樗木(ちょぼく)の遺言と爺怪説

愛国的好奇高齢者の遺言と違和感をエッセイ風に・・・

「どうする家康」「どうする日本」(その2)

古今東西、民の願いは「安寧」であり、国家或いは為政者が国民に提供する最大の福祉

事業は「安全保障」に他ならない。

50年前、イザヤ・ベンダサン山本七平)は「日本人とユダヤ人」の中で、”日本人は

安全と自由と水はタダだと考えている“と”平和ボケ“に警鐘を鳴らした。近年はそれほど

でもないが、依然としていわゆる”空想的平和主義“から抜け出せない一派が勢力を維持

している。しかし、昨年2月に始まったウクライナ戦争は、日本人の意識をガラリと変

えた。防衛費の増額や今は”反撃力“と呼ぶ「敵基地攻撃能力」についてもこれを容認す

る声の方が多くなっている。驚いたことに(驚いてはいけないのだが)、15日(日)の

「日曜報道」(フジ)の番組の中で”台湾有事に日本がとるべき行動“を視聴者に問うた

際、”軍事を含め関与すべきである“と答えた者が83%に達したことである。しかもそ

れが、CSIS戦略国際問題研究所)が、中国の台湾侵攻シミュレーション結果を公表し

た後のことであっただけに驚いたのである。そのシミュレーションとは、2026年侵攻開

始という設定で、24ケースのうち米軍が参戦しない場合と日本が完全中立の2例を除き

すべて中国が失敗に終わるけれども米・日側にも2隻の空母を始め多くの人命が失われ

るというものであった。この放送が日曜日の午前中であったことを踏まえると、男女別

や世代間の偏りは少ないと思われ、これが直近の国民の意識レベルなのであろう。

前回、「小説徳川家康」を書いた山岡荘八が読者に“弱小国三河を日本になぞらえて描

いたのではと問われ「そうかもしれない」と答えた”というエピソードを紹介したが、

当時の三河と現在の日本の置かれている立場は、スケールの差はあれ通じるものがあ

る。実はそれはウクライナも同じで、であるがゆえに、ウクライナ戦争は日本に”黒船

効果“とも呼ぶべき影響をもたらした。(”黒船効果“私の造語ではあるが、その意味を説

明する必要はないと思う)

 

1998年に設立されたアメリカの政治リスク専門コンサルティング会社ユーラシア・グル

ープは毎年世界の10代リスクを発表しているが、今年のランキング1,2位は「ならず者国

家ロシア」、「習主席への権力集中」で、8位に「米国の分断」を挙げている。

そのような国際環境の中で日本人の意識が明らかに変化しているのである。電波メディ

アは概して世の空気に敏感で、既に右寄りに舵を切った感もあるが、ペーパーメディア

はまだ態度を決めかねているようだ。

その例として、毎日新聞の元日からの連載記事を取り上げてみたい。

 

2023年1月1日、配達された毎日新聞を見て”これが元旦のトップ記事か“と少々驚いた。

「日台に軍事連絡ルート」という太い文字に意表を突かれたのである。

その記事は1面と3面の大部分を占め、“「平和国家」はどこへ①”となっているのでこれ

が連載の始まりであることを示しており、1月10日目まで7回の連載となった。

詳細を書くわけにはいかないので見出しを中心に超要約して、各回のテーマを取り上げ

てみたい。斜め文字部分は記事に対する私のコメントである。

第1回(1.1)

「日台に軍事連絡ルート」

中国の台湾侵攻に備え、水面下で構築現場同士通話、台湾有事連携強化探る日本、

中国反発のリスク、「国民守る」退避計画始動、

“岸田政権は安保関連3文書を改訂し「盾」だけでなく「矛」を持つ方向に舵を切った。「平和国家」はどこへ向かうのか“という論調は、その昔中曽根首相の靖国参拝を”中国が厳しい目で見ている“と書いた朝日報道を思い出す。

第2回(1.3)

台湾有事日米の作戦計画、

21年12月安倍氏は講演で「台湾有事、それは日本有事だ」と発言した、

作戦計画は有事の備えとはいえ、中国を「敵国」扱いすることになる。中国と対峙する

日米の軍事協力はひそかに、そして急速に進んでいる

“日本政府は中国が台湾に侵攻した場合、同時に尖閣にも攻め込む「複合辞退」になる可能性が高いとみている”という記述があるが何を根拠としているのだろうか。尖閣には何もなく、台湾侵攻において利用価値はない。もし占領してもそれを維持するのは大変なことで、中国側もそのような作戦はとらないだろう。

第3回(1.4)

