樗木(ちょぼく)の遺言と爺怪説

愛国的好奇高齢者の遺言と違和感をエッセイ風に・・・

2026冬季五輪総括(J-164)

2月6日から17日間にわたってイタリアで開催された「ミラノ・コルティナ2026第25回冬季オリンピック」を振り返ってみたい。

冬季五輪の第一回は1924年で、第8回オリンピアードの一部としてフランスのシャモニーで開催され、後に第一回冬季オリンピックとして認定された。この大会の参加国は16か国で6競技16種目であった。つまり、わずか16個の金メダルを争ったわけだ。

今回の93か国、8競技116種目は何れも過去最大で、今後もこの傾向は続くだろう。

日本選手団は、2000年代以降120人前後であまり大きな変化はないが、近年の国際スポーツ大会においては女性選手の活躍が顕著であり、今回はとくに団体競技で男子チームが出場できなかったことなども影響して、女子の割合が極端に高い。(男:45、女:73)

連日のメダルラッシュに沸いた日本チームは金5、銀7、銅12、合計24という歴代最高の成績を収めたが、細かく見ると心配な部分もある。

先ずは各国のメダル獲得数を見てみよう。

      2026冬季五輪各国メダル数

    国     金  銀  銅  計

1 ノルウェー   18  12  11  41

2 アメリカ    12  12   9   33

3  オランダ     10    7    3   20

4   イタリア      10   6   14   30

5   ドイツ        8  10       8      26

6   フランス       8   9     6   23

7   スウェーデン     8   6     4  18

8   スイス        6   9     8  23

9   オーストリア     5   8     5  18

10  日本        5   7  12  24

11  カナダ       5   7   9  21

12  中国        5   4   6  15

13  韓国        3   4   3   10

14  豪州        3   2   1   6

15 イギリス       3   1   1   5

16 チェコ        2   2   1   5

17 スロベニア      2   1   1   4

18 スペイン       1   0   2    3

19 ブラジル       1     0  0  1

20 カザフスタン      1  0  0  1

他               10  11  21 

    合計     116   117  115   348

 

第一回大会から常にトップ争いを続けているノルウエーは今回も圧倒的な存在感を示した。特に男子距離では、ヨハンネスヘスフロト・クレボという選手が団体を含む6種目すべての競技に出場し6個の金を獲得するという快挙を成し遂げた。もしMVPを選ぶとすれば間違いなくこの選手となったであろう。ノルウエーの人口からすれば、北海道だけで世界一になったようなもので驚くほかないが、どちらかと言えばその強さはクラシカルな競技に偏っているため、将来的にはアメリカにトップの座を奪われる可能性が高い。

ノルウエーに限らず冬の競技は、強豪国の得意種目がはっきりしており、例えばオランダはスケート、ドイツはソリ、スウェーデンは女子の距離、スイスはアルペンといった塩梅だ。

日本の立ち位置は「準強豪国」といったところである。

振り返れば、獲得メダルが荒川静香の「金」のみに終わった同じイタリアのトリノ大会から20年、平昌(2018)の13個、北京(2022)の18個と最高獲得数を更新し、今回は全体の5位にランクされるところまで躍進した。それでもまだ強豪国の仲間入りを果たしたとは言い難いところがある。あらためて、日本のメダルの内訳を見てみよう。

         日本チームの獲得メダル内訳

   競技種目      金   銀   銅   計

  スノーボード     4    2   3   9

  フィギュアスケート     1        3         2       6

  スキージャンプ          0          1    3       4

  フリースタイルスキ     0          1       1       2

  スピードスケート      0       0       3       3

   合計                              24

一目瞭然、日本のメダルはスノーボード頼みとなっている。

この競技は長野オリンピック(1998)から取り入れられ、最初はハーフパイプと大回転のみであったが、現在は5種目に増えている。日本は練習環境を整えるなど、この新競技の強化に力を入れこの種目が”お家芸“的存在となっているが、ライバル国の追い上げも激しくいつまでも王者ではいられないかもしれない。

フィギュアスケートは長くトップクラスの実力を発揮している競技だ。とくに今回初めてペアの部門で“りくりゅう”こと木原龍一・三浦璃来のペアが、ショートでのミスによる5位から完璧なフリーで奇跡的な逆転勝利につなげた演技は多くの感動を呼んだ。日本チームのMVPを挙げるならばこのペアで異論はなさそうだ。しかし、フィギュアでのメダルは、最強国ロシアがドーピング及びウクライナ侵攻による制裁で国際舞台から姿を消しているという事情がある。また、ジャンプ、とスピードスケートは後継者が育っていないようにも思われる。かつてトップクラスにあった複合も同様だ。

今後期待できそうな競技はフリースタイル・スキーかと思われるが、筆者としてはアルペンとカーリングそして女子のアイスホッケーに期待したい。何と言っても、アルペン競技は”冬の華“であり、日本初のメダルは1956年の猪谷千春なのだから不可能ではない。

夏季冬季を問わず五輪の競技種目は増加する一方であるが、今回も山岳スキー(スキーモ)という競技が新たに設けられた。これは元々は山岳軍のトレーニングとして発展したもので登山技術を駆使して雪山を駆け抜けるという競技である。この競技の初代チャンピオンになったのが意外にもスペインの選手で、母国に54年ぶりとなる「金」を持ち帰った。実はこの選手、2019年に新潟県三条市で行われた「Mt.AWA SKYRACE」で準優勝したこともある山岳レース界のベテランであった。

冬の競技は見ていても楽しいところがある。それは、競技そのものに“遊び”の要素が多分にあり、選手たちの様子も楽し気に見えるからだろうと思う。

本来スポーツとはそういうもので、筆者の如く中国に勝ったなどと喜んでいる輩は反省すべきかもしれない。

                     2026.3.2.

 

 

 

              

国旗損壊罪から本丸へ、いざ!(J-163)

自民圧勝

第51回総選挙は、高市旋風が発達して竜巻となり、にわか仕立て「中道改革連合」の皮算用を吹き飛ばして、自民の歴史的勝利に終わった。

獲得議席数は、自民単独で2/3を超える316議席に達し、比例では14名分の票が余るという異例の事態となった。連立の維新を加えれば352議席という巨大与党が、わずか2週間足らずで誕生したことになる。現実は、大方の予想をはるかに上回る結果となった。

前回からの推移を大雑把に眺めてみると、ちょうど中道(立憲+公明)が失った議席と同数の118議席を自民が上積みし、共産や令和などのいわゆる左翼勢力が落とした分を参政とみらいが拾った形になっている。維新と国民は+2、+1でほぼ前回と変わっていない。自民の大勝は、中道の愚策が高市人気を倍加させたことによるものだ。

さて、“私が総理でよいか”と国民に問いかけて絶大な支持を獲得した高市政権は、何から手を付けるのだろうか。やはりそれは“日本列島を強く豊かに”する17の重点項目に力を注ぐはずである。しかしその実現には時間がかかることも事実だ。予算の単年度主義を改めていくことも必要であろう。国民は少し長い目でこの内閣を見守る必要がある。

2月10日の毎日新聞社説は、「力の使い方を誤らぬよう」と題して端から高市政権に警鐘を鳴らし、”ブレーキ役不在“と懸念を示している。察するところ、その懸念とは”憲法改正“への懸念であろう。筆者もまた高市総理の胸には憲法改正への強い覚悟が秘められていると思う。ターゲットは28年の参院選あたりになるとみている。前回の石破政権で自民は大敗し、参院の非改選議員は40/124議席、これに維新の7議席を足しても47議席しかないので、参院の2/3(165)を占めるには次回選挙で118議席(95%)以上が必要となる。これはほぼ不可能と考えられるので、少なくとも国民民主党か参政党を抱き込む必要がある。多数の党が参画すれば改正案をまとめるのに苦労するだろうが、より良い憲法をつくるためには、その方がいいのかもしれない。是非とも粘り強く国民投票まで歩を進めてほしい。

一方、護憲派のなかで共産・れいわ・社民といったあたりは衰退がはげしいので、やはりその中心になるのは中道であろう。この先中道がどうなるかは知ったことではないが、政・官・財の中枢とくに言論・教育・法曹界に巣食う敗戦利得者の末裔たちと結集して“改悪反対”キャンペーンを繰り広げることが予想される。

明らかに高市総理は、これまで放置されてきた“国論を二分するようなテーマ”に踏み込もうとしているようにみえる。そしてその戦いは既に始まっている。その一つが次に述べる刑法改正案だ。

