樗木(ちょぼく)の遺言と爺怪説

愛国的好奇高齢者の遺言と違和感をエッセイ風に・・・

新総理への微かな期待(J-151)

史上最多9人もの候補者が林立した自民党総裁選は、半ば予想通りに進み最後はちょっ

としたサプライズの体で決着した。

第一回目の投票では、議員票と党員・党友票それぞれを同数の368として合計736票で

競い、予想通りの3候補が次の通り上位に並んだ。

 

     候補者      議員票    党員票    合計

     高市早苗      72      109    181

     石破茂       46      108    154

     小泉進次郎     75       61       136

4位以下は党員・党友票が30票にも満たず知名度の低さが現れていた。

事前の予想では、決戦投票の組み合わせは高市/石破、高市/小泉、石破/小泉の3通りが

あるが決選投票で石破が勝利する可能性は低いというのが大方の予想であった。

そして、上表の結果により、高市VS石破の決戦となった

”石破候補は勝てない”という根拠は、1回目の得票数にも表れている通り自民党議員に人

気がないからである。決選投票では、党員・党友票は都道府県連の47票に替わるため、

大差はつかない。つまり、議員票の比重が格段に大きくなるので石破候補の勝利は難し

いというわけだ。しかも、今回は頼みの党員・党友票でさえも高市候補に後れを取って

いる。だからこの時点では、明日の一面トップが”初の女性総理誕生”になることを誰も

が予想した。

一足先に決まった立憲民主党野田佳彦代表は、松下政経塾の第1期生で、高市は5期生

だ。遂に故松下幸之助の悲願が実を結んだと思った人も少なくないだろう。

ところが、決選投票の集計が終わり、係官が壇上の選挙管理委員会の面々にその結果を

示した時、彼らの表情は明らかに異様で何度も見返す委員もあった。彼らにとって

も”予想外“であったであろう結果は、次の通りである。

 

     候補者      議員票    都道府県連票     合計

     石破茂       189       26       215

     高市早苗      173       21       194

 

かくして、党内野党を自負し、“裏切り者”とまで呼ばれたこともある石破茂自民党

裁に選ばれ、第102代総理大臣に就任した。組閣に当たっては、何人かからは固辞さ

れ、花も実もない内閣が出来上がった。党内基盤は極めてと言っていいほど弱い。

そもそもこの番狂わせは、消去法により生まれたものである。(と思う)

「裏金問題」という逆風の中で迎える総選挙の顔として、“誰が最も無難であるか”を考

えた議員たちの回答であり“打算”なのである。

ところが、現実は彼らの思惑通りには運んでいない。

就任前に表明した解散総選挙のプランは、タイミングとして”勇み足“であるばかりでな

く、もともとライバルの小泉候補が述べた方針であり、当時の石破候補自身が”与野党

が議論して国民に判断材料を提示してからにするべき“と例によって筋論を述べていた

ことは記憶に新しい。

この心変わりが、”ご祝儀相場のうちに“或いは”野党の準備が整わないうちに“という与

党議員の思惑を反映したものであることは明白で、新内閣の支持率は歴代最低レベルで

スタートした。4日に行われた所信表明では、五つの“守る”について語り始めるや”約束

を守れ!“という怒号が飛び交い、野田代表からは”近代稀に見るスカスカの所信表明”と

まで酷評された。

新総理就任後のあいさつ回りで、旧知の前原誠司代表(教育無償化を実現する会)から

“石破カラーを出して下さい”といわれ、“出したらぶっ叩かれる”と応えたやり取りが、

彼の現在位置を如実に示しているが、それでは本人にとっては勿論のこと、も自民党

もマイナスであることを自覚すべきである。

誰が言い出したかは知らないが、新内閣を“割りばし内閣”と評した声がある。その心

は、”一回きりの使い捨て“だということらしい。今のままでは、その公算は極めて大で

あると言わざるを得ない。

ならばどうするか。開き直るしかないではないか。小泉純一郎に倣って、”自民等をぶ

っ壊す“と花火を打ち上げるのである。テーマは当然”憲法改正“だ。そもそも自民党は、

憲法改正のために自由党民主党が大同団結して誕生した政党だ。このテーマは自民党

をまとめるのに最も効果的であり、野党をばらけさせる効能もある。”安倍総理の下で

はやりたくない“と言っていた消極的賛成派も、”今なのか“という反対理由しかあるま

い。

正論・筋論なら、新総理が最も得意とするところである。実は、憲法改正は五つの守る

とも密接につながっている。”割りばし”と言われようが、初の憲法改正を断行した総理

として歴史に残ることは間違いない。

ところが、所信表明では“在任中に発議まで・・”と最後に取り上げただけで、まるで気

合が入っていない。ここは自身の延命など考えず一気に勝負に出てもらいたいと思うの

だが・・。微かな期待は、すべて来る総選挙にかかっている。

                         2024.09.05

 

「50-50」の衝撃(J-150)

