれと同じです。しかし、それを実行することは到底できません。

現行法の下ではそれは嘱託殺人だからです。そんなことを家族に頼めるわけがありませ

ん。ならばと、殺し屋を雇っても金だけとって逃げられるのが落ちでしょう。

自分が死ぬことを知っている生き物は人間だけだという説がありますが、そんなことは

ないような気もします。間違いなく言えることは、彼らは周りにほとんど迷惑をかけな

いで死んでゆくことです。できることならそうありたいと誰もが思うことですが、なか

なかそうはいかないのが現実です。

井上記者は最初のコラム(2023.5.13)では「安楽死は医学でなく哲学の問題」と書

き、最新の記事(2024.2.2)では、「医学・哲学の前に福祉充実を」と書きました。

最初にあった”スイスやオランダのように安楽死を制度化すべきではないか”という意見

は後退しています。多くの意見を聴取するうちに、慎重に検討すべき課題であると覚っ

たのでしょう。

人はその生涯の始めと終わりを自分で仕切ることは出来ません。自分の意思を働かせら

れるのはその中間だけなのです。

だとすれば、井上記者が言うように「福祉の充実」しかないのかもしれません。

それはカプセルの中で生命維持装置に繋がれ、ロボットの世話を受けるようなものにな

るかもしれません。しかし、そういう選択肢を用意することができれば、多くの悲劇が

回避されるでしょう。

いわゆる植物人間のような姿で生かされる人もまた「無敵の人」なのかもしれません

が、いずれにせよ今の自分としては、「無敵の人」の期間がなるべく短くあって欲しい

と願うのみです。

                          2024.02.10

 

 

犬食禁止法と食文化(J-137)

これまでも、しばしば国際社会から非難されてきた韓国の「犬食」がようやく法律で禁

止されることになった。1月9日、韓国議会は出席議員210人中賛成208、反対0,棄権2

という圧倒的多数で「犬食禁止法」(犬の食用目的の飼育、食肉処理及び流通などの終

息に関する特別法)を可決した。大統領夫人の強い働きかけがあったので「キム・ゴニ

法」とも呼ばれているらしい。大統領が変わるとコロッと変わることもある韓国といえ

ども、流石にこの流れが逆行することはなさそうで、なんだかほっとするニュースであ

る。しかし、これにて一件落着というわけでもない。

 

食文化は、民族の歴史であり、大袈裟に言えばアイデンティティーの一つでもあるの

で、他からとやかく言われる筋合いはない。ヒンドゥー教では牛は破壊神シヴァの乗り

物であることから神聖な動物とされている。だから牛が食べられることはない。しか

し、厳密に言えば、その牛とは乳白色のコブウシであり水牛などは対象外である。

また、インドの人口は世界一であり、ヒンドゥー教以外の人口も2億人以上に上る。

実は、インドは世界一の牛肉輸出国で、牛乳の生産高も世界第二位なのだ。

一方イスラム教徒は豚肉を食べない。こちらの理由はコーランに書かれているからだ

が、その理由が何故なのかはムスリムたちにも分っていない。コーランを疑うことはあ

り得ないので、理由など必要がないのである。俗説では、”不浄“或いは”食べ物が人間と

競合しているため“という理由が挙げられているが、豚肉を使った加工食品もアウトで

あることからすると後者が正しいかもしれない。確かに、飢餓にあえぐ人たちを尻目に

ブタは丸々と太っているという事実がある。

人間は食物連鎖の頂点に立ち、ありとあらゆるものを口にする。それは調理と保存の技

術を持っているからである。その能力が、ありとあらゆる場所に住むことを可能にして

もいる。

長い歴史の中で、自然に或いは宗教などの影響によって、食文化は地域性と民族性を持

つようになり、ある種族のみが食べるものもあれば、逆にある種族だけが食べないもの

もある。クジラを食べることを野蛮とみるか、フォアグラを残酷とみるかは基本的に食

文化の差異に過ぎない。

とは言いながらである。「犬はアカンやろ!」というのが私の気持ちだ。

犬を食べる人とお近づきにはなりたくない。

話を再び韓国にもどそう。

韓国の「犬食禁止特別法」の罰則は3年以下の懲役または3000万ウォン以下の罰金だ

が、実は3年の猶予期間がある。食用として飼育中の犬をどうするかの問題が残されて

いるからである。韓国政府(農林水産食品部)によると、現時点で1100の犬農場で約53

万匹の犬が飼育されているという。これらの犬は、ペットとして飼育された犬ではない

ので、その扱いは簡単ではない。禁止法に反対する犬食関連団体(大韓育犬協会)の会

長は、1匹当たり200万ウォンの支援金と廃業に対する賠償金を要求し、通らなければ

200万匹の犬を野に放つと脅しをかけている。法案成立は“一件落着”どころか、難問処理

のスタートに立ったばかりともいえる。なんとなくではあるが、現在飼育中の犬は猶予

期間中に食べられてしまいそうな気配さえある。

では、犬を食べる食文化が残る韓国には動物愛護の心が薄いのかというと、そんなこと

はない。むしろ先進的である。2014年ごろから韓国では「愛玩動物」という言葉に替え

て「伴侶動物」という言葉が使われるようになり、「動物権」という概念が広がってい

るという。2022年には「動物園及び水族館の管理に関する法律」が改定され、来園者が

動物に対し、触ったり、乗ったり、餌を与えたりすることが禁じられることになった。

動物にストレスや恐怖を与える恐れがあるという理由だ。これによって、イルカショー

などの展示を見ることが出来なくなったという。こうした動きは世界中にあるのだが、

それもまたいかがなものだろうかと思う。イルカショウ―のイルカたちは自身が楽しん

でいるように見えるし、誇らしげにも見える。彼らの素晴らしいパフォーマンスを引き

出したのは紛れもなく調教師であり、それはスポーツ選手とコーチの関係のようでもあ

る。フリスビー犬も同様だ。それらを虐待という言葉で否定することが動物愛護という

のは、ただの原理主義に過ぎないようにも思われる。

 

今私は、子どもの頃に母から諭された言葉を思い出す。

母は、釣ってきた魚を食べない私に“釣った魚は食べてやらないといけないよ、楽しみ

のために生き物を殺すのは良くないことだからね”と言ったのである。母はおそらく、

お寺の住職あたりからこの話を仕入れたのだと思うのだが、それは子供の私にも理解で

きるものであった。

”いただきます“という言葉は、料理を提供してくれた人に対する感謝だけでなく、食材

となった命への感謝でもある。「動物愛護」がエスカレートすると、頬にとまった

「蚊」を叩いても罰を受け、「天下の悪法」とまで言われた5代将軍綱吉の「生類憐み

の令」のようになってしまう。この「令」も、当初は老人や捨て子など弱者を救済する

ためのものであった。それが次第にエスカレートしていったのである。

 