国旗損壊罪

刑法では、第4章「国交に関する罪」第92条において、外国の国旗を侮辱する目的で損壊したものを罰する規定がある。しかし、自国の国旗については何らの規定がない。

このことに疑問を抱いた高市議員らは、2012年の国会に改正案を提出した。しかし、当時の野田総理が国会を解散したため審議未了で廃案となった。また2021年にも動きがあったが、党内の反発もあり改正案は提出されなかった。

そして、2025年10月、自民と維新により締結された連立合意書の中で2026年通常国会での制定を目指すことを約した。その1週間後に参政党が単独で改正案を参議院に提出した。

この情勢が影響したかどうかは分からないが、衆院解散前日の1月22日、MBSの「よんチャンTV」は“我々の求める日本はどちらか?”と題して「優しくて穏やかな日本」を目指しているのは中道、国民民主、共産、れいわであり、「強くて怖い日本」を目指しているのが自民、維新、参政というフリップを掲げるという明らかな偏向報道を行った。

番組内で謝罪したらしいが、それも含めて”予定の行動”であった可能性もある。

このところ(以前から?)いわゆる護憲派の言動はヒステリックにさえ感じられるものが多くなっている。国旗損壊罪に対する反対意見もその一つだ。

とりあえず、そのいくつかを列挙してみよう。( )内は筆者のコメント

・2025.11.1「信濃毎日新聞社説」

 沖縄国体での日の丸焼却事件(1987.10.26)が器物損壊罪に問われたことからも、      実害を伴う行為は現行法で対処できる。もし外国国章と同じに扱うのなら外国国章損壊罪の方を廃止すべき。

 (当時、日の丸は国旗として正式に規定されていなかったので器物)

・2025.12.10 「朝日新聞

 2012年にも廃案になっている、何故改正が必要なのか、守る利益は何か

 (廃案になったのは衆院解散で審議未了となったから)

 米で政権への異議を申し立て、星条旗を燃やした男性は最高裁で無罪となった

 (判事は5:4で無罪判決、法があればこそ不毛な議論を決着させられる)

 ナチスの党旗を国旗としていたドイツは国旗を変更し卍旗は掲揚すら禁じている。

 (日の丸を戦犯旗とみなす”本心”を露呈している)

・慶応大駒村教授

 国旗に敬意を表したくない人にまで敬意を表することを強制する法であり、21条、19 条に抵触する。  

 (国旗を侮辱する目的で損壊した場合、裁判にかけられることがあるという法ですが)

・武蔵野美術大教授志田教授(毎日新聞内田記者の取材記事、2026.1.4)

 極論を言えば、いわゆる「日の丸弁当」について「日本なんか食ってやる」と言ってお箸で崩して食べる行為が処罰対象になる可能性だってある。

 (ありえません、絶対に)

前川喜平文科省事務次官のX

 “国旗損壊罪なんてできたら、白い紙の表と裏に赤丸を書いて破ってやる、それを毎日交番の前でやってやる。捕らえられるものなら捕まえてみろ”

 (紙を破って散らかすこともなければ捕まらないでしょうね。しかし毎日それを続けるとなれば保護されて病院送りになるかも。それにしても元次官がねえ・・・)

・岩谷毅(自民党

 日本で誰かが日章旗を焼いたというニュースは見たことがない。立法事実がないのに法律を作れば国民への過度な規制につながる。

 (ないわけではないし、C国人がやるかもしれないよ)

これらの例からわかるように、国旗損壊罪に反対する人たちの多くは憲法学者法曹界の専門家門家でありながら、その主張がきわめて感情的である。

憲法は補足も含めてわずか103条で構成されている。その中で最も多くの条項を占めているのが、第3章「国民の権利及び義務」で30条ある。さらに言えば、「義務」については教育、勤労、納税の三つで、あとはすべて自由平等を軸とした基本的人権に関する条項だ。しかし、その初めの部分(12条)において、“この憲法が国民に保証する自由及び権利は濫用してはならず、国民は常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ”と述べられている。

従って、国旗損壊罪が「表現の自由」を侵すことになるかどうかは、様々なケースについてそれが公共の福祉という見地からしてどうなのかを論じるのが専門家の務めだ。

彼らがその任務を放棄して国旗損壊罪に反対する理由は、“日章旗が嫌い”と理解するしかない。時あたかも、イタリアでは冬季オリンピックが開催背れており、日本選手は歴代最高の成績を上げている。表彰式で日章旗が掲げられるたび、選手も国民も感動するなかで、日の丸が嫌いな人たちはどのような想いでそれを眺めているのだろうか。

彼らの国旗に対するイメージは、おそらく[Nationalism]であろう。それも、「愛国心」≒「国粋主義」の象徴としてとらえている。しかし、「愛国心」を[Nationalism]に当てはめたのがそもそもの間違いで、本当は[Patriotism]なのである。確かに、国旗がナショナリズムの象徴として利用されることはあるが、本来は「郷土愛」とか「同胞愛」の象徴なのだ。

もう少しまともな意見はないのかと探したら「イタリア方式は如何?」という記事が見つかった。それは福岡県出身でイタリア在住のヴィズマーラ恵子という人がNewsweekJapanに寄せたコラムである。要約すれば以下のような提案だ。

“イタリアでは、国旗侮辱罪の起訴件数が年平均87件あり、その有罪率は28%程度となっている。日本が国旗損壊罪を導入すれば欧州諸国と同様の議論が生まれるだろう。

政治抗議は無罪ヘイトは罰金という線引きが明確になり、国民が民主主義のルールを学びあうことができる。法律がない現状は、無法地帯であり、ヘイトと抗議の区別すら曖昧なまま分断を深める。法律を作れば裁判所が判断し国民はどこまでが自由かを具体的に学べる。これこそが民主主義の成熟への決定的な一歩であると思う。“

同感だ。

その行為が有罪であると分からせることが大事なので、刑罰は軽くてよい。多くの国が外国国旗よりも自国国旗損壊の罰則を重くしており、中国に至っては日本とは真逆の外国国旗のみ有罪となっているが、日本は同程度の罰則とすべきだろう。

実はこの法は、抑止効果とともに咎人を保護する効果もある。世の中には国旗を粗末にされて快く思わない人は大勢いるので、私的制裁や誹謗中傷の的になる恐れがあるからだ。

自由・平等は基本的人権の根幹である。しかし、人権は他者の人権と衝突する。これを調整するためには制約(法による明文化)が必要であり、国家がそれを行うなら正当な理由が要る。そのベースとなるのが「公共の福祉」や「公序良俗」と言った言葉で表現される共通の価値観や普遍的道徳である。ところがそれらは不動不変にみえて、実は時代とともに変化している。だから「法」もまた、本来的にリニューアルされる宿命を帯びている。「法」は生き物であり、「法」が破られた状態が放置された時、その「法」はすでに死滅したとみなされる。

日本には、この国旗損壊罪の外にも新設あるいは改正が必要な法がある。それが放置されたままだから、しばしば無益な論争や分断の種となっている。

高市総理の“国論を二分するような重要課題”、“憲法改正に向けた環境づくり”という言葉の全容は示されていないが、その中には「税制改革」や「予算の単年度主義改革」などの外に「スパイ防止法」「皇室典範」「移民政策」「武器輸出」「非核三原則」なども含まれているかもしれない。それらの課題は自民党内の分断を助長する可能性もあるが、何としても”働いて、働いて・・粘り強く突き進んでほしい。

初の「国民投票」を強く願っている。

                      2026.2.17

 

 

 

 

国民が決める(J-162)

2026.1.23 1300、通常国会の冒頭において額賀衆院議長が証書を読み上げ、衆議院の解散が宣言された。この瞬間、まだ3年近い任期を残していた全議員がその資格を失うこととなった。

就任から3か月、「解散など考える暇はない」と言いながら、公約通り”働いて、働いて、働いて・・“高い支持率を保ってきた高市総理が前言を翻したということになる。

しかし総理は“解散はしない”と言ったことはない。いわゆるオールドメディアが、しつこく“解散を考えているか?”と聞いたのも“解散する可能性が高い”と予想していたからで、解散してほしくない人たちが驚いて見せているだけである。案の定メディアは、この解散に”大義がない“”来年度予算の成立が遅れる“”裏金議員を復活させるつもりか“と言った論調で野党側の応援に回っている。それもあってか、高市内閣の支持率は10ポイントばかり急降下したという報道(毎日新聞)もある。

