「リテラシー」は識字(読み書きの能力)という意味であり、「情報リテラシー」とは
様々な情報の中から、自分が求める情報を読み取り活用できる能力である。
本来、その情報源はありとあらゆる分野が対象なのだが、日本ではSNSを対象として論
じられていることもが多いかもしれない。
この頃よく目にする言葉に、「オールドメディア」と「ワイドショー民主主義」という
のがある。「オールド」は「既存・・」或いは「旧来・・」の言い換えで、新聞やTVを
中心としたいわゆるマスメディアを指している。また、「ワイドショー民主主義」は、
日常の様々な問題について、あたかもワイドショーがその結論を示し、世論の方向付け
を行っているかのような昨今の現象を指している。
誰が言い出したのかは分からないが、言葉の端に“嫌味”があるところからすると、おそ
らくなんらかの理由(番組の方針に合わない発言など)で締め出しを食らい、SNSの世
界に転じた言論人あたりであろう。しかし彼らも、SNSを「ニューメディア」と呼ぶに
は未だ至っていない。
SNSには玉石混交どころか有害な情報も大量に含まれているからであろう。
実はこれまで、既存メディアは、その点を衝くことで自分たちの優位性と存在意義を訴
えてきた。
ところが最近、その主張を根底から覆すような事件が立て続けに発生した。
その一つは、兵庫県行政の混乱に際しての情報の顛末である。事件は未だ完全決着には
至っていないが、これまでの経緯を要約すれば概ね次のようなことになる。
今にして思えばその始まりは4年前、20年の長きにわたり知事を務めた井戸前知事が、
後継者として金沢副知事を指名して引退を表明したときに遡る。このとき、井戸県政か
らの脱却をはかりたい改革派の議員たちが、ひそかに当時大阪府財政局長であった斎藤
氏に出馬を要請し、これが成功して翌年7月の選挙で斎藤知事が誕生した。新知事は新
庁舎計画の修正、天下りの廃止など、長期にわたる井戸県政で醸成された既得権益構造
にメスを入れるとともに、職員に対しても厳しい姿勢で臨んだために、旧体制派の不満
は時とともに蓄積されていった。
それが突然表面化したのは今年3月12日のことだ。斎藤知事のパワハラや度が過ぎる贈
答品の受領(おねだり)などに関する疑惑を列挙した匿名の告発文書が、メディアや議
員の一部に送られてきたのが発端である。
これに対し、知事側は公用PCの追跡から告発者が県の西播磨県民局長W氏であることを
突き止め当該PCを確保した。W氏は4月4日公益通報窓口に届け出たが、公務員にあるま
じき行為として5月7日付で3か月の停職処分とされた。
メディアは一斉にこれを大きく取り上げ、中でもTVのワイドショーは連日の中心的話題
に取り上げた。また、M県議が独自に行った県職員に対するアンケート調査においても
複数の証言がえられたことで、告発文書の信ぴょう性を認める見方が広まり議会は百条
委員会の設置に向けて動き出す。このとき知事側に立つI総務部長が例のPCに保存され
ていた大部(数百枚?)の印刷データを県議などに見せ、その中に不適切な女性関係の
ファイルや陰謀を窺がわせるデータが含まれていることを示して百条委員会の設置を阻
止しようとするような動きもあったようだが、もはや流れを止めることは出来ず6月13
日に百条委が設置された。百条委員会は、告発者のW氏を証人として尋問することを決
定するが、W氏は何故かもう終わりにしてほしいと要望し、証人尋問の前に自殺してし
まう。この事件でメディアは増々過熱し、斎藤知事非難一色となっていった。
私が関心を抱いたのはこの時点である。”ちょっと変だな”と感じたのである。
その違和感というのは、これまでの状況からするとW氏は“勇気ある告発者”という立場
であり、自殺する理由が見当たらなかったからである。“何か他に本当の理由あるに違
いない”というのが私の直感で、それを探るためにSNSの世界に足を踏み入れて言ったと
いうわけだ。これまでに述べてきた内容も、その多くはSNSから得られた情報である。
その後騒ぎはさらに拡大し、7月10日には県職員労組が知事に辞任を要求、7月12日には
片山副知事が“知事を守れなかった”と涙の会見をして辞任するに至る。
それらの事実は、逐一メディアを通じて全国版のニュースになると同時に、いわゆる
「ワイドショー民主主義」が形成されていった。県議会もその流れに乗り、百条委員会
の結果を待つことなく、“告発に対して適切に対処せず県政を混乱させた”という理由を
あげて、全会一致で知事の不信任案を可決した。
知事には辞任・解散の手段もあったがそれはせず9.30をもって失職、出直し選挙に打っ
て出る道を選んだ。しかし、応援してくれるのは中・高時代の同級生のみという状況
で、初めの頃は選挙演説を聞いてくれる人もほとんどいなかった。ところが、選挙戦中
盤から、様相が一変した。それは、ひとえにSNSの情報によるものである。この騒動