9月20日朝、初秋とも思われない寝苦しさで目が覚め、タイマーで止まっていたエアコ

ンをかけ直して二度寝した。今度はスッキリと目覚めてスマホをチェックすると、ドジ

ャースVSマーリンズのゲームは5回を終了するところだった。

ここまでの大谷は3打席ともにヒットを放ち、ドジャースは7-3でリードしていた。

急いでTVを点けると、6回表は8番からの攻撃で打席が回ってくる大谷の様子は、さらに

大暴れしそうな雰囲気が漂っていた。

わずか1か月足らず前のこと、MLBは大谷の40-40達成の話題で沸騰していた。それが前

回のブログである。ドジャースの地区優勝がほぼ決定的になった今、ファンの関心は大

谷の前人未到の記録がどこまで伸びるか、そしてポストシーズンでどのような活躍を見

せてくれるかに移っている。

今シーズンの大谷は何もかもが”ドラマティック“だ。

40-40を達成したのは126試合目の8月24日(日本時間)である。MLBの長い歴史の中で

わずか5人しか入れてもらえない部屋に、「サヨナラ満塁ホームランで決めました」と

いう手土産をもって堂々と入室し、「まだ30試合ほど残っていますので、今日はこれ

で・・・」と退室した。彼は二度とこの部屋には戻らず、新しい部屋に入ることになり

そうだ。

「40-40」達成から5日後の8月29日、ドジャー・スタジアム入口に長蛇の列が出来た。

その日の来場者には大谷翔平のバブルヘッド(首振り人形)が配られることになってい

たからである。バブルヘッド・デーでは、その選手の家族などが始球式をつとめるのが

恒例となっているのだが、そこに現れたのは何と愛犬のデコピン君で、この大役を見事

に演じきり喝采を浴びた。

そして1回裏、大歓声に迎えられた大谷は、まるで筋書き通りとでもいうようにホーム

ランで応えたのである。その日から夢の「50-50」は現実の目標へと変わった。

ファンァンが思い描いた理想的シナリオはおそらくこうだ。

“あのWBCの決勝戦でトラウトを三振に打ち取って優勝を決めた、思い出のローンデ

ポ・パークで「50-50」に王手をかけ、猛追するパドレスを本拠地で破って地区優勝を

決めるというゲームで「50-50」を達成する”

 

しかし現実はそのような三流作家の筋書きのようなことにはならない。

6回表、8番のパヘズがヒットで出塁し、1死2塁でこの日4回目の打席に立った大谷は49

号2ランを放ち50号に王手をかける。ゲームも9-2となって、勝負はほぼ確定、矛を収め

てもよさそうなところだが、火が付いた打線は止まらない。7回表ドジャースの攻撃

は、1アウトから四球・ヒット・四球とつないだ満塁のチャンスに8番パエズのタイ

ムリーで2点を追加、そして9番テーラーが凡打で倒れたあと大谷に5回目の打席が回

る。ここで投手バウマンの暴投でさらに1点が加わったところで、あっさりと大谷の50

号2ランが飛び出す。

得点は14-3の大差となり、9回マーリンズは野手をマウンドに送る。しかし、敗北宣言

をしたような相手に対してもドジャースは容赦なく攻撃を続け、大谷の51号3ランまで

飛び出してこの回さらに6点、遂に20-3という大差のゲームになった。

この日大谷は、6打数6安打3本塁打10打点、計17塁打2盗塁という大爆発であった。

大記録を前にして突然スランプに陥るのはよくある話だが、ハラハラもイライラもさせ

ることなしに、このユニコーンは一気に駆け抜けてしまったのである。

翌日のスポーツメディアは日米ともに大谷一色となり、英国BBCや中東アルジャジーラ

までがこの快挙を報じた。NHKもまた、即座にこのゲームの再放送を決めた。

さらに付け加えるならば、時差3時間の本拠地に戻った翌日のロッキーズ戦においても

彼は4打数3安打1本塁打2打点1盗塁の活躍を続けており、2日間で10打数9安打4本塁打

12打点3盗塁の成績を上げたことになる。

MLB史上、1試合で17塁打以上は7度目、10打点以上は16度目だそうである。

しかし、1試合で「3本塁打+2盗塁」や「10打点+複数盗塁」を記録した選手はいな

い。このことからも、「50-50」がいかに”異次元”であるかを物語っている。

これで両リーグでの本塁打王獲得は確実で、MVPも当確だろう。

となると、指名打者が史上初のMVPを獲得することになる。前2回のような満票ではな

いかもしれないが、守備への貢献がないからという理由で大谷に票を入れない記者は、

よほどのひねくれものか一種の”目立ちたがり屋“とみなされる覚悟が必要だ。

大記録直前のプレッシャーや達成後の脱力感といったものをまるで感じさせない大谷に

対して、彼のメンタルの強さを称賛する声もある。しかし、もともと彼は自身の数字は

ほとんど気にしていない。それよりも、今は7年間も待ち望んだ”ヒリヒリする9月“を満

喫しているのである。

彼のポストシーズンがどのようなものになるか、ファンとしては大いなる楽しみをプレ

ゼントしてもらった気分だが、できれば最終ステージまで勝ち進んでほしい。しかし、

ワールドチャンピオンになるのは、二刀流復活の来シーズンまで先延ばしにしてもらっ

た方がいいような気がしなくもない。

                          2024.09.24

 

 

ショーヘイ神ってる(J-149)

8月25日、大谷翔平が対TBレイズ戦において「40-40」を達成した。

40-40とは1シーズン中のホームランと盗塁が40以上であることを意味する。

日本でなじみがないのは、未だ誰もこれをクリアした選手がいないからである。

MLBでは、パワーとスピードという両立しにくい才能が、いずれも超一流の選手である

として極めて評価が高い称号だ。これまでに達成した選手はわずか6名に留まり、複数

回クリアした選手はいない。それを大谷は史上最速の126試合(チーム:129)で成し遂

げたのである。

その過程は、あまりにもドラマティック=ショーヘイ的=であった。

 