衆議院議員は、よく”常在戦場“という言葉を発する。それは、”任期など無きに等しい“という実情を示している。実際、これまで任期満了選挙が行われたのはわずかに1回(1976、三木内閣)のみで、ほとんどすべてが「解散」に伴う選挙である。

そもそも、国民が選んだ議員からその資格を問答無用に奪うという、いわば暴力的な権限はどこから生まれているのだろうか。

勿論それは憲法以外にあり得ない。その一つは、69条の“内閣不信任案が可決された場合10日以内に解散するか総辞職”という条文である。しかし、今回の解散はそれには当てはまらない。実は根拠とされる条文はもう一つある。それは、天皇の国事行為の一つとして「衆議院を解散すること」が明記されている憲法第7条である。そして、これまでの解散のほとんどはこれに該当するとされている。しかし、天皇の国事行為は儀式や手続き上の行為について定めたものなので、これを根拠にするのはおかしいという意見もある。調べてみると、やはり違憲訴訟に発展したことが在る。

それは、訴訟を起こした野党議員の名前から「苫米地事件」として知られている1952年の吉田内閣による解散だ。このとき最高裁は“高度に政治性のある国家行為は裁判所の審査権の外にあり、最終的には国民の政治判断に委ねるべきである”と司法判断を避けた。

違憲訴訟において最高裁が司法判断を避けた例はこの他にもいくつかある。それらの問題は決着がついていないので、いつまでも論争や批判の的となっている。解決を図るためには憲法改正(別の法律で定めるという形でもよい)しかないと思われるが、不思議なことに改正を求める論者(憲法学者など)は極めて稀だ。

国会ではしばしば違憲問題が議論になる。第2章「戦争の放棄(9条)」や第3章「国民の権利及び義務(自由・平等の権利など)」に関連する問題だ。しかし国会内での議論はたいてい不毛に終わる。合憲か違憲かを判断するのは最高裁判所しかないからである。

裁判所は「法」がなければ判決を下せない。或いはその「法」が時代に合わなくなっていても法に反した判決を下すことは出来ない。事後に作られた法で裁くことも原則禁じられている。それらの問題を解決できるのは、国権の最高機関であって唯一の立法機関たる国会である。具体的に言えば国会議員だ。その国会議員が国会内で合憲/違憲論争をやっている。例えば「安保法制」を違憲だという。しかし国会は、日本を守るために現憲法は正しいか或いは十分であるかを議論し、欠陥があれば改正するのがつとめである。これは、自由・平等に関する問題は勿論のこと、他の全ての問題について言えることだ。解釈の変更なら一定の限定条件の中で許せるとしても、違憲状態がいつまでも放置されるならば、憲法は死んだも同然である。

今回の衆院解散を契機として、政界には大きな変化が起きた。それは言うまでもなく立憲民主党公明党が合併して新党を結成したことだ。その名を「中道改革連合」という。なんだか70年代の学園紛争か暴力団抗争を思い出させるようなカビくささを感じなくもない。

巷では「中華連」「中国協賛連合」と新党を揶揄する声は聞こえても、期待する声はあまり届かない。”混ぜるな!危険!“という傑作(?)もある。

それにしても、“犬猿の仲”であった両党が、突如として結びついた訳が分からない。

実態としては、立憲側が公明側の条件を丸呑みしたような政策合意であり、連合ではなく吸収合併だという指摘もある。ところが連合は衆議院だけに限られており、参議院や地方議会はもとのままというのだからますますわからない。誰もが勘繰る通り、”前回の選挙で仮に公明の票が立憲に乗っかっておれば政権交代が起きていた”というバカな分析を信じた結果かもしれないが、実のところは落ち目の両党が、被害極限のために愚策に走ったといったところではないだろうか。朝日新聞の調査でさえ、「この新党は対抗軸になりえない」という意見が約7割を占めるという状況では、オールドメディアも新党への期待を発する訳にはいかず、高市内閣批判しかできないようだ。

そして本日(1.27)総選挙が公示され、2月8日の投開票に向けた熱い戦いが、この極寒の下で繰り広げられることとなった。

今回の選挙は、連立の枠組みが変わり、選ぶ側も選ばれる側も複雑に絡み合っているので、その結果を予想するのは難しいが、参考までに過去の選挙を振り返ってみよう。

自公の連立が始まったのは1999年の小渕内閣からであるが、10年後に政権交代が起きた。2009年の解散総選挙(政権選択解散と呼ばれる)で鳩山由紀夫が立ち上げた民主党が308議席を獲得して圧勝したのである。なぜそのようなことが起きたのか、端的に言えば、当時の麻生内閣の支持率が低迷する中で、民主党の「一度我々にやらせてみてください」という声が無党派層(浮動票)を引き寄せたのである。この時、通常50%前半の投票率が69%へと大幅にアップした。

話は少々それるが、

文芸春秋が2014年2月号で“「20年後の日本への50の質問」―バラ色の未来か、転落の悪夢か”という特集を組んだ中に、鳩山由紀夫が“民主党は存続しているか”に答えた一文が掲載されている。それによるとスタート時点では、民主党は「時限政党」として10年後には解党するつもりだったと明かしている。結党の精神は”日本の真の独立“であり、具体的には「米国支配」と「霞が関支配」からの独立を目指していたらしい。

ところがこの政権、最初の内は”事業仕分け“と称する”官僚いじめ“の場面を公開したりして威勢がよかったのだが、普天間基地の移設をめぐり、例の”最低でも県外“発言で日米関係をぶち壊し、次の菅直人内閣では東日本大地震における対応の拙さや、マニフェストになかった消費増税を持ち出すなどで支持率も急降下、最後の野田政権になるともう完全に官僚支配に戻ってしまったような印象だった。そして、2012年の解散総選挙

(近いうち解散)では、逆に自公が325議席(294+31)を獲得するという逆転劇を招いた。この3年3か月にわたる民主党時代を、後になって安倍首相が“悪夢のような時代”と呼び、国会で岡田議員などが撤回と謝罪を求めたことがあったが、首相はそれを拒否し、”バラ色ではなかった”と応えたので、頭には文芸春秋の副題があったにのであろう。いずれにせよ、国民の記憶には”悪夢のような民主党時代”が刷り込まれてしまった。

その後、安倍政権下で行われたアベノミクス解散(2014)、国難突破解散(2017)では自民が単独でも過半数を占めるという与党の圧勝が続いた。一方、再び野に下った民主党は、2016年に維新の党と合流して「民進党」と名を変え、2017年には小池百合子が立ち上げた「希望の党」に合流しようとした。しかしこの時、安保法制を違憲とするグループは”排除“され、枝野幸男が立ち上げた「立憲民主党」に加わった。そして、どちらにもいかないグループが党名変更して原発容認の「国民民主党」として分離した。自民の対抗軸になると見られていた「希望の党」は、小池党首の”排除します“発言が嫌悪されて支持を失い、小池百合子も中央政界への復帰を断念したためやがて消滅した。

2021年の岸田政権による”未来選択選挙“でも与党は議席を減らしながらも安定多数を確保し波乱は起きなかったが、岸田総理は”検討使”と揶揄されることもあり、安倍前首相の銃撃死亡事件もあって支持率は下降線をたどった。

そして前回の選挙、石破政権で小波乱が起きた。与党は215議席(191+24)で過半数に届かなかったのである。この時立憲は148議席へと大躍進し、もし野党をまとめることができれば政権交代も可能であった。しかし、かつて自民が社会党を抱き込んだときのように総理の席を餌にしても結集することは出来なかった。それがこのグループの限界を示している。今回の“財源のめどは立ってないが赤字国債は発行せずに消費税減税をする”という政策は、“最低でも県外”に似た無責任感を漂わせている。

非自民というだけではまとまらないことを、そろそろ自覚してほしい。。

 

さて今回の選挙、どのような結果になるのだろうか。

選挙の勝敗は、つまるところ無党派層をいかに引き付けるかで決まる。それは日本に限られたものではない。アメリカの大統領選挙では各州の色分けがほぼ確定しており、常に6、7州の結果次第という様相になる。突き詰めればその州の浮動票の行方で決まる。だから、選挙活動もそれらの州に集中している。