何はともあれ、韓国で犬食が終息することは結構なことだ。しかし、犬を食べる食文化

があるのは韓国だけではない。世界で食用に殺される犬は推定2000~3000万匹とも言わ

れ、最大の消費国は中国である。北朝鮮、フィリピン、ベトナムインドネシア、カン

ボジア、中南米など未だ多くの国で犬食文化が残っており、日本にも2008年、チャイナ

タウンやアジア料理店向けに5トンの犬肉が輸入された記録(業者が大量の頭部などを

川に捨てた事件)がある。

もう過去のことは忘れよう。今は、今回の韓国の例が引き金となって、世界から犬食文

化が根絶されることを願うばかりである。

                          2024.01.21

新年早々の災害・事故と課題(J-136)

新年を迎え、なるべくなら明るい話題を取り上げたかったのだが、早々に生起した災害と事故が頭から離れず、しかもその報道が表面的すぎるように感じられるので、不本意ながらそのことについて述べてみたい。

 

世界情勢が厳しい中、日本は穏やかに暖かい正月を迎えた・・・かに見えた令和6年

は、いきなりの暗いニュースに包まれてしまった。元旦に起きた能登半島地震とその翌

日に起きた羽田空港での航空事故である。前者は天災であり、後者は人災であるが、こ

の二つは関連がある。機長以外の5人が死亡した海上保安庁機は地震災害の支援物資を

運ぶための運航だったのだ。

能登半島の被害は当初、地震規模(マグニチュード7.6、最大震度7)の割には小さいよ

うにも思われたが、それは情報網が遮断されていたからで、時とともに、甚大な被害の

実態が明らかになってきた。死者の数は11日現在213人に上り、今なお22の集落に

3000人以上が孤立状態にあると見られている。

今回の自然災害と事故は全くの別物かに見えるが、繰り返し発生してきたという共通点

がある。繰り返し発生するものには対策が必要であり、現状はその対策が未だ十分でな

いことを示している。

航空事故は目の前で起きており、原因を究明するための資料は揃っているものと思われ

るので、やがて全容が明らかになるはずであるが、責任問題があるので1年以上かかる

という見方もある。危機回避のチャンスは、JAL機、海保機、管制官の3者それぞれにあ

ったとする報道もあるが、JAL機に責任を問うのは少々酷な話で、むしろ炎上する機体

から乗員乗客全員(379名)の脱出を成功させたクルーは称賛されるべきである。

事故原因の第一は、離陸許可を得ていない海保機が滑走路に入ってしまったことにあ

る。大きな空港は、離陸と着陸にそれぞれ専用の滑走路が充てられているのが普通だ

が、事故が起きた羽田の「C」滑走路は、例外的に到着機と出発機双方が使用している

ので、潜在的に衝突事故の可能性を孕んでいる。

国交省は9日、

  • 出発順を伝える運用を当面見合わせる(海保機がNO.1を離陸許可と誤解した可能性があるため)
  • 滑走路誤侵入防止の注意表示画面を常時監視する担当者を配置する

という二つの緊急対策を発表した。

つまり、事故原因として、①パイロットと管制官の意思疎通における問題 ②注意表示

システムと人間の関係における問題 の二つがあると判断したわけである。

しかし、その通りであるとしても、緊急対策は完璧ではない。

柳田邦夫は「航空事故」(1975)の中で“機械やシステムの欠陥や弱点をオペレーター

の注意やマニュアルによって補おうとすると必ず破綻する”と言い残している。それ

が、様々な事故原因を分析してきた彼のいわば遺言だ。事故の多くはシステムの欠陥と

人間の欠陥が重なることによって起きる。今回の事故をもう少し掘り下げてみよう。

先ず、事故直前の状況がどうであったかというと、着陸進入態勢にあったのはJAL516

(事故機、NO.1 )とその後ろに続くJAL166((NO.2)で、出発機としては海保機

(NO.1)、デルタ航空276(NO.2)、JAL179(NO.3)が離陸準備を終えて待機してい

た。つまり、NO.1とNO.2は、この時点で空中にも地上にも存在していたわけである。

そして、地上走行と離着陸の管制は周波数が異なっており別の管制官が担当している。

(小さな空港では両者とも同じ周波数でタワーがコントロールする)

そのような状況において、次のような交信が交わされた。(要点のみ記述)

 

17:44:56 タワー  ⇒ JAL516 「着陸を許可する」

  45:01 JAL516    ⇒   タワ  -   「了解(復唱)」

  45:11 海保機  ⇒ タワー 「タワーこちらJA722 」(最初の交信)

      タワー  ⇒ 海保機  「こちらタワー、NO1.待機位置まで進め」

      海保機  ⇒ タワー  「了解(復唱)」

[  海保機がタワーに周波数を切り替えたのが45:01よりも後だとすれば、JAL機の着陸許

可を傍受できておらず、着陸機が直前に迫っていることを知らない可能性が強い]

 

  45:56 タワー  ⇒ JAL166 「NO.2着陸進入を継続せよ、出発機あり、速度を

                 160kノットまで減速せよ」

[ここまでのやりとりから判断すると、タワーは、JAL516を着陸させた後に海保機を離

陸させ、その後にJAL166を着陸させるというプランを持っていたとみられるが、海保機

はJAL516の存在を知らずに、JAL166がNO.2 であり、速度を下げるよう指示されている

のを傍受し、自分に与えられたNO.1は滑走路使用の順番と誤解したのではないか]

 