今シーズン、大谷は打者に専念することもあって、ファンの間では両リーグでのホーム

ラン王、あるいは三冠王を期待する声が高かった。しかし“専門家筋”では環境の変化や

手術後のリハビリなどがマイナス要因になって成績は下がると見られていた。

例えば米データサイト(fangraphs)などは、大谷の今期成績を(打率:.273、本塁打

38、打点:102)と予想した。これに反発して、私は(打率:.333、本塁打55、打点:

125で三冠王)と目いっぱいの予想を当ブログに書いた。(ドジャースのアレ大谷のア

レ、5.10)

滑り出しは好調で、6月末には打率.321、本塁打26であったが、打点だけはは1位のオズ

ナに大きく水をあけられていた。得点圏打率が悪いという指摘もあった。しかし、問題

はやはり打率であった。7月末には.311に下がり、8月12日には遂に3割を切って.298とな

った。その頃から盛んに話題になってきたのがこの40-40という指標である。これまで

の達成者は下表のとおりで、中には薬物疑惑のある選手もいるが、いずれもパワーとス

ピードを兼ね備えた強打者である。

中でも、昨シーズンのアクーニャJrは、41-73という驚異的な数字を挙げ、ナ・リーグ

MVP を獲得した26歳である。今シーズンにも史上初の複数回達成者が生まれるかと期

待されていたが、左膝前十字靭帯断裂で5月26日で今シーズンを終えた。彼は2021年に

右膝の靭帯も断裂しており、両ひざの靭帯を断裂したことになる。というわけで、アク

ーニャJrの脱落とともに今シーズンの40-40も消え、また大谷の三冠王も厳しくなったと

思われたが、実は大谷の「40-40」への挑戦が着々と進行し、いつの間にやら秒読み段

階に入っていたのである。

 

             40-40クラブ

  年  所属チーム     選手     本塁打  盗塁

 1988  アスレチック ホセ・カンセコ    42   40

 1996  ジャイアンツ バリー・ボンズ    42   40

 1998  マリナーズ  A. ロドリゲス    42   46

 2006  ナショナルズ A.ソリアーノ     46   41

 2023  ブレーブス  R.アクーニャJr           41          73

  2024  ドジャーズ  大谷翔平       40+  40+

 

大谷は8.19に39号本塁打を放ち、21日、22日に盗塁を1個ずつ決めて39まで積み上げ

た。そして1日おいて8月24日(土)、本拠地でTBレイズを迎えることになった。

今シーズン、A・リーグのレイズとはこの3連戦だけである。

試合はドジャーズ先発のミラーが1回にソロ、3回にツーランを浴びて3点のビハインド

から始まる。大谷は4回にボテボテのゴロが内野安打となって出塁し、2盗に成功して

まず盗塁が40に到達する。この回は得点につながらなかったが、5回に9番K.ヘルナンデ

スの3ランが飛び出し同点に追いつく。そして9回の表を無失点でしのぎサヨナラゲーム

のお膳立てが出来上がる。9回裏は5番のスミスからの打順で大谷は6番目にあたる。

だからこの回大谷まで回るケースは2アウト満塁という場面しかない。そうなれば最高

の場面だが、たとえマンガ家でもそこまで盛り上げるのは気が引けるだろう。

ところが、野球の神様はこよなくドラマがお好きな神らしい。

まず先頭の5番スミスが0-2から死球で出塁する。次いで6番エドマンがセンター前にヒ

ットを打ち7番ロハス送りバントを決めて1死2,3塁、1打サヨナラのチャンスとなる

が8番のラックスは2ゴロに倒れ2アウトとなる。ここでロバーツ監督は、何と5回にホー

ムランを打っているK.ヘルナンデスを下げてM.マンシーを代打に送る。ならば、と相手

も投手をロドリゲスからポシェに交代させる。打ち気満々のマンシーに恐れをなした

か、ポシェはマンシーに四球を与え、遂に2アウト満塁バッター大谷という最高の場面

が完成する。

そして・・・その緊張は一瞬にして歓喜の場面に替わる。なんと大谷は、初球を見事に

捉えセンターの観客席に運んだのである。

“「40-40」を史上最速でしかも同日にサヨナラ満塁ホーマーで決めた男”・・・

まさに“神ってる”としか言いようがない快挙である。

“まるでストーリーブックのようだ。同じ夜に40盗塁40本塁打。こんなことがこれまで

あったかどうかは分からないが、彼はグランドスラムで勝利を決めた。今回の出来事は

長い間記憶に残るだろう”

試合後のロバーツ監督のコメントは、”もうなにも驚かないよ、また何かやってくれる

だろう“と言っているようにも聞こえるが、それはファンにとっても同じである。

ゲームはまだ30試合ほど残っている。そして、それこそがこれまで大谷が願ってやまな

かった”ヒリヒリする9月“なのである。その戦いの中で、もし「50-50」という新たなペ

ージを開けばそこは大谷だけのページとなる。

実は三冠王の可能性も消えてはいない。カギとなるのは現在6位の打率なのだが、トッ

プとの差はわずかであり、上位に絶好調の選手も見当たらないので首位打者はおそらく

3割1分を上回りそうにない。もし大谷が、残り試合で45本以上の安打を打てば打率はお

そらく3割6分程度になる。そしてそのあたりで首位打者が決まりそうな気配だ。

週9安打のレベルだから十分可能性がある。そうなればいわゆる“トリプル3”(打率3割、

本塁打30、盗塁30)も達成される。(但し、MLBではトリプル3という称号はない)