また韓国は、保守・革新・無党派がほぼ拮抗しており、やはり無党派の動向で決まる。

そしてわが日本は、無党派が最大勢力を占めているので、当然ながら無党派がカギを握っている。そんな風に見えないのは投票率が低いからである。日本では投票率が高くなった時に大きな変化が起きる。小泉政権郵政解散の時の投票率は67.51%、民主党政権が生まれた時も69.28%で通常よりも10ポイント以上高い。投票率に影響する要素は様々だが、つまるところ有権者が自分の投票に意味があると考えるかどうかにかかっている。どうせ何も変わらないという思いが強ければ有権者は投票所に足を向けない。

天気が悪ければなおさらだ。

また今回の選挙は年年齢層による支持傾向の差が激しい。とくに、若年層の高市支持は異常なほど高い。だから、日頃政治に無関心な若年層の投票行動が気になるところだ。

メディアの一部が”バラマキ合戦”と評したように、今回の選挙では”争点がぼやけている。だから極論すれば、“自分たちで未来を創る”この選挙に、“高市早苗でよいのか”と自らの進退をかけて呼びかける総理の声が、”何で今解散なの“という声をかき消すことができるかどうかにかかっている。

そんなこんなで、筆者の予想を書けばこんなことになる。

 

        第51回総選挙予想(私見

 

 政党名  前回議席 (増減)  今回予想

 自民    191  (-56)    250±10

 維新     38   (-3)        40±5   

 中道    172   (-8)   100±10  

 国民     28   (+17)     30±5

 れいわ     9    (+6)       6±2

 共産     8   (-2)    6±2

 参政      3     -      25±5

 保守      3      -     3±1

 社民     1    -     0±1

その他     12   (-2)     10±1

   合計    465        465

投票率           53.85        62.0

 

これを言葉でまとめると、

自民は単独過半数を確保し与党は絶対安定多数常任委員会の委員長を独占する)となる。

中道は前回選挙で得た立憲と公明の合計(172)から大きく後退する

参政党は大きく躍進する。(”高市支持だが解散は不適”の票を多く集める)

その他の党はあまり変化がなく社民党議席を失う

問題はその後である。

もし、予想通りに中道が惨敗に終われば、早い時期に再び分離するだろう。公明は元の鞘に収まるが、立憲は散り散りになる可能性もある。躍進を続ける参政党は、いずれ自民に合流するだろう。そうならなくても、ようやく憲法改正に向け機は熟してきたかに見える。是非とも高市政権で自民党の党是を達成してほしい。日本らしさを取り戻し、日本を前に進めるためには、世界から”ウソつき呼ばわり”されても反論できないような現憲法の前文や条項を改正するしかない。先生が生徒にどう説明するか迷うような、あるいは生徒が所詮憲法は解釈次第かと理解するような条項は正さなければならない。

筆者としても、できれば憲法違反(27条勤労の義務)のままで死にたくないし、”我らの安全と生存を諸国民の公正と信義に信頼して任せる(憲法前文)”気にもなれないからである。

それもまた、”国民が決めること”なのだと思いながら一票を投じたい。

                     2026.1.27

                    

シン・年 いい感じ(J-161)

令和8年丙午(ひのえうま)の1年がスタートした。その年がどんな年になりそうかというテーマは、年始における大きな関心事であるが、期待と不安が入り混じるのが常である。

今年の不安要素の第一は云うまでもなく国際関係である。そして、その発生元が米・中・露という国連の安全保障理事会常任理事国(のボス)なのだからどうしようもない。もはや国連は、全く機能していないかに見える。日本としては、この状態が当分続くことを覚悟しながら独自の存在感を高めていくしかない。

一方、期待感の方は例年よりも大きい。何となくいいムードが漂っている。

現代の日本人に「ラッキーナンバーは?」と問えば、野球発祥の「7」という答えが返ってくるだろうが、昔ながらの”めでたい数字”は末広がりの「八」である。また、60年毎に巡ってくる「丙午」(ひのえうま)は、“情熱や勢いが高まりエネルギーに満ち溢れた1年になる”といわれている。

もっとも、60年前の「丙午」(S.41,1966)は出生率が25%減に急落した。これは江戸時代(1683年)に起きた「八百屋お七」の事件から生まれた迷信(丙午生まれの女性は不幸をもたらす、詳細は省く)の影響で出産を控えるカップルが多かったからである。当時の日本は、73年のオイルショックの影響による資源と人口に対する危機感から、官民ともに少子化を目指していた時代だったので笑い話ですんだ。しかし今回の丙午は深刻な人口減少の最中でもあり、この迷信を持ち出せば袋叩きになるだろう。だから、この迷信は死んだも同然である。むしろ高市政権の政策次第では、大方の予想に反し少子化に歯止めがかかるきっかけが生まれるかもしれない。

シン・総理への期待

表題を「シン・年」としたきっかけは、箱根駅伝の黒田朝日選手が従来の記録を大幅に更新して自ら「新・山の神」を宣言したときの字幕が「シン・山の神」となっていたからである。

この「シン○○」という表現、は10年前の映画「シン・ゴジラ」以来多くの場面で使われるようになっているが、庵野秀明(脚本監督)はその意味を明らかにせず、受信側の解釈に委ねている。

そこで、「新」「真」「神」「震」などの漢字を充てる試みがあり、次いではそれらすべての意味を含有しているのだという説へと発展した。他にも「シン」に当たる漢字は多く、「進」「心」「深」「親」「信」「芯」「伸」「振」「慎」「侵」「賑」・・・等々がある。

ならば、初の女性総理として就任するや、獅子奮迅の働きを見せている高市シン総理にふさわしいのはどれだろうか。それをゴジラに重ねあわせるることも悪くはないが、筆者は「信」か「進」あたりがよさそうに思う。高い支持率は「信」であり、それをベースに長らく停滞した日本を前に進めようとする「進」の決意が日々伝わってくるからである。

しかし、総理がおかれている環境は厳しい。自民党は石破政権の下で行われた前回の総選挙で、258議席から67減の191議席へと大敗を喫し、少数与党に転落してしまったからである。ブレーキ役の公明とは縁を切ったもののこれでは動きが鈍る。いずれ早いうちに解散総選挙に打って出ることは十分予想されていたが、やはり総理は23日から始まる通常国会の早い段階で衆院の解散を宣言することを本日(14日)明らかにした。野党の多くは、来年度予算の成立が遅れ深刻な悪影響が出るといい、オールドメディアは物価高対策に全力を注ぐと言っていたではないかと批判しているが、株価は連日高値を更新している。市場は高市政権に旗を上げたということになる。

高市政権としては、手元にある予算案のベースは石破政権時のものであるため、そもそも不満がいっぱいなのだ。だから総選挙で大勝し、自分の政策を上書した予算案を提出したいのだろう。国民の信頼がどちらにあるかは支持率により明白だ。

高市早苗/片山さつきという最強コンビに対する期待は日を追うごとに高まっている。

 

スポーツ界への期待

昨年(2025)の「今年の漢字」は「熊」であったが、実は昨年から大阪の通天閣が“年初に発信したいメッセージ”を漢字一文字で“という企画を始めており、それが万博の「博」であった。そしてことし選ばれたのが「球」の一文字である。それはWBC(野球)とサッカーのWCが行われるからだろうが、もしかすると「今年の漢字」も同じになるという珍事(?)が生まれるかもしれない。

今年は大きなスポーツイベントが目白押しである。国際大会における日本人選手の活躍は国民を元気づけ、いわゆる国威発揚的な効果もある。(このことば広辞苑にはない)

まず、2月6日~22日にかけてはミラノ・コルティナで冬季五輪が開催される。

日本選手のメダルは第7回(1956)の猪谷千春の銀が初で、自国開催の札幌(11回)でようやく金を含む3個のメダルを獲得した。その後も大した成績は残せず、21回(2010)までの合計がわずか30に留まっていたが、14回(ソチ)15回(平昌)16回(北京)の3回で39個と強豪国に迫る勢いになっている。つまり直近3回の合計がそれ以前の21回分をはるかに上回っているのだ。そして今回は、北京での18個を上回る可能性がある。

次いで3月には侍ジャパンの連覇がかかるWBCがある。日本チームは、まず東京開催の予選リーグ(プールC)で台湾、韓国、オーストラリア、チェコと闘い決勝トーナメントに進むことになるが、今回のアメリカはまさに最強メンバーであり非常に楽しみだ。