真相はやがて明らかになるが、それだけでは事故にならない。誰かが危機状態に気づけ

JAL機に着陸のやり直しをさせる手段が残されているからである。羽田を始め7つの

大きな空港には、着陸機が接近中の滑走路に別の機体が侵入するとモニター画面の機体

が赤に変わり滑走路が黄色(点滅)に代わる警報装置が配備されているという。そのシ

ステムは正常に作動しており、警告を見逃したのは確かに管制官の不注意ではある。

しかし、その責任を管制官に押し付けたところで事故は防げない。

仏教用語で言えば人間のセンサーは、眼・耳・鼻・舌・身・意(六根)であるが、無意

識の反射行動を除けば、意識しなければ“見れども見えず”で感知したことにならない。

中でも、目は最も多くの情報を取り入れるセンサーではあるが、目は視界に入らないも

のは見えないし、視界に入っていてもすべてが見えているわけではない。試しに、今読

んでいる文章で目を動かさずに読める範囲がどれだけ狭いかを確かめていただけるとよ

くわかるはずだ。そこに注意が向かなければ見えないのである。注意を引くために、色

の変化や点滅などの情報技術(認知工学)も進化してきているが、それらの表示が正常

な状況下でもしばしば発生するようなケースでは、慣れっこになってしまって、効果は

薄れてくる。人間の脳は情報処理における省力化が進化しており、それがしばしばミス

を誘発するのである。未熟は当然ミスの原因になるが、熟練した作業でもミスを犯して

しまうのが、“人間らしさ”のひとつなのだ。

だから、事故防止には人間が介入しないシステムが必要になる。たとえば、交差点や踏

切の事故は立体交差にすることで防げるし、今回の航空事故は離陸/着陸を専用の滑走

路にすれば防げる。

それが無理ならとりあえずAIに頼るしかない。かつて「交通戦争」とまで言われた自動

車事故は、近年著しく減少しており、その主役は自動化である。

幸いにもLAL機の乗客が無事であったことが、改善のエネルギーを弱めることになら

ないことを願うばかりだ。

 

さて、地震被害の方ははより深刻である。

地震には①海溝型②内陸型③火山性の三種があるが、日本ではそのいずれもが頻発す

る。地震統計でM5.5 以上の地震が最も多いのは中国であるが、面積あたりにすると日

本は中国の約13倍にもなる。人口が密集し津波被害も受けやすいことから被害はより大

きくなりやすい。さらに言えば、地形上孤立集落が発生しやすく、直後の救助支援に困

難が生じることが多い。

地震ばかりではない。台風による被害も毎年のことだ。それがいかんともしがたい日本

の宿命なのである。

大災害が起きるたびに感じるのは、被災直後における苛立たしさと無力感である。

何とかならないものかと思う。勿論被災地にも自治体組織や消防や警察がある。しかし

それらの能力は限定的であり、大災害への対処は無理としか言いようがない。第一それ

らの組織や機能そのものが被災していることが多いのだ。

ほとんどのインフラが破壊され、通信や交通網が遮断された中で、的確な救助支援活動

は困難を極める。その状況はみんなが知っている。

多くの場合、頼る先は自衛隊ということになる。法的には都道府県知事等(他に海上

安庁長官、空港長など)の要請に基づき自衛隊が“災害派遣”という名目で出動する。

ところが、自衛隊にとっては本来の任務ではないので災害派遣に特化した人員装備があ

るわけではない。さらには、自衛隊(部隊や自衛官)が市中に姿を見せることを嫌う風

潮が一部にある。

嘗ては自衛隊記念日のパレードは神宮外苑で行われていたし、市中でも制服姿をよく見

かけたものだが今ではすっかり姿を消している。都市部では通勤するのも私服で、制服

に着替えるのは職場についてからだ。笑い話にもならないが、阪神淡路大震災の時は村

山(社会党)政権で、東日本大震災の時は菅(民主党)政権であったため、自衛隊の出

動にためらいがあり、うまく活用できなかったという指摘もある。誰とは言わないが、

それは知事の中にも存在している。つい先日も陸上自衛官が集団で靖国神社を参拝した

という一件が俎上に載せられている。休暇を取り私服で行動したにもかかわらずであ

る。このような状態を改めるには、やはり憲法改正が必要である。

いつでもどこでも大規模災害発生の恐れがあるという国土にあって、災害対処機能の充

実は最も優先すべき課題の一つである。しかし、各自治体に必要十分な機能を持たせる

ことは、いかにもコスパが悪い。造ったとしても、その組織や機能そのものが被災して

使い物にならない可能性が高い。となれば、機動性を有する組織を常設するしかない。

その組織は、やはり自衛隊の一部として編成するのが最も効率的だ。離島防衛と災害支

援は似たところも多く、必要に迫られているところも共通している。3000t~5000t級

のヘリ搭載艦として、ホバークラフトや工事車両、ドローンなども搭載する。医療設備

も備えるならば感染症の水際作戦にも利用できるだろう。そのような任務に特化した船

を2~3隻装備し、横須賀、舞鶴佐世保あたりに配備しておけばよい。時と場合により

海外支援にも使う。平時における自衛隊のタスクは、ほとんどが教育訓練であるが、い

かに実践に近づけるかが課題である。災害派遣を“助っ人”から“本来任務”の一つに格上

げすれば、様々な効果を期待できるだろう。

                         2024.01.14

 

 

 

 

 

OECDのPISA結果をどう読むか(J-135)

OECDが2000年から3年毎に実施している国際学力調査がある。

正式名称は「Programme for International Student Assessment」(国際学習到達度調査)

で、多くの国で義務教育が終了する15歳を対象としている。本来なら2021年に実施さ

れ るはずの第8回目調査が新型コロナの影響で1年延期され、日本では183校の高校1年

生約6000人が参加した。参加国は一貫して増加傾向にあり、今回はOECD加盟国37か国

と44の非加盟国・地域から約69万人が参加し、その結果がこの12月5日に公表された。

これに対し、毎日新聞が早速6日の記事で大きく報道した。1面トップに加え、3面の

「CU クローズアップ」さらに12面に特集記事という力の入れようである。

調査結果については、国立教育政策研究所が詳細な分析結果を公表しており、毎日新聞

の記事はいわば毎日新聞の“読解力”を示したものともいえる。

まずは記事の内容を見てみよう。

1面のタイトルは「日本の読解力3位に躍進」で、「数学5位 上位維持 科学2位」とい

う言葉が並ぶ。そして、3面には前回(2018年)調査と比較したデータを誇らしげに

掲げている。記事はトップ20までのデータであるが、10位以下になるとあまり点差がな

くてあまり順位の意味がないので省略すると次のような表になる。

 

数学的リテラシー     読解力       科学的リテラシー

順位 前回 国・地域 得点   順位 前回 国・地域  得点  順位 前回 国・地域 得点    

 1  2   シンンガポール   575       1   2    シンガポール  5 43   1      2       シンガポール 561

  2      3      マカオ   552          2     8        アイルランド 516   2   5  日本   547

  3   5      台湾    547           3   15        日本   516         3      3       マカオ  543

  4  4   香港      540           4     9        韓国   515         4    10       台湾   537