しかし、私が今シーズンの大谷に期待するのは、「三冠王」よりも「50-50」の方だ。

そこは、これまで誰も到達したことのない”彼方“であり、“ユニコーン”の異名にふさわ

しい場所だと思うからである。

大谷の”ヒリヒリする9月”はファンにとっても”ヒリヒリする9月”となるだろう。

                        2024.08.28

パリ五輪総括(J-148)

<全般>

2024パリ五輪が閉幕し、各国のメダル獲得数の上位10傑は下表の結果となった。

日本のメダル総数は45で、全体の6番目になるのだが、順位は金メダル数の順で示され

るのが通例なので、堂々の3位ということになる。但し、本来ならこのポジションを占

める可能性が高いロシアは今大会に参加していない。

 

        パリ五輪メダル獲得表(上位10)

 

   国名   金   銀   銅   合計

   米    40   44   42   126

   中    40   27   24    91 

   日    20   12   13    45

   豪    18   19   16    53

   仏    16   26   22    64

   蘭    15    7    12    34

   英    14   22   29    65

   韓    13    9   10    32

   伊    12   13   15    40

   独    12   13    8    33

 

前回ブログに書いた通り、私の予想は「金」20で、前回東京オリンピックの「金」27個

に続きピタリと当てたことになるが、その内訳まで当てたわけではないので自慢する資

格はない。とは言え、前回紹介した高橋洋一先生やGracenoteの予想が大きく外れたこ

とと合わせるとなんだか愉快である。さらに言えば、フランスの「金」16は、高橋先生

が広く設定した「金19~29」という予想の枠内にも入っておらず、先生の理論は崩壊し

たというほかない。“ナメタライカンゼヨ!”とでも叫びたい気分だ。

今回の「金」20、総メダル数45は、いずれも海外開催における最高成績で、“歴史的”或

いは”躍進“といった言葉が飛び交うほどの好成績と評価されている。しかし水を差すよ

うだが、それほどでもないという見方もできなくはない。

これまでの海外開催における記録は、2004アテネ大会の「金」16が最高で、この時の金

メダル総数は301、パリ大会は「金」20獲得で総数は328。比率で言えば5.3%から6.1%

に一応上昇したことになるのだが、もしロシアの参加があり、レスリング・フェンシン

グ・体操・柔道のどれかで日本の「金」が2、3個奪われたとすれば、ほぼ横ばいの成績

ということになる。つまり、”躍進“ではなく”健闘“若しくは”復活“のレベルなのである。

国内開催についても同様である。戦後20年足らずの1964東京大会において、日本は16個

の「金」を獲得しランキング3位に躍り出た。この大会における金メダル総数は163だっ

たので約10分の1の「金」を獲ったことになる。それから50数年、2020(2021)東京大

会では27個の「金」を獲り大きく飛躍したかに見えるが、「金」の総数もまた163から

336へと倍増しているので、比率で言えば約9.8%から8.0%に減少したというのが実情

だ。

ただ、1964東京大会に中華人民共和国は参加していない。この時参加したのは中華民国

(台湾)で、中国が夏季五輪に本格的に参加したのは1984ロサンゼルス大会からであ

る。また、韓国は銀2、銅1というレベルであった。

各国のメダル獲得数において、この50年で明らかに“躍進”したのは中国と韓国で、それ

GDPに連動しているという説に異論を唱えるつもりはない。客観的に見て、中・韓の

経済発展に最も寄与したのは日本だと思うが、今回「銀」1「銅」5に終わったインド

の今後がどうなってゆくのかが、気になるところだ。

<特記事項>

大会終了後、メディアが追っかけまわしているのは金メダリストたちである。

それはまあ予想通りで、いわば当然の成り行きだが、今大会はその他にも注目すべき変

化なり兆候が数多くあったように思う。そのいくつかを取り上げてみたい。

・史上初の表彰台

 日本の獲得メダル数が2回の東京大会で29から58へと丁度倍増したのは、大雑把に言

えば女子選手の活躍によるものである。1964東京大会において、女子のメダルはバレー

ボールの「金」と体操団体の「銅」のみに終わっている。そこから50年、近年の大会で

は、参加選手・メダル数ともにむしろ女子選手の方が多いという状況だ。

それでも体格の差による不利はどうしようもなく、各種競技の重量級においては苦戦が

続いていた。

その壁を打ち砕いたのがやり投げの北口榛花である。

陸上競技における日本女子のメダルはマラソンしかなく、トラック競技やフィールド競

技では、目標自体が「決勝進出」というレベルなのだからまさに歴史的快挙である。と

ころが、なぜかそれが“特別なこと”に感じられない。誰かがまたやってくれそうな雰囲

気があるのである。それはおそらく彼女のキャラクターからきている。彼女は、見たと

ころ陽気で明るく、笑顔がチャーミングな少し大柄のフツーの女性にしか見えない。

だからこそ、高橋尚子宮里藍のような強い影響力を持っているような気がする。

陸連やJALは彼女の影響力を生かしてほしいと思う。

史上初は他にもある。惜しくも「銀」に終わったが、近代五種佐藤大宗選手だ。

大会前はあまり注目されておらず、この競技がどのようなものであるかさえあまり知ら

れていなかったかもしれない。近代五種は、1912年ストックホルム大会から正式種目と

なっているので、名前ほど新しいわけではない。競技は、フェンシング(エペ)・水泳

(200m)・馬術のポイント1点を1秒に換算して上位からスタートし最後のレーザー・

ランを行う。600mのランニングを5回、10mの距離から6㎝の標的を5回命中するまでの

射撃を4回、これを交互に繰り返し順位が決まる。これを一日でやる。

実はこの競技、来年から馬術がオブスタクル(障害物競争)に変更されることになって

いる。