反撃能力乏しき信念

2022.12 政府は「反撃能力」の保有を決めた。そのきっかけは2020年9月の総裁選で菅

氏に惨敗した岸田派が細田派の支持を取り付けるために方針転換したもの

反撃力保有声明は元をたどれば総裁選という権力闘争を利するための戦略であったという論調は、いかにもこれまでの政治部らしい表現だ。

第4回(1.6)

海底ケーブル露の影

ロシアの調査船が太平洋上で不審な行動

調べてみると日米間の光通信ケーブルの位置と一致

台湾は海底ケーブルの切断に備え「スペースX」社の「スターリンク」を利用する計画

日本のサイバー防衛体制は「中国を高校生とすれば日本は幼稚園児」と言われるほど遅

れている。しかしその対策は憲法21条に定める「通信の秘密」に抵触する。

今回の連載の中で、題材としても論調的にも注目に値する記事かと思う。この連載記事の担当者は“「平和国家はどこへ」取材班”となっているが、その氏名は最終回に明かされるので取材班に対するコメントも最終回送りとする。

第5回

防衛力強化追い風に

国産ジェットからミサイルへ

岸田政権は防衛費をGDPの2%にする目標を掲げ今後5年で43兆円に増やす方針

国産ジェット開発が事実上の凍結となった三菱重工にとっては「渡りに船」

輸出三原則なし崩し

日本は「死の商人になるべきでない」(名大教授)

日本は1967年、共産国、国連が禁止した国、国際紛争当事国の三者には武器を輸出しないといういわゆる“武器禁輸三原則”を決定した。これは当然と言えば当然の方針なのだが、76年三木内閣が政府統一見解として発表した“それ以外の国々へも慎む”というという表現は、やがて”全面禁止“として強力な”縛り“となり、結果として大きく国益を損なうことになった。国益の損失とは、現代では、部品レベルはもとより様々な製品において軍用・民用の区別がなくなってきたことがひとつ、もう一つは“日本はこちらの武器を買うくせに売ってくれない、本当に友好国なのか”という不信感を与えてしまったことである。これほど思いとは裏腹の愚かな方針はないと思うが、”慎む“がここまでエスカレートした背景についても反省すべき要素がある。

第6回(1.9)

防衛研究外れる重し

北大需給審査整備へ

政府が安全保障研究を重視する狙いは学術界が軍事に関する研究をタブー視してきたこ

とが科学技術の進展を遅らせてきたとの危機感が反映されている。ロケットやAIなどの

先端分野は「デュアルユース(軍民両用)」の技術が多い。

学者の国会とも呼ばれる「日本学術会議」が17年に出した軍事研究忌避方針の“重し”が取り払われる傾向にあることに言及した記事であるが、内容的には偏りがなく”まともな感じである。裏返せば「日本学術会議」が“まともでない”ということか。

第7回(1.10)

防衛装備進むAI活用

民間AI技術導入加速

暴走の不安 ルール後手

AIの軍事利用が拡大すると人間の意図から離れて暴走することはないのか

中国は19年にAIと無人機を融合させる「知能化戦争」の進展を掲げた

自律型致死兵器システム(LAWS)の規制については「特定通常兵器使用禁止条約」

CCW)の枠組みで乱用を防ぐための協議を始めた。CCWには中・露を含む130か国が

参加しているが、各国がAIを利用した兵器開発を競っているのが実態だ。

“ある日気付いたらAI兵器によって戦争が起きているということが在るかもしれない。早期に規制を設けて実効性を持たせなければならない”という拓大佐藤教授の言葉でこのテーマを締めくくっており、それがこの連載の結びである。つまり、連載そのものの狙いなり主張と言った記述がない。ただ、“「平和国家」はどこへ”だけで”私たちは心配だ“といっているわけである。

そして最終回には担当記者10名の名前が明かされている。調べてみると約半数が2010年以降入社の比較的若い人たちで、地方支局から本社に(抜擢?)された人が多いようである。誰がどの回を担当したかはわからないが、「海底ケーブル露の影」に関係したとみられる創価大出身のY女性記者のツイッターによれば、安全保障分野は専門ではないらしい。しかし、その内容は新鮮で好感が持てる。逆に、第3回「反撃能力乏しき信念」や第5回「防衛力強化追い風に」などは昔ながらの感がする。

 