そして、6月11日からはFIFAワールドカップが始まる。決勝は7月19日という長丁場であり、その間世界中が熱狂する。今回から出場枠が拡大し48チーム。その影響で番狂わせも増えそうな予感がする。日本チームはグループFでオランダ、チュニジア、欧州プレーオフBと予選リーグを戦う。目標は初のベスト8以上だがその可能性はかなりある。

それらのビッグイベントと並行して、7か月にわたり多くのファンをとりこにするのは云うまでもなくMLBである。今年はドジャースの連覇と大谷の連続MVPの記録がかかっている。大谷は手術から完全復活を遂げ、キャリア最高のパフォーマンスを発揮する準備が整っている。ファンが期待するのは投手部門のタイトルを獲り、真の二刀流を完成することだろう。その時ファンは彼に何という称号を与えるだろうか。それは「シン・二刀流」なのか、それとも「シン・ユニコーン」なのか、それに当てはめる漢字は「新」や「真」では物足りない。ならば何がふさわしいか・・・「神」である。

いずれにせよ国際競技ウォッチャーとしては、今年は寝不足の「寝」になりそうな気配がしている。

                     2026.1.14

台湾有事と存立危機事態論争の核心((J-160)

11月7日の衆院予算委員会における立憲岡田議員と高市首相の質疑応答が内外に大きな波紋を広げている。それは、“台湾有事が「存立危機事態」になり得るか”という予算委員会にはふさわしくないテーマであったが、高市総理の就任前からの発言を問題視していた岡田議員がこのチャンスとばかりにと取り上げたのであろう。

岡田議員の質問に対して、はじめのうちは模範解答を繰り返していた総理であったが、執拗な追求に唆されたように次のような答弁となった。

“あらゆる事態を想定しておく、最悪の事態を想定しておくということは、非常に重要だと思います。先ほど軍事という言葉がございましたが、それはいろんな形がありましょう。例えば、台湾を完全に中国北京政府の支配下に置くようなことのためにどういう手段を使うか。それは単なるシーレーンの封鎖であるかもしれないし、武力行使であるかもしれない。それから偽情報、サイバープロパガンダであるかもしれないし、それはいろんなケースが考えられると思いますよ。だけれども、それがやはり戦艦を使ってですね、そして武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得るケースであると私は考えます。実際に発生した事態の個別具体的な状況に応じて政府がすべての情報を総合して判断するということでございます。実際に武力攻撃が発生したら、これは存立危機事態に当たる可能性が高いというものでございます。法律の条文通りであろうかと思っております。“

これに対し、岡田議員はなぜかそれ以上の追求を止め話題を変えた。その理由について、本人は後に“マズい”と思ったので話題を切り替えたと言っているが、その弁明は

少々不自然である。実は総理の勇み足を引き出して”シメタ“と思って打ち切ったのではないだろうかという疑念が浮かぶ。もし、中国政府の大反発を予想して”マズイ“と思ったのであれば、さらに質問を重ね、”法律の条文通り、従来の政府見解を変えるものではない“という総理の主張を丁寧に聞くのが筋だ。ところが、SNSを中心に岡田氏への批判が高まるのを見るや、あちこちの番組などに出て自己弁護に努めている。見苦しい。。

国民民主党の玉木代表も25日の定例会見で、問題発言をした首相本人ではなくて質問した岡田氏に批判が向けられていることについて見解を求められ、“明確に答えろとギリギリ詰めておいて、答えたら今度は曖昧にすべきではないかと言っている。何を獲得するための質問だったのか”と皮肉っている。同じ思いの国民は少なくないだろう。

筆者は、この国会中継を生で視聴していたが、確かに総理の“どう考えても”はちょっと強すぎたかなという感じがした。そしてもう一つ、「存立危機事態」という用語は誤解を生む用語だと思った。

いわゆるオールドメディアはこの答弁には概して批判的で、中でも朝日の”認定なら武力行使も“という見出しは、台湾有事→存立危機事態→武力行使可能 と一直線に発展しそうなイメージを抱かせるものであった。

案の定、それは中国のセッケン大阪総領事の問題のX投稿、

“勝手に突っ込んできたその首は一瞬の躊躇もなく切ってやるしかない。覚悟は出来ているのか”へと発展した。

この人物、以前から北朝鮮まがいの過激な表現のツイートを盛んに発しているが、胡錦涛の時代ではリベラルな言説が多く、学生時代は民主化運動にも参加していたらしい。

現在はいわゆる「戦狼外交」の一端を担っているのだろうが、この品のない発言は日本側の親中派にむしろダメージを与え、中国政府も実は困っている節がある。小さな“嫌がらせ”をいくつか連発してはいるがその矛先は鈍い。問題の総領事も、今は首を洗って処分を待っている状況かも知れない。皮肉にも、“覚悟は出来ているのか”という彼の言葉は、見事なブーメランとなって帰ってきたわけである。

存立危機事態

総理発言後の初期段階において、国内の議論は混乱した。その原因として「存立危機事態」という”専門用語“の問題がある。この用語の意味を知らない人々、あえて誤解を生むように利用している人たち、そして一般の用語として勝手に推量した人々が大半を占めていたことが混乱を深めた。

もしかすると中国もそうかもしれないし、世界の人々ならなおさらだ。この用語を外国語に解説なしで翻訳することはほぼ不可能だ。それが混乱を助長した。

その初期の混乱をある程度沈めてくれたのは、中央大学法科大学院の野村修也教授である。教授は11.15のXで、“存立危機事態の話がかみ合わないと思ったら、中国が台湾に武力行使をしたら、日本が「台湾を守るために」武力行使する話だと思って批判している人がいるらしい。これは全くの誤解。台湾有事に伴って「中国が米軍に武力行使し」日本に存立危機事態が生じた場合に「米軍を守る可能性」の話”と説明。

11.17には、“「台湾が国ではないことを知らないのか」と罵倒する反論が来る。おそらくこの人は存立危機事態の第一要件である「我が国と密接な関係にある他国」に台湾を当てはめているのであろう。しかし、ここで言う他国は同盟国アメリカ等を指していて台湾ではありません”

この指摘はおそらく的を射ている。

そもそもこの「存立危機事態」という用語は、「武力攻撃事態等及び存立危機事態にける我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全確保に関する法律」(平成15年成立、令和3年改訂)という長ったらしい法律のなかで次の通りに定義されている用語である。

“存立危機事態:我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態”

ところが、これも丁寧なようでよくわからない。つまるところは総理が言う“あらゆる情報をもとに総合的に判断して・・”ということになる。認定されれば、それが集団的自衛権を行使する根拠となる。

だから最初から「集団的自衛権行使事態」とでもして、その中で要すれば限定的な条件を付しておけば済む話だ。但し、その条件はあくまでも方針であって具体的な条件や定量的な表現はしないのが原則だ。そこを詰めておくことは必要だが、それを公表しては同盟が成り立たない。あくまでも“総合的に判断する”でなければ「抑止力」が機能しなくなる恐れがある。

挑発か抑止か

11.7の予算委員会での総理発言以降の流れを長々と述べてきたが、実はこれまでの話は

極論すれば”どうでもいい話“である。

核心は何かといえばあの答弁が”挑発“として作用するのか、それとも”抑止“効果を生むのかということだ。

先ず台湾の将来について考えてみよう。日本から見て、望ましいケースから順に列挙すればおそらく次のようなものになるだろう。

  • 武力衝突なしに台湾が独立
  • 現状維持
  • 台湾側の意思に基づく統一(含自治区
  • 武力衝突を経ての独立
  • 武力衝突を経ての統一

この中で(1)は見通せる将来で実現の可能性がない。(4)(5)については実は双方ともに避けたいはずだ。

中国が望むのはおそらく(3)のケースである。圧倒的な軍事力をもって(5)のケースも辞さないと脅しをかけ、親中勢力の拡大を図り、先ずは自治区という形でも良しとして統一を図ろうとするだろう。そのためには台湾の独立への希望を粉砕する必要がある。

一方台湾の選択肢は(2)の現状維持であろう。しかし、それは自由陣営の支援なしには成り立たない。中でもアメリカの軍事プレゼンスがその拠り所だ。そして、この地域においてアメリカの軍事力が機能するためには日本の協力支援が必須である。であるが故に、日本の態度が鍵を握ることになる。つまり、台湾有事においては、それが航行の自由確保であれ、在留の邦人その他の保護であれ、平和維持の目的であれ、米軍が行動を起こす場合は端から日米の協力関係が担保されている必要がある。だから、もし米軍が攻撃を受けた時には、日本は集団的自衛権を発動する覚悟がありますよと意思表明することは抑止力を向上させる。