愉快なことに、オブスタクルの内容はどうやらTBSでおなじみの「SASUKE」のようなも

のになるらしい。大賛成である。馬術がSASUKEに替われば競技人口も増え、人気競技

の一つになりそうな予感がする。もしかすると、次回のロサンゼルス大会では日本がメ

ダルを獲れるかもしれない。楽しみである。

もう一つの史上初は、女子レスリングの重量級である。圧倒的な強さを誇る女子レスリ

ングも、最重量級(76キロ級)だけはこれまで決勝のマットに上がることさえできなか

ったが、今大会で鏡優翔が遂に念願の「金」を獲得した。

一度壁を突破すると必ずそれに続くものが現れるのが常であり、これらの“史上初”は今

後に良い影響をもたらしてくれるだろう。

お家芸の変化

お家芸」とは、もとは歌舞伎や狂言の世界における一門の得意芸や演目を指す言葉だ

が、オリンピックなどでは日本の得意種目を指す言葉として使われたりもする。

一般的には「体操」「柔道」「レスリング」などを指すことが多いが、”平泳ぎ“や”バト

ンリレー“のように限定的に使われることもある。

そのお家芸に新たに”フェンシング“と”スケートボード“が仲間入りしたとみてよさそう

である。フェンシングは、太田雄貴が2008北京のフルーレで初の表彰台に立ってから、

まだ10数年しか経っていないが、今大会では男子がフルーレ団体とエペ個人で「金」、

エペ団体で「銀」、女子がフルーレ団体とサーブル団体で「銅」を獲り、一気にこの競

技のトップクラスまで駆け上った。アメリカや東欧諸国も強いが、今後も日・仏を中心

とする戦いになるだろう。

スケボーはまだ日が浅いが、次々に若い選手が育っており今後も期待できる種目となっ

ている。ブレイキンも同様であるが、こういった新競技が今後どうなるのかは分からな

い。個人的には、オリンピックでやることには少々違和感がある。

・あと一歩の球技

球技のほとんどは競技人口も多く人気が高い。特にサッカーのワールドカップは五輪以

上の関心を集めるとも言われるイベントだ。五輪では18人中15人以上を23歳以下で編成

すことになっており、最高の舞台はWCであると誰もが認めている。

サッカーほどではないが、バスケットボール、バレーボールなどプロリーグが存在する

競技は同じメダルでもひと際価値が高いような気がする。個人競技のテニスやゴルフも

これに近い。これらの競技は、出場資格を得るまでの道のりが大変で、多くの種目に出

場している国ほどスポーツが盛んであると言っても過言ではない。そして、球技全般に

わたってメダルを獲得している国こそがスポーツ大国だ。

その国がどこかと言えば、やはりアメリカである。アメリカはバスケットで男女ともに

「金」を獲り、バレーボールが「銅」と「銀」、サッカーの女子とゴルフの男子が

「金」、テニスでも男子ダブルスで「銀」とすべての競技がトップクラスにある。

しかしわが日本も”予選敗退”、”一次リーグ敗退”の定位置からどうやら抜け出した感が

ある。

サッカーもバレーも、バスケットもあと一歩のところまで来ていることは間違いない。

次のロサンゼルス大会では、野球とソフトボールが復活する。球技全般の活躍が見られ

るに違いない。卓球とバドミントンも加えて、球技全体で7~8個のメダルを期待して

いる。

                        2024.08.19

 

 

 

愛あるメダル予想(Jー147)

本日、パリ五輪が静かに開幕した。

静かにというのは、何となく盛り上がっていないような気がするからである。時差のせ

いか遠くから音だけが少し聞こえる雷のような感じなのである。これから次第に熱を帯

びてくるのだろうが、さて、選手たちの活躍ぶりはどうであろうか。

東京大会の前にはずいぶんとメダル予想なども賑やかで、当ブログでも私の予想を発表

した。(「私のメダル予想」2021.7.4)

そして、私の「金」予想は27個で結果は27、つまりピタリと当たったわけである。

しかし、当たったのは数だけで、競技種目を全て当てたわけではないので、自慢にはな

らない。

今回、誰か予想してないかなあと思って探してみたら、現代ビジネスに高橋洋一先生の

記事があった。タイトルは“パリ五輪「日本の金メダル数」は正確に予想できる・・・

数量分析で見えた「メダルは国力に比例する」その意外なメカニズム”で、これは編集

者が付けたものだと察するが、読まずにはいられないタイトルとなっている。

始めの部分は都知事選の得票数予想で、小池290万、石丸170万、蓮舫130万と予想し、

その結果がそれぞれ291.8万、165.8万、128.3万だったので「ドンピシャ」だったという

話である。それはメディアの怪しいサンプリング調査に惑わされなかったからだと自慢

(?)しているのだが、実はメディアに惑わされた私の傍で、“蓮舫さんは勝てない。

半分も票を取れないだろう”とうちのカミさんも予想していたので、「ドンピシャ」も

それほどのものではない。

さて、高橋先生の数量分析とはどういうものかといえば、簡単に言うとGDP3000憶ドル

につき1個の割合で「金」を獲得し、それに開催地なら+7、旧共産圏なら+3を加える

というものである。そして、その計算方法により導き出した「金」予想は、

 米:41~46,中:39~44、日:10~15、仏:19~29

というものである。

そこには競技種目に対する分析などは全くない。しかも予想幅が広すぎる。だから私は

これを「メダル予想」とは認めたくない。一言で言えば、「愛」がないのである。

もう一つ、有名なアメリカの調査会社「Gracenote」の予想はこうなっている。

日本の「金」は合計12で、その内訳は

陸上:1,フェンシング:2、体操:3、柔道:2,スケボー:1、レスリング:3

である。

個人的には、Gracenoteは以前から日本を過小評価する傾向があるような気がしてお

り、今回も納得いかない予想である。

私自身は今大会の分析はあまりやっていない。だから予想する資格は全くないと分かっ

ているのだが、2つの予想にあまりにも「愛」がないので、私の「愛あるメダル予想」

をしてみたくなった。次の通りである。

     <私の愛ある金メダル予想>

  競技種目          予想金メダル数    金を獲得した選手(未定)