  5   6      日本    536           5   17       台湾    515         5     7        韓国   528

  6   6      韓国    527           6    5        エストニア  511    6  4     エストニア       526

  7     8      エストニア   510     7 3     マカオ    510         7     9         香港   520

 8   11     スイス    508        8    6       カナダ    507         8     8        カナダ   515

 9   12  カナダ    497        9   13    米国     504          9    6       フィンランド  511

 10 9   オランダ   493         10   12       ニュージランド 501        10   17     オーストラリア   507

 

この表の通り、日本は3分野すべてで順位を上げている。とくに読解力においては、前

回の15位から3位に上がったということで、毎日新聞が「3位に躍進」と報じたわけであ

る。そして、好成績の背景として次の要因を挙げている。

1.07年に「全国学力テスト」を復活させ、「脱ゆとり」にも舵を切ったことで、読解 

     力は06年の15位から09年の8位、12年4位と回復した。しかし、18年にはスマホ

     SNSの 普及に伴う読書量の減少のためか再び15位に転落した。

    この状況を踏まえ、文科省は「アクティブラーニング」を重視した学習指導要領を21

 年度から実施し、今回その成果が表れた。

2.日本は新型コロナの影響を最小限にとどめることができた

3.学校におけるICT環境の整備が進み生徒が機器の使用に慣れてきた

4.大学入学「共通テスト」や高校入試でもPISA型の問題が多くなった

3,4項については、異論はないのだが、1,2についてはどうだろうか。

少々面倒な作業になるが、第1回(2000年)からの得点と順位を並べてみよう。

       < PISAにおける日本の得点と順位の変化 >

       読解力           数学         科学

           順位           順位         順位

年度  参加国 得点 全体 OECD    得点 全体 OECD  得点  全体 OECD

2000  31   522    -    8    557     -      1            550         -         2

2003    40         498    14      12            534        6        4             548        1         1

2006    57         498    15      12            523      10        6             531        6         3

2009    65          520     8       5             529        9        4             539        5         2

2012    65          538     4       1             536        7        2             547        7         2

2015    70          516     8       6             532        5        1             538        2         1

2018    77          504    15      6             527        6        1             529        5         2

2022    81          516     3       2             536        5        1             547        2         1

           

この表で、OECD加盟国における日本の順位を見ると、日本は第1回調査からほぼトップ

クラスを維持し続けている。2003 ,2006年の読解力は”特異“な現象とみるべきであり、

また全体における順位の変動は、非加盟国・地域の影響を受けたものなので、過敏にな

る必要はない。今回不参加であった中国の「北京・上海・江蘇・浙江」が参加していれ

ば、おそらくすべての国・地域が一つ順位を下げたと思われるが、マカオや香港もトッ

プ5の常連で、こういった地域のみの参加は、いわば雑音のように全体像を曇らせてい

る。「北京グループ」の今回の不参加理由は、新型コロナの影響だそうだが、調査が行

われた時期(2022年夏頃)におけるコロナ感染者数はアメリカが1日15万人、日本が

1万~5万人程度であったのに対し、中国は数百人程度で”コロナは終結した“と宣言し

ていたくらいなので、なんだかおかしな言い訳だ。真の理由は他にあるのだろう。

OECDは、レジリエントな国として、日本、韓国、リトアニア、台湾を挙げている。

レジリエント(resilient)とは、厄災などからの回復が早い、逆境を跳ね返す力が強

い、といったような意味である。それが毎日新聞の2番目の理由、“日本はコロナの影響

を最小限にとどめた”に結び付いている。

しかし、日本の成績はそれだけでは説明できない。OECDの平均点がなべて下降してい

るのがコロナのせいだとしても、日本はコロナの影響を最小限にとどめて順位を上げた

たというよりも、得点そのものが大幅に上昇しているのである。

日本の成績上昇を分析してみると、最もレベルの高い層の割合が増え、最も低い層の割

合が減少している。これが平均点の上昇に寄与していることは間違いない。その現象が

コロナに関係しているとすれば、休校の期間において、教師と生徒が個人的に接する機

会がむしろ増加したのではないかという仮説が成立する。

日本の義務教育における懸念の一つは、日教組が行ってきた”悪平等主義“である。いわ

ゆる”お手手繋いでゴールイン“方式は、個人差のある生徒たちに一律均等の教育を行う

ことによって、レベルの高い生徒とレベルの低い生徒の双方を置き去りにしてきた。

ところが、新型コロナのせいで休校が増えると、必然的に教師は生徒と個々に接しなけ

ればならない状況が生まれた。期せずして、個々のレベルに合わせた教育が行われるこ

とになったというわけだ。本来、「平等」とはそういうことなのである。

日本の義務教育レベルは世界のトップクラスにある。勿論いいことには違いない。

しかし、それは単に“平均点が高い”ということでしかない。平均点が高い大きな理由

は、地域差が少ないからである。全国レベルでランダムにピックアップして試験をすれ

ば、人口の多い国の平均点はなかなか高くならない。人口1億人以上で3部門とも20位以

内にあるのは日本だけである。それは誇るべきことかもしれない。しかし、それでいい

というものでもない。日本人の学びに対する情熱は年を取るにつれ薄らいでゆくという

指摘もある。実際、大学のレベルとなると自慢できるものではないし、社会人になって

からの学びは貧弱だ。

近年、日本のスポーツ界が元気になったと感じている人は多いと思う。その象徴が大谷

翔平であり、翔平効果により、さらに全体がレベルアップしそうな雰囲気だ。そうなっ

た大きな要因は、先駆者たちが”憧れるのをやめて”レベルの高い環境に飛び出していっ

たからである。それは教育にも当てはまる。レベルの高いものにはレベルの高い“場”が

与えられるべきなのである。

義務教育の場においてそれを実現するのはムリだろうか。レベルに応じたクラス分けや

飛び級制度には弊害があるという考えもある。しかし今のままでも、ICTの活用などで

十分可能なのではないだろうか。そして、それは生涯教育にもつながって行く。

手段は色々ある。要は“公平”とか“平等”に対する意識の問題だと思う。

                       2023.12.17

 

 

  

靖国神社について(9)(Y-64)

ここまで。靖国神社に関する経緯や問題点などについて、長い話を続けてきましたが、

現在も問題解決の方向は定まっていません。これまでに提案された解決策は、いずれも

各方面全体からの支持を得るには至らず、今は完全に手詰まりの状態です。それらの解

決策のどこが問題なのか、それらを克服する解決策はあるのか、及ばずながらそんなお

話しをして最終回にしたいと思います。

 