 

80歳になってますます元気な論客櫻井よしこ氏は、“総理の発言は中国を怒らせたが、それは正しいが故に抑止力になっている”とSNS等で解説しているが、その中でアメリカの機関(CSIS)が行った台湾有事で武力衝突があった場合のシミュレーション結果を紹介している。それによると、24回のうちほとんどのケースで米側が勝利するが、敗れるケースとして日本の支援が得らなかったケースと米側の対応が遅すぎた場合があったという。

そして、これを中国側がどう評価するかは分からないが、この情報からしても高市発言は強力な抑止効果を生むだろうと評価している。

勿論反対の意見も少なくない。

目についた二つの意見を取り上げてみよう。

  • 台湾という中国の内政に関わって日本の存立危機即ち集団的自衛権行使があり得るとする高市首相の間違いに対して中国が批判するのは当然。なぜ日本のメディアはもっと批判しないのか
  • 高市に拍手喝さいを送っている人の大半は、自分の商売が成りゆかなくなった時にも、やっぱり高市を支持していて、高市以外の誰かのせいだと思い込みたいのだろうね。首が回らなくなっても中国のせいなので、中国を成敗せよという話に乗りそうだ。そうやって戦争はバカが後押しして始まるわけだ。真っ先に死ぬのはバカなのだけれどもね。頭が悪い人は本当に度し難い。そうやって日本は滅んでゆくのかしら。たとえ僅かでもよい、権力に抵抗せよというコトバを全国民に送りたいが、99%の人には届かないだろうね。

これがどなたの発言かというと、最初のは鳩山由紀夫氏、2番目は池田清彦氏の発言である。

つまり、元首相と早稲田大学名誉教授という78歳のお二方が、高市発言を“挑発”とみなす中国の方が正しいと言っている。高市内閣の支持率も高齢層に行くにつれて低くなっている。そこが現状日本の悩ましいところである。

では、この騒ぎをアメリカはどう見ているのだろうか。

駐日米大使は15日、次のような皮肉たっぷりのXを投稿した

“さながら一足早くクリスマスを迎えた気分です。呉江浩中日中国大使、セツ剣駐大阪総領事に置かれましては揺るぎない日米の絆を一層深めるためのご尽力、誠にお疲れ様でございます。心からの感謝を。”

またトランプ大統領については、現時点の関心はウクライナパレスチナに向けられていて、中国の宣伝戦には付き合う気がないらしい。

要するにアメリカは、中国がぎゃあぎゃあ騒いでいるうちは本気で武力統一を始めることはない、日米同盟が確かなものである限り抑止力が働いていると見ているのであろう。

となれば厄介な話だが、中国側のウソだらけの宣伝戦に日本は独自で対抗しなければならない。望まれるのは健全な世論の後押しだ。

                     2025.11.26

戦後からの脱却(Y-68)

女性総理の誕生

1945年12月GHQの指示により選挙法が改正され、女性に参政権が与えられてから80年、遂に憲政史上初の女性総理が誕生しました。

その結果、G7の中で未だ女性首脳を経験していない国は、20年早く女性の参政権が認められている米国のみとなりました。

現在のところ、国連193か国の中で女性首脳が現職にあるのは27か国、その中にはイタリアのメローニ首相、メキシコのシェインバウム大統領など、いずれも女性初ながらなかなかの”女傑“ぶりを発揮しています。概して、世襲でない女性政治家は激しい傾向があるようにも見えますが、高市新総理も負けてはいません。いきなり公明党との連立を解除したのには驚きましたが、それはおそらく、長きにわたる日本の低迷の一因が、ブレーキ役を公言してきた同党との連立にあると見ていたからで、やる気と覚悟が感じられます。

自民党内には、“公明党は最後には折れる”という見方も多かったようですが、実のところは、“自民は折れる”とみていた公明党側が新総理を甘く見ていたのかもしれません。

10.26に実施された毎日新聞世論調査によると、内閣支持率は65%と高く、“公明党離脱を評価するか”という問いに対しては、”評価する“が61%で“評価しない”の7%を大きく上回りました。

また、政党支持率では自民26%(+7)、維新8%(+4)に対して、野党側の支持率は国民5%(-5)立憲7%(-2)参政5%(-3)と大幅に下がってしまいました。毎日新聞の調査は、毎回自民に厳しい傾向がありますが今回も同様で、他の調査では概ね5~10%高い内閣支持率になっています。さらに、首相就任直後からの外交に対する評価や所信表明なども好感されている様子なので、直近の支持率はより高くなっているものと推定されます。

新総理は、日本の成長分野など重点施策をリストアップし、それぞれ担当閣僚を指定して”みんな働け“と号令を発しました。しかし難題はその財源です。

その根底には、いわゆる“ザイム真理教”の厚い壁が立ちはだかっています。

この言葉は、森永卓郎の著書から生まれ流行語の一つにもなりましたが、ひとことで言えば財務省の「財政均衡主義」が日本の経済政策を歪めているという主張です。其の元となっているのは「財政法」であり、具体的には第4条の“国の歳出は公債又は借入金以外の歳入を以てその財源としなければならない”という条項です。例外として公共事業などは国会の議決を経た範囲内で公債を発行できることになっていますが、原則としては税収内で予算を組めというわけです。

ところが、この財政法が成立したのは昭和22年、つまりGHQの施政下で作られた法律です。なのでこの原則は、日本が再び米国の脅威にならないように設けた“あしかせ”ではないかとも見られています。これまで財務省は、日本の財政は破綻寸前であると脅しをかけつづけ、増税と緊縮財政に命を懸けてきました。しかし近年では、現代貨幣理論(MMT:Modern Monetary Theory)の”自国通貨を発行できる主権国家は理論上財政破綻することはない“という説が主流となっています。日本に当てはめれば、”国債が円建てである限りその返済は自国通貨(日銀券)を新たに発行して充てることができる“という考え方です。現に、これまでも国債の償還は”借り換え“によって行われてきました。国債発行などによる債務残高は1300兆円を超えているそうですが、それは国の借金ではなく国民の借金でもありません。あくまでも政府の借金であり、資産とのバランスで見れば何ら問題ないという専門家の意見が説得力を持つようになりました。

とは言え、財政法の改訂には時間がかかりますので、新政府の財政出動は「特例公債法」に頼るしかなさそうですが、景気が回復すれば税収も増えるので、プライマリーバランスの評価を複数年度で行うという方針は理に適っていると思います。

かつて女性初の主計官を務めた経験のある片山さつき財務相とのコンビは、大いなる期待を抱かせてくれます。

戦後80年

今年は戦後80年という節目に当たるということで、いわゆるオールドメディアでは“戦後”という文字が目立ちました。

筆者が購読している毎日新聞の力の入れようは大変なもので、8月7日の朝刊は1面トップが広島の「平和記念式典」、3~5面、スポーツ面、社会面に関連記事、さらに11面は特集記事で埋めつくされました。そして、その後も戦争の傷跡や不条理、理不尽といった様々な悲劇を掘り起こし「戦後80年」というシリーズを1か月余り続けたのです。そしてようやく終わったかと思えば、今度は「迫る」というシリーズに名を変えて現在も同様の特集記事を継続しています。その熱意と執着には感心しますが、いささか違和感を覚えるのも正直なところです。

違和感の始まりは、広島の平和記念式典における子供代表(男女二人)のスピーチでした。そのスピーチは、

“いつかはおとずれる被爆者のいない世界。同じ過ちを繰り返さないために、多くの人が事実を知る必要があります。原子爆弾が投下されたあの日のことを思い浮かべたことはありますか・・”で始まりました。

二人が生まれるよりもはるか昔の悲劇を”その日“ではなく“あの日”と呼んだのは、被爆者の目線で語ろうとしたのでしょうか。しかし筆者には、“あの日の出来事を二度と繰り返さないために、私たちが被爆者の方々の思いを語り継ぎ平和をつくりあげていきます。”と小学生に語らせた大人の魂胆が感じられるのです。小学生まで巻き込まなくても・・と言いたいのです。それは、「教育勅語」を園児に暗唱させたあの「森友学園」の時と同じような“気持ちの悪さ”です。大袈裟に言えばヒットラー・ユーゲントや紅衛兵を思い浮かべてしまうのです。