  陸上 (女子やり投げ&競歩)     1

  フェンシング             2

  体操(男子)             3

  柔道(男女)             5

  スケートボード&ブレイキン      2

  レスリング(女子)          3

  スポーツクライミング&サーフィン   1

  バレー&バスケット&サッカー     1

  ゴルフ&卓球&バドミントン      1

  競泳&自転車             1

       合計            20

 

これは勿論、外国開催五輪の日本最高記録であるが、はからずも前東京大会の27個から

高橋先生の言う開催国追加分7個を引いた値になっている。しかも後で分かったことだ

が、「チーム・ジャパン」の目標値も「金20」だそうで、割と現実味のある目標なの

である。

                          2024.07.27

 

 

 

ペナントの行方(J-146)

2024年のプロ野球オールスター・ゲームは、セ・パが仲良く星を分けたと言えば聞こえ

がいいが、両軍が放った安打数の合計が77、本塁打12本と球史に残る乱打戦であった。

これまでのレギュラーシーズンは、両リーグ合わせて3割打者がわずか3人、本塁打も17

本がトップという明らかな“投高打低”の状況であったため、“ボールが違う”とか何らか

の申し合わせがあったのでは”といった噂さえ流れる始末。打たれた投手がニタニタ

うような緊張感のないゲームが面白いはずはなく、私は二試合とも前半でチャンネルを

変えた。

何はともあれ、明日からは後半戦が始まる。後半戦といっても、すでに90試合ほどを消

化しているので残りは50数試合程度しかない。果たして頂点に立つのはどのチームか、

その予想の前にとりあえず現在の成績を見てみよう。

 

まずパリーグであるが、こちらはソフトバンクが2位に10ゲーム差をつけて首位を独走

中だ。これまでに10ゲーム以上をひっくり返した例がないわけではないが、選手層の厚

ソフトバンクが失速するというシナリオは描きにくく、他のチームはCSの短期決戦に

かけるしかない。3位までに入る可能性は西武以外の4チームが持っているが、最後にソ

フトバンクを倒す力はないだろう。

分からないのはセリーグである、7月に入って巨人に6連勝があり少しバラけてはきた

が、少し前まで上位4チームが1ゲームの中で”もぐらたたき“の様相を呈していた。

現在の状況と今後の予想に資するデータ(私見)を示すと次の通りとなる。

 

     勝 負け 分け G差 総得点 総失点 得/失 総QS 先発勝利 失策

巨人   46 38   5      ―   261   228      1.145      53         35   29

広島   43 37      4       1       234         205      1.141      61         36   41

横浜        45    42      1        1.5       308         301      1.023      51         31   59

阪神     43    42      5         1         262         244      1.073      63         30   59

中日     38 46      6         4.5      211         284      0.742      53         26   44

ヤクルト     36 47   4       1.5   307    315      0.975      39      22           44

 