の真相は、実は既得権益集団が知事を失脚させるための陰謀ではないかという疑惑が、
より説得力を持って拡散していったからである。N党の立花氏が内情を暴露した影響も
大きく、一方終盤に29市中22の市長が本命視されていた元尼崎市長の稲村氏の支持を表
明したのは時すでに遅く、おそらく逆効果となった。
11月17日、選挙結果は約13万票の大差をつけての斎藤知事の大勝利、逆転サヨナラ満塁
ホーマーのような復活劇であった。
もう一件は、今年7月に世界文化遺産に登録された佐渡島において11月24日に開かれた
「すべての労働者のための追悼式」に関する騒動である。
メディアは、参加予定の韓国代表が急遽不参加となったのは、生稲政務官が過去に靖国
参拝を行ったことが原因のようだと報じた。
日本政府が生稲政務官を参列させると発表したのが22日、これに韓国メディアが生稲氏
は2022年8月15日に靖国参拝をしているとかみついて韓国内がざわつき、その翌日韓国
が不参加を表明したので、メディアの推定もその流れの中にある。
しかし、生稲氏はその事実はないと否定し、それが真実であった。
何故このようなことが起きたのか、その発端は共同通信が2022年の終戦記念日に靖国参
拝をした議員として生稲氏の名を挙げていた誤報にある。生稲氏の否定証言を受け再調
査したところ誤報であったことが判明し、共同通信は25日訂正記事を発信した。次いで
26日~27日にかけて、共同通信と提携している多くのメディアがお詫び・訂正の記事
を発信した。
韓国側は不参加の理由は“諸般の事情を考慮したもの”と曖昧な返事を濁したが、誤報を
真に受けた国内の反発に押された処置であったことは疑うべくもない。
一方日本側の対応はどうであったのか。
27日、官房長官は混乱を生じさせた誤報に遺憾の意を表し、外務省の岡野事務次官が共
同通信の社長を呼びつけ一連の経緯について説明を求めただけだ。また、イタリアのG
7に出張中の岩屋外相が趙外相と会談し、“この問題が両国関係の発展に影響を及ぼさ
ないようにする”ことで一致したと発表した。
はてさて、こんなことでいいのだろうか。安易な妥協は更なる妥協を呼ぶ、またもや分
かり切ったことの繰り返しである。
この例からも感じられるように、オールドメディア(マスメディア)の怖いところは、
意図のあるなしにかかわらず、どこもかもが一斉に誤報を流してしまうことである。
とくに中・韓との問題については、後で訂正してもほとんど効果がないので困る。
26日、産経新聞社説はこのように述べている。
“韓国の反日病にはうんざりする。(中略)佐渡金山が世界遺産の対象になったのは、
独自の採鉱精錬技術で世界最大級の金産出量を誇った江戸時代までの文化的価値が高く
評価されたからだ。ところが韓国は朝鮮半島出身者が戦時中に強制労働させられたと唱
えて反発した。だがこれは史実に基づかないでたらめだ。(しかし)日本政府は過酷な
労働環境の解説パネルの展示などで妥協した経緯がある。史実を伝えるべき文化遺産に
歪んだ政治が持ち込まれたということだ。今回のボイコットはその悪影響を浮き彫りに
した。”
まさにその通りである。
民主主義社会には言論の自由がある。というよりも、言論の自由が民主主義を形成して
いる。だから報道機関はある種の権力を握っているのである。いつの時代も、メディア
は、「報道の自由」と「報道しない自由」を駆使して大衆をリードしようとする。
それはそれで構わないのだが、皆が皆足並みを揃えられると困ったことが起きる。それ
に比べると、SNSの世界には“報道しない自由”に当たるものがないので、時に炎上する
ことはあっても必ずどこかに反対意見を見つけることができる。何よりも自ら発信でき
るところが強みである。注意すべきことは、SNS上に現れるのは両極端の意見が多いと
いうことだ。中庸な考えの人は数的に多くても、意見を発信するモチベーションが低い
ので表面には出てこない。それどころか、SNSのツールは何かに興味を示すとそれに関
連したテーマや似たような意見が優先的に表示される仕組みになっている。いろいろな
意見を見ているつもりでも、実は同じ意見ばかり見ていることになりやすいのである。
一般に、賛否をめぐるアンケート調査の結果とSNS上のコメント数は、山と谷が逆にな
る。いわゆる”炎上”や”バズる”現象は、実際にはデモの人数と同じで、必ずしも多数派
というわけではない。
オールドメディアからみれば、SNSの世界には規制が必要だと映るらしいが、それは傲
慢というものだ。両者はむしろ、水と油のような関係のままでよいのである。
要は大衆(受信側)の情報リテラシーの問題であって、それこそが民主主義を発展させ
てゆく鍵であり、今後ますますその重要度は増大してくるに違いない。
陰謀論・カルト・知的犯罪などの犠牲者にならないためにも、できれば義務教育の段階
から、情報リテラシーを高める方法なり技術なりを教える必要がありそうだ。
2024.12.17