<これまでにあった問題解決への提案>

靖国問題を解決しようとした試みは次の4つに集約されるかと思います。

これらの対策案はことごとく実りませんでしたが、何が問題だったのでしょうか。

<靖国神社廃止案>

この提案は、終戦直後に石橋湛山が唱えた説です。

石橋湛山は、在職わずか65日という短期間ながら第55代の総理大臣となった人で、”元

祖リベラル”といってもいいような政治家です。彼が提唱した「小日本主義」は、ある

意味理想主義的なところもあり、その思想は脈々と現在も受け継がれているようにも思

われます。

新党さきがけ」を立ち上げた武村正義などはその典型で、彼のキャッチフレーズ

“小さくともきらりと光る国”はまさに「小日本主義」を言い換えたようなものです。

“小さくてもキラリ”に該当する国といえば、スイス、イスラエルといった国がまず頭に

浮かびますが、それらの国と日本を世界の順位で比較してみましょう。

           面積    人口   GDP

    日本      61位       12位   3位 

    スイス      131         100        20

    イスラエル    148          97         29

単純に面積、人口、GDPを世界ランキングで見ればわかるように、スイスやイスラエル

は小さくとも光る国と言えるでしょうが、日本は決して小さくはありません。それどこ

ろか、結構大きな国なのです。

話があらぬ方向に発展しそうなのでこれ以上は止めますが、“靖国廃止論者”は概して“小

日本主義”の影響を受けており、“中国寄り”の傾向があるような気がします。

いずれにせよ現行法の下では、よほどの犯罪行為でもない限り、靖国神社に対し解散命

令を出すことなど不可能です。

仮に、共産党が政権を獲ればできるのかもしれませんが、それはかなり非現実的な世界

なので、靖国廃止論もまた非現実的な話としか言いようがありません。

 <A級戦犯分祀

靖国問題A級戦犯合祀から始まったのだから、A級戦犯分祀すれば解決する」とい

う単純な発想ですが、不思議なことにメディアや評論家・学者などいわゆる知識階級に

支持されている解決策です。しかしこの解決策は、更なる混乱を引き起こす可能性があ

ります。中国や韓国が靖国批判を始めたのは、A級戦犯合祀からかもしれませんが、多

くの場合「“戦争犯罪人”が祀られているからダメ」と言っているからです。A級を分祀

したら次は、B・C級をどうするのかと言い出すことは間違いありません。この案を持ち

出す勢力の狙いは、いつまでも”靖国カード“を持ち続けることにあるのではないかと疑

ってかかる必要があります。

そもそも、靖国神社側は“分祀”というのは、いわば同じものをコピーするようなものと

言っており、一体化した祭神から元の“個”を選別して取り出すことは出来ないと断言し

ていますので、この案は端から成立しないのです。

この案の補強材料として、横井正一、小野田寛郎、その他いくつかの例のように、合祀

されたが実は生きていたという事実が持ち出されることが在ります。しかし、これは単

純に、“生きている人は最初から招魂されていない”わけだから問題になりません。また

遺族側から、“合祀には反対だ、本人もそれを望んでいない”という訴えがあります。こ

れも、“本人が望んでいなければ勧請(招魂祭)に応じていない”と神社側は説明してい

ます。つまり、合祀されるか否かは神社と御霊の関係のみで決まるということを理解す

る必要があります。

靖国神社国家護持法案>

この案は、靖国神社を宗教法人から特殊法人に変え、国の管理下に置くというもので、

昭和44年(1969)、自民党がこの法案を提出しました。この年は審議未了で廃案となり

ましたが、その後も毎年提出を繰り返し、6回目の49年ようやく衆院を通過しました。

しかし、これも参議院を突破できず廃案となりました。

この法案提出は、神社本庁及び遺族会の活動に押されたものではありましたが、神社神

道以外の各宗教団体のすべてから反対され、さらには肝心の靖国神社からも反対されて

いるので、仮に国会を通過したとしてもその実行には困難が予想されます。

<国立追悼施設の設置>

この案を最初に言いだしたのは、昭和49年(1974)に財団法人(現在は公益財団法人)