このとおり4位の阪神までがゲーム差3.5以内にひしめき合っており、1週間もあれば

ことごとく順位が入れ替わってもおかしくない。

一般に、詳細なデータとして示される数値として、チーム打率・チーム防御率・本塁

打数盗塁数などもあるが、それらはつまるところ得点ないし失点として表れるとして、

まず総得点を総失点で割った数値を出してみた。この数値が大きいほど勝ちも多いはず

だというわけだが、上位4チームの数値はかなり接近している。それだけ今後の予想も

難しいということになる。

次に「総QS」と「先発勝利」という欄がある。

QSとは先発投手が6回以上を3点(自責点)以内に抑えた場合を言い、勝利に結びつく数

字として、この回数が多い程良い先発投手とされる。この表ではローテーションを担う

主力投手だけでなく先発したすべての投手のQSを足し合わせた数値を示している。

「先発勝利」というのは、先発した投手に勝ち星が付いた試合数である。

もう一つ、「失策」数を加えたのは、失策はムードや試合のいわゆる“流れ”に大きな影

響を与えるからである。

以上、これらの要素を踏まえて、各チームの特徴と今後の展開を予想してみよう。

<巨人>

・得点/失点比率でわずかに広島を上回り1位、攻撃と防御のバランスがとれている。

・広島阪神に比べQS数が少ない。先発投手が4.5人(戸郷、山崎、菅野、グリフィン+井

 上)で誰かが抜けるとガタガタになる恐れがある

・先発投手が勝利投手になる比率で他チームを圧倒している。つまり先行逃げ切り型の

 スタイルが確立している。失策も最も少ない。

・ヘルナンデス(5月)若林(6月)に加え7月加入のモンテスと開幕後の補強に成功し 

 た。

・伝統的に1番バッターとクローザーに悩みを抱えていたが、丸と大勢でほぼ解消した

<広島>

防御率の良い先発投手を6人揃え、クローザーも安定している。

・ところが、その先発陣に案外勝ち星がついていない。15試合に先発し防御率0.82の大

 瀬良が4勝1敗、開幕投手でQS10の九里が4勝6敗、つまり攻撃のエンジンがかかるの

 が遅く接戦となることが多い。

・全員野球で、波に乗れば大型の連勝もあり得るが、選手層が薄いので主力にけが人が

 出れば一気に崩れる可能性がある。

・何故か中日に3勝9敗と大きく負け越している。後半戦もこの傾向が続けば優勝は難し

 くなる。

<横浜>

・打線に破壊力があり得点力が最も高いが失点も多い。

・投手陣は、今永、バウアーの抜けた穴があまりにも大きく、東だけがたよりである。

・クローザーにも不安を抱えている。

・8勝0敗の東以外に貯金を殖やせる先発がいないので優勝は難しくCSの短期決戦にかけ

 るしかない。

<阪神

・昨シーズンの優勝メンバーがそのまま残っており、投手陣にも余裕があるにもかかわ

 らず、才木投手以外のほぼ全員が不調である。

・とくに野手陣の個人成績は惨憺たるありさまで、各部門のランキング上位に阪神の名

 前がない。

・実は阪神はこれまで連覇したことがなく、優勝の翌年は元気がないのが常なので、

 それを考えると打つ手がない。

<中日>

・得点力があまりにも低く、Aクラス入りも難しい

投手力はまずまずだが勝ち越しているのは高橋(宏)のみ

・広島に9勝3敗なので波乱要因にはなりうる

<ヤクルト>

開幕投手のサイスニードが15試合に先発して防御利率4.56、1勝4敗という実績がす

べてを物語っている。他チームなら一度ローテーションを外すところだが、それもでき

ないのがこのチームの辛いところ。Aクラス入りは難しく投手陣の立て直しが必要だ。

 

私の分析は以上の通りだが、今シーズンの特徴としてQSが勝利に結びついていないとい

ことが挙げられる。これまでは、6回を3点以内に収めれば勝利の確率が高くなるからこ

そのクオリティー・スタートであったわけだが、それがどうもその程度ではクオリティ

ーとは言い難い状況だ。

技術の進歩とデータの活用で先発投手への負担は増々大きくなり、いわゆる分業化が進

んでいるため5回を1~2失点におさえることがより重要になっている。1試合に投入され

る投手の数は5,6人というのが普通になり、それに備えたピッチングスタッフが必要に

なるということだ。

 

では最後に、私の最終結果予想を披露させていただこう。

パリーグソフトバンクセリーグは巨人が優勝し、CSも同チームが制する。

日本シリーズは巨人が4勝2敗で勝ち日本一になる。根拠は、交流戦が巨人の2勝1敗で

あったからという単純な理由である。その3戦で戸郷、グリフィン、菅野が投げていな

いことも有利に働くと見る。

少々巨人びいきが過ぎるとお思いだろうが、それは仕方がない。私は巨人ファンなので

ある。公平な態度を装いながら巨人への応援メッセージを書いたのである。

ゆるされよ。

                           2024.07.25

同じ釜の飯と頂芽優勢(Y-66)