そもそも原爆の悲劇を語ることは核兵器廃絶につながるのでしょうか。その恐怖と悲惨を語れば語るほど核保有国はそれを”手放せなくなる“のが現実です。日本がなぜ被爆国になったのか、それは当時アメリカだけが核を所有していたからでしょう。もし日本も核を保有していたならば原爆の投下どころか、日米戦は避けられたに違いありません。核保有国でその廃絶を唱える国はありません。削減の動きが時々みられるだけです。

核のない世界=平和な世界という観念はあまりにも単純です。残念ながら、核兵器が第Ⅲ次世界大戦を防いでいるという現実は否定できないのです。今日、核兵器を秘密裏に或いは平和利用と偽って開発する能力を持つ国家は少なくありません。懸念すべきは核の拡散であり、最も恐れるべきはテロリストなどの手に亘ることでしょう。深読みすれば、核廃絶の活動は裏では核保有国に歓迎されているのかもしれません。

しかし、2022年2月に起きたロシアのウクライナ侵攻は世界に衝撃を与えました。核保有国が核を持たない国に戦争を仕掛けた時、それを止められるものがいない現実です。わが日本の安全保障環境は著しく悪化したと言わざるを得ません。

戦後からの脱却

“もはや戦後ではない”というフレーズが「経済白書」に登場したのは1956年(S31)でしたが、それから70年近く経っても我が国では何かにつけて「センゴ」という言葉が飛び交います。そこには“いつまでも戦後でありたい”と言う願いが込められています。つまり、この先の世代に二度と「戦前」が在ってはならないという決意です。しかし、戦後の平和運動はあまりにも観念的です。確かに80年間平和が保たれてきた実績はありますが、日本はこのままでいいのでしょうか。そして奇跡の復興を遂げた後、”失われた30年“とも呼ばれる長い停滞が続いているのは何故でしょうか。そう考えた時、たどり着く先はGHQが残していった”呪縛“です。

GHQは、“日本が再びアメリカの脅威にならないように”7年間にわたり日本を支配下に置き、ありとあらゆる改革を行いました。

先ず1945.11、「治安警察法」が廃止され、次いで12月「選挙法」の改正によって翌年には39名の女性衆議院議員が誕生しました。そして、軍と財閥の解体、農地改革、新憲法制定へと進み、天皇制は”象徴“として残したものの、昭和天皇の弟君が起こした直宮3家を除く11宮51人の皇族身分を奪いました。細かく見れば、「刑法」「民法」をはじめ「学校教育法」「裁判所法」「刑事訴訟法」「警察官職務執行法」「弁護士法」など主だった法律のすべてが新憲法の趣旨に従って改定又は新設されました。労働組合などの組織も奨励され、「日弁連」「日教組」「学術会議」などもこの時期に生まれています。極め付きは、約2年をかけて20万人に及ぶ各界の有力者を公職追放したことでしょう。とくに言論や教育界など、世の啓蒙を担う業界で保守層が追放され、左翼思想の人物が取って代わったことはその後に大きな影響をもたらしました。GHQに新旧20万×2の人選を行う能力があるはずもなく、共産党員などの協力支援があったことが知られています。

またこれらに並行して、戦争犯罪を裁く軍事裁判が行われ、東京では「極東国際軍事裁判」が開かれ、28名が起訴され7名が死刑判決を受けてS.23.12.3に刑が執行されました。その日は皇太子の誕生日で、なんだか悪意が感じられるような日にちでした。

GHQが行ったこれらの改革には当然不満もあったでしょう。しかし、国民も言論界もその声を上げることは出来ませんでした。皮肉なことに、憲法では言論の自由が保障されながら、言論は厳しく制限を受けていたのです。一方、天皇がS21年から全国各地の巡幸を始めるや、国民は天皇が無事であったことに胸を撫で下ろし、戦後復興に力を注ぎました。敗戦によって利益を得た左翼あるいはリベラルにとっては「新憲法」がバイブルになり、国民もまた「主権在民」「戦争放棄」「基本的人権」を歓迎しました。なによりも、憲法前文の理想主義に酔わされました。そして、“政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。”という文言は、自分たちにも戦争責任があると薄々感じていた国民にとっては免罪符のようのように感じられたことでしょう。

こうして国民の価値観は大きく変容し、日本的な伝統や習慣は軽視され、規律なき自由、人権という名の特権、悪平等がはびこりました。日教組は国旗や国歌には根拠がないと日の丸・君が代を否定し、運動会の万国旗から日の丸だけを取り外すなどと言うことまでやりました。そして近現代史はどう教えるべきかが分からず、昭和の時代が分からない生徒ばかりといった現象がおきました。瞬く間に敵将マッカ―サーは人気者になり、鬼畜米英は友好国へと逆転しました。GHQは見事な成果を上げたというべきでしょう。しかしそれもつかの間、1950年6月予期せぬ事態が発生しました。朝鮮戦争の勃発です。

余談になりますが、日本の敗戦によって極東の勢力図は激変しました。中国では本来犬猿の仲である蒋介石(国民党)と毛沢東共産党)が手を結んで(国共合作)対日戦を戦っていましたが、日本が敗れるとすぐに内戦が再開し、敗れた蒋介石は日本の統治から戻されたばかりの台湾に逃れ、中華民国の支配圏は台湾のみとなりました。それでも1971年までは台湾政府が中国を代表する政府であり、国連の安保常任理事国だったのです。したがって、戦後結ばれた平和条約の相手は台湾政府でした(「日華平和条約」1952.4.28)。中華人民共和国は9月3日を「抗日戦争勝利記念日」として毎年行事を行いますが、中華人民共和国が成立したのは戦後(1949.10)であり、日清戦争は「清」、元寇は「元」との戦いですから、厳密に言えば今の中国と日本は戦争していません。

また日本の支配から解放された朝鮮半島は分裂国家となりましたが、いくらも経たないうちにソ連中共の支援を受けた北朝鮮が、力による統一を目指して一気に侵攻してきました。そこで米軍を主体とする国連軍が韓国の支援に回り、38度線付近で膠着して休戦状態となり現在に続いています。この戦争でマッカーサーは、真の敵は共産主義であることと日本がやむなく対米戦に踏み切った立場を理解したのでしょう。日本に再軍備を勧め、それが自衛隊の前身警察予備隊(1950)の設置に繋がり、彼の議会証言“日本が戦争に踏み切ったのは[security]の為だった”(1951.5.3)へと発展します。しかし、この発言は猛反発を受け、大統領を目指していた彼は失脚します。

実は新総理、以前にこの“securityのため”という表現をつかったことが在ります。

それは、23年前(2002.8.18)のサンデープロジェクト(テレ朝)で、田原総一朗に”満州事変以降の戦争は日本にとって自存自衛の戦争だったかと?」と問われた時のことでした。当時田原氏は、保守的な政治家などをターゲットに同じ質問を繰り返してレッテル張りをしようとしていたのです。高市議員の頭には、おそらくマッカーサーの証言があったのでしょう、”securityの為”と応えました。すると田原氏は激昂し”下品で無知な人がバッジ付けて・・・”と口汚く罵りました。これに新聞なども同調し高市議員は次の選挙で落選しました。そして今回、10.19の討論番組「激論!クロスファイア」での発言です。それは「選択的夫婦別姓」に関する議論の場面でしたが、彼は“高市に大反対すればいいんだよ、あんな奴は死んでしまえばいい」と発言したのです。さすがに無事にはすみませんでした。彼は謝罪を余儀なくされ、生放送ではないのにそのまま流したBS朝日の姿勢も批判を浴び、この番組は中止となりました。そうさせたのは主としてSNSによる情報の拡散です。SNSはオールドメディアによる情報世界の”アンタッチャブル“を次々に破壊しています。

話を戻します。

新総理は、総裁選の所信演説会の中で“日本を今一度せんたくいたし申し候”という坂本龍馬の言葉を引用しました。その言葉が具体的に何を指すのか、聞けば新内閣が掲げた17項目に重点を置く総合経済対策であると答えるかもしれません。しかし筆者には、より根本的な願いが込められているような気がします。それはGHQが残していった戦後の枠組みからの脱却です。言い換えるなら「東京裁判史観」あるいは「自虐史観」とも呼ばれる歴史観です。贖罪意識を後の世代にまで押し付け、萎縮させてはいけないというものです。