として設立された「協和協会」ではないかと思います。初代会長は岸信介でした。現在

は会長不在で、清原淳平(北村昌之)氏が代表理事となっていますが、活動の実態はほ

とんどないものと思われます。協和協会の案は、靖国はそのまま存続させながら新たに

追悼施設を設け民間の犠牲者も含めて追悼するというものでした。

これとは別に、平成17年(2005)超党派議員連盟として「国立追悼施設を考える会」

が発足しました。自民・民主・公明等から100名を超えるメンバーが集まりましたが。

実現には至りませんでした。実はこの案には、”遺族会が反対“という致命的な欠陥があ

りました。“そんなものを造っても誰も参拝しない”というわけです。

他にも、“それは新たな「国のための死者」を受け入れる装置に過ぎない”といった反対

の声(田中伸尚)”もありました。

<靖国神社側(松平永芳宮司)の見解>

靖国神社側は、国家護持法案には断固反対、国立追悼施設には冷ややかな態度をとり続

けています。それは何故なのか、A級戦犯の合祀を断行した松平永芳宮司宮司の言葉

からその理由を探ってみましょう。

彼が宮司就任の際に心に決めたのは、“決断を要する場合は、祭神の意に沿うか沿わな

いか、遺族の心に適うかかなわないかを第一に考える”であり、次の三原則を守ること

を決心したのだそうです。

  • 日本の伝統の神道による祭式で御霊をお慰めする
  • 鳥居や神殿などの神社のたたずまいを絶対に変えない
  • 明治天皇命名された社名を変えない

そして、彼はこう述べています。

“戦前と異質な戦後の国家による国家護持では危険なので、靖国神社は国民一人一人の

「個の連帯」に基づく「国民護持・国民総氏子」で行くべきである。明治以来靖国神社

の収入のほとんどは、玉串料やお賽銭などの社頭収入であり、実質的に民営であった。

この考えに至ったのは、1985年の中曽根首相公式参拝で、首相が伝統の儀礼をことご

とく無視し、これに従わなかったときからである。“

このような方針を打ち立てた松平宮司(第6代)は平成4年に退任し、その後は概ね5年

毎の交代があって現在は山口宮司(第13代)となっています。現在の靖国神社側の考え

が当時のままであるかどうかは分かりませんが、大きくは変わっていないとすれば、こ

こに上げた四つの解決策は、何れも実現の可能性が低いものと考えざるを得ません。

では靖国問題を解決するための妙案はあるのでしょうか。

<期待できない司法決着>

昭和54年ごろ、各地方議会から「総理大臣などの靖国神社公式参拝を求める決議」が一

種のブームとなったことが在りましたが、これに岩手県から反対の声が上がりました。

政教分離を守る会」という市民グループが、「公式参拝を求める決議」に賛成した議

員ら40名を相手取り、「被告らは岩手県に対し7万1,657円(決議文の印刷費や持参の交

通費)を支払え」という訴えを起こしたのです。この訴訟の途中において、県が昭和37

年から毎年玉串料などを支出していたことがわかり、その公費の返還要求も併せて審議

されることになりました。

提訴から約8年の審議を経て、昭和62年3月、盛岡地裁の判決は何れも合憲判断がなされ

訴えは全面的に退けられました。しかし、55名の大弁護団を組織して臨んだ仙台高裁に

おける控訴審(H.3.1.10)では、同じく市民グループ側の敗訴ながら、“公式参拝憲法

20条3項が禁止する宗教的活動に該当する違憲行為と言わなければならない”という傍論

が付けられました。これに対し、県側は直ちに上告しましたが、“全面勝訴している以

上上告の理由はない”として却下されました。これに対して県側はさらに「特別抗告」

をしましたが、「抗告の理由がない」ということで却下されました。

その後、時の首相の参拝などをめぐって「靖国関連訴訟」が何度もありましたが、いず

れもこの岩手県靖国訴訟と概ね同じような判決が繰り返されています。つまり、原告に

対する法的利益の侵害はない(被告側勝利)。尚、判決とは無関係ながら、政教分離

則に関しては違憲又はその疑いがあるというものです。そして、尚書きの部分(傍論)

を不満として被告側が上訴すると、裁判に勝っている側がとやかく言う権利はないとし

て打ち切られるのです。実は、原告側は最初からこれを狙っていて“違憲判決が下され

た”と言って、快哉を叫ぶという筋書きです。前例がこれほど積みあがった状態で、今

後司法に画期的な判断が生まれる筈もなく、司法による決着は期待できません。

<靖国神社の意義>

中国や韓国などからことあるごとに反日カードとして利用され、国内にもその存在に疑

問の声がある中で、はたして靖国神社に未来はあるのでしょうか。その存在意義はどこ

にあるのか、それが現在の我々日本人に問いかけられているわけですが、私は次のよう

な意義があると考えます。

*反省の場として

A級戦犯として裁かれた人たちの人物像を改めて個々に眺めてみると、昭和天皇に名指

しされた松岡、白鳥のように、国益優先のナショナリズムから判断を誤った人もいます

が、世界征服を夢見て”共同謀議“を重ねた人などどこにいるのでしょうか。本当の姿と

して見えてくるのは、むしろ平和主義、親米派親中派と呼ぶべき人たちが多いので

す。少なくとも、対米戦は避けようと努力していた人たちがほとんどです。それが何故

対米戦に踏み切ったのかと言えば、一つには挑発に乗せられたこともあるでしょうが、

最大の理由はやはりマスメディアと国民の圧力ではないでしょうか。中でもマスメディ

アの影響を見逃すことは出来ません。指導者たちはその空気に押されてしまったのです。

敗戦当初は、国民もそのことを感じていたと思われますが、“君たち国民は悪くない、

天皇も悪くない、悪いのはこいつらだ”というGHQプロパガンダにすっかり乗せられ

てしまいました。

何が言いたいのかと言えば、“本当に反省しなければならないのは、むしろマスメディ

アと一般国民ではないか”ということです。そして、そのことを自覚させるためにA級戦

犯を靖国に合祀する意義があるのではないかということです。「和をもって尊し」とす

る日本人の協調性は“付和雷同”しやすいという欠陥にもつながっていることを自覚しな

ければなりません。そして、マスメディアが揃って同じことを云いだしたら警戒が必要

です。現時点でマスメディアは、同じような方向を向いているようにも見えます。それ

は”要注意“の状態かもしれないのです。

*鎮守の杜として

“現在我が国の直面する国難の大半は祖国愛の欠如に起因する”