海上自衛隊のヘリパイロットから、縁あって三菱重工のテストパイロットに転職し、そ

れから10数年経過したころの話です。

三菱重工には知る人ぞ知る「社是」があり、その第一番目には

  • 顧客第一の信念に徹し、社業を通じて社会の進歩に貢献する

と謳われています。

転職の際には複数の人から、“官から民へ意識を変えて”というアドバイスを貰いました

が、私はこの社是のおかげでその必要はないと思いながら勤務していました。顧客は自

衛隊であり言い換えれば日本国であったからです。

ある日のことです。

私の事情をよく知るある技術者(N氏)が、こんな風に話を切り出してきました。

自衛隊の同期の皆さんの絆の強さにはいつも驚かされます」

「どういうことですか」と尋ねると、

「M(私)さんの後輩だと思いますが、自分たちの同期生の一人を『あいつは素晴らし

い、同期生の希望の星だ』みたいなことを皆が言うんですよ。悪口を言う人はひとりも

いないんです。民間なら同期生はライバルですから、あんなふうな関係は生まれませ

ん。ちょっとうらやましくもありますね」というのです。

実際には、もっと長々とその経緯を話してくれたのですが、要約すればそんなところです。

「そこにはまあ“同じ釜の飯効果”と“頂芽優先現象”があるでしょうね」と答えると、

「それはまたどういう意味ですか?」と聞いてきます。

「同じ釜の飯というのは、文字通り共同生活の歴史があるということです。つまりガラ

ス張りのような環境の中で、それぞれの資質や性格、リーダーシップの有無などが浮き

彫りになります。だから、誰もが認める奴というのが自然に形成されることが多くなる

んじゃないですかねえ」

「なるほど。で、もうひとつはなんでしたっけ?」

「頂芽優勢です頂芽というのはてっぺんの芽という意味で、植物にみられる性質です。

たとえばひまわりや朝顔なんかでは茎の先端にある頂芽だけがぐんぐん伸び、側芽の成

長は抑えられます。成長を促すのはサイトカイニンという物質ですが、一方頂芽からは

オーキシンという物質が側芽に送られてこれが側芽の成長を抑制します。人間社会でも

よく似た現象があって、最初に頭角を現した人には、頂芽に養分が優先的に送られるの

と同様に、優先的にチャンスが与えられることが多いのです」

「しかし、チャンスを与えるのも評価するのも、それは教官や上司であって同期生では

ありませんよね」

「その通りです。”同期の星”が常に頂芽になるわけではありません。Nさんがお知り合

いになったクラスは、たまたまそれが一致しているというケースなんでしょうね。実は

頂芽にはリスクも多いのです。植物なら虫や獣に食べられることもあるでしょうし、人

間社会では部下のミスや不祥事に足を掬われることもあるでしょう」

「頂芽が挫折するとどうなりますか」

「頂芽がだめになると、頂芽からのオーキシンが送られなくなりますから側芽のどれか

が頂芽になってどんどん成長するようになります。花づくりで行う“ピンチ”はこの性質

を利用して分枝を増やす作業です。人間社会も同じで、先頭を走っていた人が失脚する

と誰かが取って代わるわけです。それは組織的にみると案外うまくいっているケースも

多いのではないでしょうか。地位が人を創るという言葉の通りですね。同期生からする

と、ようやく同期の星が頂芽になったと喜んでいるケースもあるでしょう。実はです

ね、“種”にも面白い性質があるんですよ。花の種などを撒いてみると分かるんですが、

品種による差異はありますが、同じ環境のはずなのに何故か芽は一斉に出てこないので

す。おそらくその直後に霜が降りたり何かに食べられたりして全滅するというリスクに

備えているのです。何もなければ、あとから出てきた芽は太陽の光をさえぎられてあま

り育ちません。しかし、先に出た芽が何らかの理由で失われると、見事に取って代わり

ます。まるで大器晩成のごとくです。さきほど品種による差異があると言いましたが、

たとえばカイワレ大根をみてください。ほぼ均一に育っています。野菜などはこのよう

な形になることが多いのです。人の手による品種改良は植物が持っていた本来のリスク

に備える能力を失わせているかもしれません」

「なるほど、なんとなくMさんのおっしゃりたいことが読めてきました」

「そうです。歴史的に見ると、まるで誰かがシナリオを描いたかのように、その時代そ

のタイミングに必要な人物が登場してきますが、近年だんだんとそれがなくなってきて

いるような気がしませんか」

「人類の野菜化現象ですか」

「うまいこと言いますね。野菜というのは個性があってはいけませんからね。曲がった

キュウリは売れません。それどころか大きすぎるキュウリもだめなんですから」

・・・・・・・・・

こんな昔話をふと思い出したのは何故なのかわかりませんが、きっかけは都知事選挙

ったような気がします。都知事選は、メディアの視点は「与野党対決」でしたが、野党

の星蓮舫氏は”2位じゃダメ?“どころか惨敗(3位)に終わり、2位の座は石丸氏に奪われ

ました。石丸氏は、人口わずか3万人足らずの元安芸高田市市長で、議会との激しいバ

トルがネット社会で拡散したことで有名になり、任期途中で投げ出して都知事選に立候

補した人物です。目立った実績はなく、少子化対策に”一夫多妻制度“を挙げるなど、た

だの”目立ちたがり屋”かと思わせるようなところがあります。しかし、多くの若者たち

は彼を”希望の星“に見立てるしかなかったのかもしれません。

今、日本の政治・経済界には“希望の星”が見当たらないのです。

その原因を考えるとき、またまた頭に浮かぶのが”同じ釜の飯“と”頂芽優勢“です。

45年前、松下幸之助が「松下政経塾」を開設したとき、明治維新における「松下村塾

を連想したのは私だけではなかったでしょう。この塾から新しい日本のリーダーが生ま

れそうな期待感が間違いなくありました。以来50人を超える国会議員を輩出し、1期生

の中からは野田佳彦首相も生まれました。しかしながら、松下政経塾出身者としてのま

とまりがあるようには見えません。最大のチャンスは「日本新党」が結成されたときで

したが、その新党の党首は身内のスキャンダルが報じられると、支持率が高いままなの

に政権を投げ出してしまいました。そして、それに代わるべき“側芽”も控えていなかっ

たのです。

既得権益の塊とも言うべき自民党からは公認・推薦を受けられず、卒業生の多くは民主

党系の政党に頼ることとなり、寄せ集めの野党第一党の右派に属しながら離合集散の波

間に沈んでいます。既に相当の勢力になっているのですから、新党の名乗りを上げるか

維新の党を乗っ取るくらいのことは出来そうなんですが、そんな勢いは全くありませ

ん。入塾者もはじめの頃は各期15名程度で総勢60名を超えるほどの盛況でしたが、現在

は42~45期の20名に減少しています。この先もあまり期待は持てないような気がします。

その原因はどこにあるのでしょうか。

これはあくまでも想像ですが、共同生活をしているかのように見えて、実は塾生同士の

緊密度案外低いのではないかと思うのです。つまり同じ釜の飯効果が出ていないと思う

のです。現在首相候補に名乗りを上げているのは5期の高市早苗氏一人ですが、応援団

が見当たりませんね。この政経塾の塾生としての生活や研修の詳細は分かりませんが、

塾生を限界まで追い詰めるような修行的な教育訓練の場はあるのでしょうか。それがな

いと”絆“は生まれにくいのです。

極端な言い方になりますが、“教育は平等である必要がない、頂芽優勢の原理を取り入

れよ”と考えてはどうでしょう。スポーツの世界における成功はまさにそれです。

今世紀を混迷の世紀と呼ぶ人もいるようですが、政治・経済・思想いずれの分野におい

をても、“よきリーダーがいない”という現実が、世界の危機に繋がっているような気が

してなりません。

                         2024.07.23