そして、これこそが日本を停滞させているブレーキの本体ではないかと思うのです。

冷静にそして客観的に見て、戦後の日本は謙虚に反省し、歴史上類を見ないほどの償いをしてきました。今や世界における好感度はトップクラスです。中・韓の”反日”は、”国内の不満そらし“と”嘘の建国物語を構築する“ための政治活動とみるべきでしょう。

日本の未来に重くのしかかっている通称リベラルの歴史観をたどれば「憲法」にたどりつきます。しかし、この憲法の改正を党是に掲げ1955年に合体した自由民主党は、何度か訪れたチャンスにも臆病でした。成立時には共産党にまで反対された憲法も、時を経て広く国民に愛されるようになりました。日本は憲法によって守られてきたと信じる国民は少なくないのです。今や矛盾だらけで“死に体”とも言うべき憲法が、なおも生き延びているのは何故でしょうか。それは、時代を先取りしたようなひとつの”理想型”が掲げられているからかもしれません。理想はいかなる現実の前でも光を放ちます。しかし、残念ながら抜き差しならない争いの種にもなるのです。「八紘一宇」「共産主義」も一つの理想です。「宗教」や「グローバリズム」もそうかもしれません。いや、憲法が掲げる理想は、「平和」「自由」「平等」「人権」といったものだという反論もあるでしょう。しかし、それらには実体がありません。畢竟現実の社会は、実体として存在する「不自由」や「不平等」といったものをどこまで我慢できるかという“折り合い”の問題です。人は何かにつけて、よりよさそうな道を選択し、壁に当たるか間違いに気づくまでその方向に進むしかありません。

その民族にとって心地よい伝統や習慣を尊重しながら、最大多数の幸福を追求する生き方、それが「保守主義」だろうと考えます。

衆参ともに少数与党の新総理に「憲法改正」を期待するのは酷かもしれませんが、やはり期待せずにはいられません。しかし、野党は皆「護憲勢力」かといえば実はそうでもなく、問答無用の絶対反対派は、共産、社民、れいわ、立憲の一部くらいで大した数ではありません。オールドメディアは”発狂するかもしれませんが、彼らには、世論を形成する力と責任があると胸を張りながらも、むしろ世論に迎合してきた恥ずべき歴史があります。そうでないと”商売”にならないからです。現憲法の問題点や欠格事項などは既に語り尽くされているので、部分改正ならさほど時間はかからないでしょう。欲を言えば、あの下手な翻訳調の文章全体を書き直してほしいと思いますが、とりあえず、憲法も”アンタッチャブル”ではないことを示してほしいと思います。

新総理は松下幸之助が私財をなげうって設立した「松下政経塾」の第5期生です。

卒業生の進路は多岐にわたり政治家の道に進んだ者も与野党を問わないところがこの塾の”ミソ”でもあります。その中から初の女性総理が誕生したことを、故松下翁も草葉の陰できっと満足し応援していることでしょう。

新総理のあまりのロケットスタートには心配するところもありますが、ぜひ頑張ってほしいと思います。

                        2025.11.17

MLBの後半戦を展望する

MLBは前半戦を終了し、オールスターゲームを挟んで今日から後半戦が始まる。

後半といっても、既に97試合程度が消化されており残りは75試合ほどになる。

今シーズン最大のテーマは、LAドジャースの連覇(初)なるかである。言い換えれば、

それを阻止するのはどのチームなのかということでもある。

そして、現在のところ期待通りの展開となっている。

 

ポストシーズンに進出するのはどのチームか。現在各地区の首位に立っているチーム

と、ワイルドカード上位のチームを挙げれば次のとおりとなっている。

 

アメリカン・リーグ           勝  負  総得点  総失点

 東地区  ブルージェイズ(TOR)    55  41   440   423

 中地区  タイガース  (DET)      59  38   482   395

 西地区  アストロズ  (HOU)    56  40      418   362

 ワイルドカード

      ヤンキース  (NY)       53  43      501   390

      レッドソックス(BOS)      53  45      491   430

      マリナーズ   (SEA)     51  45      451   419

      レイズ     (TB)       50  47   449    388

 

東地区は激戦区だ。現在ブルージェイズが2ゲーム差で首位に立っているが、総得点440

総失点423で、501/390のヤンキースの上位にいるのは何とも不思議である。最終的には

順位が入れ替わる可能性が高い。レッドソックス、レイズにもチャンスがある。

その他の地区については、あまり波乱は起きそうになく、中地区はタイガースが独走し

ア・リーグの最高勝率を挙げ、西地区はアストロズが順当に勝ち上がるだろう。

そして、ア・リーグを制するのはヤンキースアストロズになるのではないだろうか。

 

ナショナル・リーグ          勝   負    総得点  総失点

  東地区  フィリーズ (PHI)     55   41      438   375 

  中地区  カブス   (CHC)   57   39      512   393

  西地区  ドジャース (LA)    58   39      518   449

 ワイルドカード

       ブリュワーズ(MIL)   56   40       457   376

       メッツ   (NYM)   55   42       426   381

       パドレス  (SD)    52     44     383   376

       ジャイアンツ (SF)    52   45     399   382

       カーディナルス(STL)      51   46      444   427

       レッズ    (CN)     50   47      441   410

東地区はフィリーズとメッツが激しく競り合っているがこのままフィリーズが逃げ切る

のではないか。メッツは史上最高契約でヤンキースから移籍したファン・ソトの得点圏

打率が1割台に低迷し期待外れとなっている。しかし両チーム共、ポストシーズンには

進めるだろう。

中地区もカブスブリュワーズ首位争いを繰り広げ、最終順位は入れ替わる可能性があ

るが両者共にポストシーズンには進出するだろう。

西地区はドジャースパドレスジャイアンツの三つ巴となりそうな気配であったが、

このところパドレスジャイアンツは失速気味でドジャースの順当勝ちとなるだろう。

しかし、ポストシーズン最後の切符をつかむチームの行方は混とんとしている。

さて、ドジャースの連覇を阻止するチームがあるとすればどのチームであろうか。

前半戦において、ドジャースがいわゆるスイープ(3タテ)を食らったチームは三つあ

る。5月中旬のエンゼルス、そして7月のアストロズブリュワーズだ。5月のエンゼル

ス戦は先発投手のローテーションが崩壊した直後でもあり”たまたま”の感が強いが、7月

の連敗はドジャースの不調というよりも”相手が強かった”という印象が残る。そして、

この2チームがポストシーズンに進出してきそうなのである。つまり、ナ・リーグを制す

るカギはブリュワーズワールドシリーズを制するカギはアストロズが握っているよう

な気がするのである。

ポストシーズンで直接対決があるかどうかは分からないが、とくにブリュワーズは気に

なるチームだ。7月の対戦でドジャースは山本、カーショー、グラスノーが先発したが、

相手のペラルタ、ミジオロウスキー、キンタナに対し3試合で4得点しか奪えずスイープ

されてしまった。オールスターにも選出されたペラルタ、ミジオロウスキーそしてクロ

ーザーのメギルを擁する投手陣は強力であり、野手陣もスターはいないが若くて勢いがある。

幸か不幸か、後半戦の最初のカードがそのブリュワーズで、ドジャースはグラスノー、

シーハン、カーショーが先発し、相手はプリースター、ペラルタ、キンタナの予定だ。

先発3投手の合計勝敗数は、ドジャースが6勝1敗ブリュワーズ24勝9敗で何だか分が悪そ

うな気配である。ポストシーズンでは山本、大谷、スネルの登板見込まれるが、この3

連戦で前回のように打撃陣が抑え込まれると相手に自信を持たれてしまうだろう。

また、アストロズとは、それぞれがリーグの覇者にならない限り対戦が実現しないわけ

だが、なんとなく今年のWSはHOU対LAとなりそうな気がしてならない。ドジャース

は、実は昨シーズンもアストロズには1勝2敗と負け越しており、もし勝ち上ってくれば

難敵であることに違いはない。

何はともあれ、今日からのブリュワーズ戦はポストシーズンを占う上からも見逃せない

戦いとなる。   

 ・・・久しぶりの投稿です。  その間当ブログをフォローしてくださった方にはお詫

びとお礼を申し上げます。体調は維持しておりますので続けるつもりですが、以前より

は少なくなると思います。 理由の一つはAIですが詳細は省略します。・・・

                         2025.07.19