これは数学者であり人気エッセイストでもある藤原正彦の言葉です。祖国愛とは、祖国

の文化、伝統、歴史、自然などに誇りを持ち、またそれらをこよなく愛する精神をい

い、英語ではペトリオティズムといって、同じ愛国心でも国益主体のナショナリズム

は違うと述べています。

“国破れて山河在り”は、唐が滅んだ時に杜甫が詠んだ詩の一節ですが、靖国神社は東京

が焼け野原になった後も残っていました。靖国の杜(もり)は残っていたのです。

靖国神社軍国主義者などに利用された時期があったことは否定できませんが、元

来“国靖かれ”という願いが込められた神社なのです。靖国は、まさに鎮守の杜であり、

ペトリオティズムのシンボルなのです。

<現状に堪え憲法改正を目指す>

日本には、“憲法教”の信者かと思わせる人たちがいます。まるで唯一絶対神のごとく憲

法を崇拝し、「憲法が禁じる○○」、「憲法が保障する○○」といった言い方をする特

徴があります。しかし、本当は憲法が禁じているのではありません。誰が禁じているか

と言えば、その憲法が生まれた時代の多数派です。その時の国民が(そうとも言えない

ことが問題ですが)国家権力に暴走を防ぐための枠をはめたものなのです。

だから、「憲法によって禁じられている○○」というべきであり、言い換えれば「多数

派によって禁じられている○○」なのです。したがって、時代とともに或いは環境の変

化に合わせて憲法の加筆修正が必要で、たいていの国でそれが行われています。しかし

ながら、日本の憲法改正は極めて難しい条件となっているうえに、憲法の条文を戒律の

ごとく守ろうとする“憲法教”の信者たちがいるので、未だにただの一度も改正されたこ

とが在りません。世界的に見れば、これは珍しいどころか異常な状態なのです。

憲法はそれ以前の明治憲法の改正手続きに従って行われましたので、一応国家として

の継続性があると考えられますが、内容的には一種の革命です。そしてこの憲法は一度

も国民の審査を受けていません。それでも国民に支持され愛されてきました。それなり

に時代を先取りした、すぐれたところも多かったからでしょう。

ところが、元々GHQが1週間ほどで書き上げ、それをおそらく未熟な担当者が翻訳した

ものなので、前文などは気持ちの悪い日本語ですし、流石にぼろが出始めました。と同

時に、世界環境が変化したので、足りないところや辻褄が合わない箇所が多くなってい

ます。

有体に言えば、世の中が“憲法違反だらけ”になっているのです。憲法最高法規なの

で、それを糺す手段がありません。つまり憲法は死にかけているのです。

今ここで話題にしている憲法20条もすでに死んでいると言わざるを得ません。裁判所

は、この条文を靖国神社だけに適用しています、それも極めて厳密にです。外国には、

完全休暇(休暇中は代行者が務める)制度を持つ国もありますが、日本の要人は常に緊

急事態に対応しなければなりませんので、完全に私的な時間はありません。公用車、ボ

ディーガードなどを使えば公用と言われても元々純粋な私用というものがないのです。

ところが、伊勢神宮参拝や皇室行事については何も文句を言いません。国が関係する事

業で地鎮祭や起工式が行われても問題にしません。憲法7条で定められている10項目の

天皇の国事行為には、「儀式を行うこと」という項目がありますが、その儀式は神社神

道の祭式と深く関係しています。しかし、立憲君主国のなかで、宗教的な儀礼を完全に

排除している国があるでしょうか。共和国でさえ宗教的な儀礼を取り入れています。

前にも言ったと思いますが、明治憲法では神社神道を宗教の埒外に置き、国家の管理と

しました。再びその方策をとることは無理かと思いますが、20条の適用外に置くことは

可能かもしれません。私たちの感覚として、「神社神道は日本古来の習俗であって宗教

ではない」ということにさほど違和感はないと思います。

そのためには、もはや憲法を改正するしか完全解決の道はないのかもしれません。

そして外国からのクレームに対しては、”内政干渉“の一点張りではねつけるしかありま

せん。そうすれば100年もたたないうちに何も言わなくなるでしょう。

とはいうものの、肝心の憲法改正の目途は立っておらず、改正されるとしても20条が対

象となるのはそのまた先のことになるでしょう。それまでどうすればいいのか、下手な

妥協は危険です。だからそれまでは、このままの状態に耐えていくしかない、

私はそう思います。

主権は国民にあります。その総意(大多数の意思)に基づくシンボルが天皇です。天皇

の国事行為が国民の総意に基づくものと考えるならば、この矛盾を解決するには憲法

改正するしかないではありませんか。

2か月考えて情けない結論になりましたが、これで靖国問題を終わります。

                        2023.12.1

靖国神社について(8)(Y-63)

<富田メモ

富田メモ」とは、平成18年7月20日日経新聞が一面トップで「昭和天皇A級戦犯靖国

合祀に不快感」と報じる根拠となった、元宮内庁長官富田朝彦氏のメモのことです。

富田氏は平成15年に亡くなりましたが、手帳14冊、日記13冊の記録を残していました。

その資料を遺族から預かった日系の記者が、問題のメモを発見しスクープしたのです。

走り書き4枚のそのメモは、手帳の昭和63年4月28日、つまり昭和天皇最後の誕生日の前

日に当たる頁に貼り付けられていたということですが、最初に公表されたのは4枚目の

後半部分のみでした。

丁度その当時は、小泉首相靖国参拝が議論を呼んでいる最中であったこともあり、全

メディアが取り上げる騒ぎとなりましたが、メモ自体は断片的で本物かどうかを疑う声

も少なくありませんでした。やがてその前半部分が、さらには3枚目も明らかになりま

したが、これは本来公文書として扱われるべきものだとして富田家への批判も強くな

り、それ以上の情報は閉ざされてしまいました。

3枚目の頭には、63.4.28 ☆「Pressの会見」と書かれており、“昨年は”という言

葉ではじまっています。そして62年の記者会見のことや、ご自分の健康状態などに関

するご発言が記録されています。

そして問題の4枚目、いわゆる「富田メモ」と呼ばれるのがこれです。

 

 *富田メモ

  前にもあったがどうしたのだろう

  中曽根の靖国参拝もあったが

  藤尾(文相)の発言

  =奥野は藤尾と違うと思うがバ

  ランス感覚のことと思う 単純な

  復古ではないとも

 (最初に報道されたのはこのあとからの部分)

  私は或る時にA級が合祀され

  その上松岡、白取(ママ)までもが

  筑波は慎重に対処してくれたと

  聞いたが

  松平の子の今の宮司がどう考え

  たのか

  易々と

  松平は平和に強い考えがあった

  と思うのに

  親の心子知らずと思っている

  だから私あれ以来参拝していな

  い

  それが私の心だ

 

*真贋論争

 このメモについては“偽物ではないか”という意見や、本当に昭和天皇の本心なのかと

いう疑問の声も数多く上がりました。

 有力な指摘や疑問点を挙げれば、次のようなものが挙げられます。

・記者会見が行われたのは4月25日であり、そもそも怪しい。

・4月28日に記者会見しているのは、徳川侍従長なので、彼の発言ではないか。

・それまでの昭和天皇のご発言や性格とあまりにもかけ離れている。

・健康上の問題が影響している。(前年すい臓がん手術、会見から約8か月後に崩御

・富田長官が歴史に疎く誤解がある。(彼のフィルターがかかっている)