 新聞が今回の毎日新聞のような連載記事に力を入れることは大いに結構なことだ。

新聞が“News Paper”であった時代はとっくに終わっている。速報性では電波メディアに

かなわない。しかし電波メディアは時間的制約から中途半端に終わることが多い。また

新聞以外のペーパーメディアは、偏りが強いのが常だ。新聞にもそれはあるにせよ、曲

がりなりにも対立する両者の意見を取り上げ論評する姿勢を保っている。新聞の生きる

道はそれしかない。

ロシアのウクライナ侵攻は、紛れもなく空想的平和主義者の口を封じてしまったが、そ

れを”あり得ないこと“と感じてしまうのは、これまで軍事に関することは考えたくな

い、話題にさえしたくないという学術会議的世界に没頭してきた報いでもある。

ならず者国家」にも言い分はある。ウクライナは8年前までは親ロ派のヤヌコヴィッ

チが大統領で両国の関係は良かった。それがポロシェンコに代わり現在のゼレンスキー

へと続いて親EUへと態度を変えた。ウクライナ、とくに東部には親ロ派が多い。だか

ら、プーチンは“8年間虐げられてきた親ロ派の人々を保護するため”を大義名分として攻

め入ったのである。防衛力の前に国の立ち位置と国内政治の安定が抑止力の第一歩であ

り、最大の抑止力であることを忘れてはならない。

先に述べたユーラシア・グループが、2010年のリスク第5位に鳩山政権を挙げたことが

在るが、それは鳩山政権が日米同盟を軽視し中・韓に接近する姿勢を見せたからで、

それは台湾にも当てはまる。台湾の政治が不安定になり混乱が生じたならば、それは中

国にとって絶好のタイミングとなる。武力行使の前にそのような状況に仕向けるのが中

国の戦略で、軍事行動は「治安維持」或いは「内乱の鎮圧」という大義名分の下に行わ

れるに違いない。1.20の日テレ「深層NEWS]では、CSISのシミュレーションの中で最も

あり得るケースは、”中国が演習を装って兵力を展開し攻撃を仕掛けるケース”であると

明かされたが、それは台湾が独立を宣言したような場合で、想定の2026年では起こりえ

ないのではないだろうか。

詳細は分からないが、本国では私有地を持てない中国人や法人が近年日本のあちこちで

不動産を購入しているという情報がある。それ等の動きが拡大すれば、やがて中国に大

義名分を与えるような事態に発展する恐れがないとは言えない。やはり心配なのは沖縄

である。沖縄の情報環境は特異だ。沖縄以外の都道府県では、全国紙の比率が結構高い

が、沖縄では二つの地方紙、「琉球新報」と「沖縄タイムス」が約15万部ずつで2分

し、他を寄せ付けない。全国紙を買うことは出来るが、「日経」以外は数百部のレベル

である。しかもこの2紙は「反米・親中」で一致しており、競うが如く「反米軍基地闘

争」の先頭に立っている。数々の誤報や恣意的な報道も問題となってはいるが、朝日新

那覇総局が「沖縄タイムス」本社ビルに居候している現状ではいかんともしがたい。

全国紙各社には、デジタル発信を含めこの特異な環境の壁を打ち破る責務がある。

 

支持率低下に悩む岸田内閣が「聞く」から「話す」へと態度を変えた。

打ち出した2大方針が「大幅な防衛費増額」と「異次元の少子化対策」である。

しかし、その内容がイマイチはっきりしない。防衛力については、どうやら「継戦能力

の増強」と「反撃能力の獲得保有」を指向しているようだが、果たしてそれは正しいの

だろうか。ウクライナ戦争において、ウクライナに反撃能力(敵基地攻撃能力)がない

わけではない。しかし、国境を越えてロシアの基地なり拠点なりを攻撃することはしな

い。しないというよりできないのである。それが、核を持つ国に対する持たざる国の限

界だ。”ロシアは劣勢になれば核を使用するかもしれない”という強迫観念は常に付きま

とい、これを排除するには、核を持つか確かな核の傘に入るしかない。だからこそ、プ

ーチンはウクライナNATO入りする前に行動を起こしたのである。

中国についても、台湾を統一する前に日本を本気で攻撃することは考えにくい。その意

味で台湾は紛れもなく日本の防波堤になっている。しかし仮に台湾有事に、例えば沖縄

で基地使用反対運動などが激化し在日米軍が行動できなければ、中国は容易に目的を果

たし、次には沖縄がターゲットになるだろう。

日本の防衛力整備の主眼が「抑止力の増強」にあるのであれば、それはやはり日米同盟

の強化であり、そのためには「沖縄の安定」と「日本核武装論は暴論か(2022.5.15)」

で述べたような「制海力」=超具体的には米空母の行動自由確保と潜水艦の増強が鍵に

なると思う。防衛費もその方向で整備すべきではないだろうか。

昔も今も日本の防衛は「海」なのである。

長くなったので、「異次元の少子化対策」については、別途考えることとする。

                         2023.01.21