これに対し、日経新聞は「富田メモ研究委員会」を設置し、「不快感以外の解釈はあり

得ない」と結論付けました。日経新聞としては当然の主張で、委員には御厨貴、秦郁

彦、保坂正康といったまあ信頼できる識者が選ばれており、半藤一利磯田道史といっ

た人たちも”本物“と断定しているので、このメモが偽物でないことは間違いないと思わ

れます。

しかし、このメモが概ね昭和天皇のご発言に近いものであるとして、その解釈について

は、通説に対する私なりの異論があります。それは後に述べるとして、その前にメモに

書かれている事柄や人物等について調べてみましょう。

<メモの分析>

私は或る時にA級が合祀され

 合祀されたのは昭和53年10月17日で、その10日前の10月7日に上奏名簿により、宮内

庁を通じて報告が上がっているはずです。多くの資料や記事などに“秘密裏に合祀”と書

かれており、このメモの空白部分にも“全く関係者知らず”という縦書きの言葉が加えら

れていますが、それはもともと公表しないという取り決めだったのです。

松岡

 松岡洋右外務大臣は、昭和天皇が懸念されていた三国同盟を推進した人で、専門家

の間では、天皇から特に嫌われていた人物として知られています。しかし天皇は個人批

判をなさらない方なのに、専門家ほど騙されそうな事実(松岡を嫌っている様子)を潜

ませるのは、贋作づくりの常套手段ではないかと怪しがる向きもあります。松岡洋右

判決前に病死したので、厚生省からの合祀予定者名簿には入っていませんでしたが、

法務死」扱いとなっていたことから合祀名簿に加えられたのではないでしょうか。

前回述べたように、先の大戦における犠牲者の勧請(招魂)の儀式は既に“一括招魂”の

形で終えています。

*白取

 白鳥敏夫元駐伊大使のことで、単なる誤字ではなく富田元長官が“歴史音痴”だったの

ではないかという説の根拠にされています。白鳥元大使も三国同盟の推進者で、終身刑

の判決を受けましたが、受刑中に死亡しました。昭和天皇との直接の対話機会はあまり

なかったのではないかと思われます。

*筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが

 筑波藤麿第5代宮司のこと。山階宮菊麿王の第3王子で東京帝大国史学科卒。昭和3年

臣籍降下が認められ筑波の姓を賜ります。昭和21年から靖国神社宮司を務め、34年BC級

戦犯を合祀、A級についてはいずれ合祀するが時期については慎重に判断するというこ

とになり、結局在任中には合祀しませんでした。つまり、合祀を決定したときの宮司

筑波宮司でありA級の合祀に反対していたわけではありません。

松平の子の今の宮司

 松平は松平慶民のこと。福井藩松平慶永の3男で1908年オックスフォード大卒。

大正元年(1912)侍従となり以降一貫して宮内省に努める。皇族や上級華族に対しても

遠慮なく発言し「昭和の殿様」「閻魔大王」と称された皇室の御意見番のような人。

今の宮司とは慶民の子松平永芳宮司のことで、海軍機関学校から海軍少佐で終戦を迎

え、戦後は陸上自衛隊に入り1等陸佐で退官します。

昭和53年筑波宮司の死去に伴い、最高裁元長官で「英霊にこたえる会」会長石田和外氏

の強い勧めで第6代宮司に就任。就任からわずか3か月後の10月17日、保留状態にあった

A級戦犯の合祀を断行しました。彼の言い分は次の通りで、”易々と”かも知れませんが

むしろ筋が通っているようにも感じられます。

国際法的に認められない東京裁判で戦犯とされ処刑された方々を、国内法によって戦

死者と同じ扱いをすると政府が公文書で通達しているから、合祀するのに何の不都合も

ない。むしろ祀らなければ、靖国神社は僭越にも祭神の人物評価を行って、祀ったり祀

らなかったりするのかとなる”

*奥野は藤尾と違うと思うが

前段に名前がある奥野は、奥野誠亮元法相のことで、このメモが書かれた直前の4月22

日、「戦後43年経ったのだから、もう占領軍の亡霊に振り回されることは止めたい」な

どと発言しました。彼は「みんなで靖国神社を参拝する国会議員の会」の初代会長でも

あります。

また、藤尾は藤尾正行元文相のことで、入閣直後に「東京裁判は勝者の裁判であり不

当」、「韓国併合は合意の上に形成されたもので、日本だけでなく韓国側にも責任があ

る」などと発言し、中曽根首相から罷免されました。他にも、靖国神社参拝を見送った

中曽根首相を「そうしなければわかってもらえないというのは外交がいかに拙劣かを示

している」と批判するなど「放言大臣」とも呼ばれました。

*私なりの解釈

富田メモから窺える昭和天皇はそれまでのイメージを覆すものです。高齢で体調もすぐ

れなかった昭和天皇が”本音(?)“を語られたものであるとするならば、表面的に受け

取るのではなく、その真意を探らなければなりません。

次のエピソードは一つの参考事例です。

敗戦直後、日本政府は先手を打って日本側で戦犯を裁こうとしたことがあります。

そうすれば、連合国も無茶なことはしにくいだろうという作戦です。このとき昭和天皇

はどういう態度を示したのでしょうか。実はこれに反対されたのです。その理由は、

「敵側の所謂戦争犯罪人、殊に所謂責任者は何れも嘗ては只管忠誠をつくしたる人々な

るに、之を天皇の名において処断するは不忍ところなる故、再考の余地はなきや」

というものでした。

政府はそれを押し切って裁判をすると決めたのですが、GHQににべもなくはねつけられ

ます。“連合国はいかなる点においても、日本と連合国を平等と見なさないことを日本

が明確に理解することを希望する、日本は文明諸国間に地位を占める権利を認められて

いない。敗北せる敵である”とまで言われ、この策は木っ端みじんに砕かれました。

他にも、昭和天皇A級戦犯と呼ばれる人たち全員に対して、”不快感“を抱かれていた

わけではないことを示すエピソードはいくつも存在します。

櫻井よしこ氏は、”あの不当な東京裁判で自らの命を差し出すことによって天皇と皇室

を守り、日本国を守ったのがA級戦犯だった。88年4月当時の昭和天皇は体調も悪く、

メモのような発言があったとしても、ご自分の真意を十分に伝えることが出来ていなか

ったのではないか“と語っています。

以上、これらの事実や意見を参考にすると、富田メモの読み方も少し変わってきます。

キーワードは、“松岡、白鳥までも”と”易々と“というご発言です。つまり、昭和天皇

は、この二人が日本の針路を誤らせる元となった三国同盟の推進者であるばかりでな

く、病死した文官なのだから靖国に祀るのはどうか、というお考えを述べられたのでは

ないかということです。

”までもが“という言葉からは、他にもあまりふさわしくない人物がいることを匂わせて

いますが、全員ではないという意味にもとれると思います。

また、合祀そのものは、筑波宮司の時代に決定している事項ですから、”易々と“という

のは、”今がその時(合祀祭を行うタイミング)ではない“という意味でしょう。

天皇靖国神社御親拝は、元来さほど頻繁ではありません。勅使を派遣するという形が

通例です。最後の御親拝は昭和50年で、それは40年に戦後20周年の節目として参拝した

例に倣い、30周年を期して行われたものです。”だからあれ以来参拝していない“という

のは、靖国神社が政治外交の争点になり、静謐な環境が失われつつあった中で、A級戦

犯合祀問題がダメ押しになったという意味ではないか、私にはそう感じられるのです。

 

色々あった末に、身動きが取れなくなった感のある靖国問題ですが、はたして解決策は

あるのでしょうか、次回はそのことについて考えてみたいと思います。おそらく、それ

が最終回になるでしょう。

                       2023.11.22