樗木(ちょぼく)の遺言と爺怪説

愛国的好奇高齢者の遺言と違和感をエッセイ風に・・・

首相公選制を再考する(J-104)

あまりホットな話題ではないが、今世界で起きていることと無縁ではないとも思うの

で、この際「首相公選制度」について再考してみたい。

このテーマは、私の頭の中では賛否いずれの引き出しにも収まらず、長らく一時保管箱

に入れられたまま放置されてきた。というより、停滞する日本のカンフル剤になるかも

しれないこの制度改革に対して、識者も国民もすっかり熱が冷めてしまっている。

今なお旗印に掲げているのは「維新の会」だけかもしれない。

 

首相公選論が初めて登場したのは、戦後まもなくの1945年のことだ。新憲法制定のため

に組織された「憲法問題調査委員会」において、野村淳治東大名誉教授が提案したのが

始まりらしい。

その後、1961年に中曽根首相が提唱したことがあるが、大々的に検討されたのは2001年

小泉首相が私的諮問機関として立ち上げた「首相公選制を考える懇談会」においてで

ある。この懇談会は佐々木毅東大総長を座長とする11名の有識者たちで構成され、12回

の会議を経て1年後に報告書を提出した。

報告書では3つの案が提示され、それぞれの特徴や実現するための要件などが述べられ

ているが、最初から特定の案を推奨したり優劣を論じたりするものではなかった。

三つの案を簡単にまとめれば次のようなものとなっている。

 

第Ⅰ案:国民による直接選挙(大統領制に近い)

    立法と行政の厳格な分離(閣僚は国会議員との兼務不可)

    任期4年、3選を禁止

    首相の権限は強化されるが、議会とのねじれ現象が起きやすい

第Ⅱ案:議院内閣制を前提にした首相統合体制

    首相候補者を明示して衆院選を行う。(衆院選が事実上の首相指名選挙に)

    閣僚は基本的に国会議員から指名

第Ⅲ案:現行憲法の枠内における改革案

    制度的な問題や慣行に関する課題を是正し政府と与党との食い違いをなくす

    具体的には・党首選出手続きを国民一般に開かれたものとする。

         ・首相の人事権強化

         ・政権担当中の与党党首任期規定の停止  など

 

首相公選制度の狙いは、首相のリーダーシップがより発揮できるようにすることであ

る。端的に言えば、”決められる政治“への転換だ。私も以前は橋本徹氏などの口車に乗

せられてどちらかといえば賛成側にいた。ところが、不思議なことに議院内閣制を採用

している国の中で、首相公選制度を設けている国は皆無なのである。だから参考とすべ

きモデルがない。唯一1992年に公選制に変えたイスラエルは、予想に反して小政党が分

立して政局が不安定になり、わずか3年で元に戻してしまった。だからと言って、日本

もそうなるとは思われないし、イスラエルの失敗がこの議論に冷水を浴びせたわけでも

なさそうに思う。

問題は、先に紹介した「懇談会」が提示した3案のうちⅠ、Ⅱ案は憲法改正が必要で、

Ⅲ案はとても首相公選制とは言い難いからである。しかも、Ⅰ、Ⅱ案は、憲法改正に手

を付ける前に、参議院の在り方、衆参の選挙制度の在り方、政党法の問題を片づける必

要があるのだという。とてもじゃないが、今の政治家にそのような覚悟とエネルギーが

あるはずもなく、この問題はいわば”泣き寝入り“のかたちで火が消えてしまった。

 

しかし、最近になって私の考えは変わった。首相公選制はあまり良くないかもしれない

と思い始めたのである。逆に"箸にも棒にも掛からない”と思っていた第Ⅲ案を練り直

せば十分ではないかとも思うようになったのだ。

その訳は、ロシアと韓国にある。最近の両国の事情は、直接選挙でリーダーを選出する

政治形態のリスクを如実に表している。直接選挙によるリーダーの選出は、必ずしも適

格者が選ばれるとは限らず、強力な権限の付与は独裁を生む可能性が少なからずあると

いうことだ。

歴史における大いなる悲劇と無残な殺戮は、概ね独裁者によって演じられてきたと言っ

ても過言ではない。しかもそれらは、戦争よりもむしろ内部抗争や権力強化のためであ

ることが多い。

“もうそんなことは起こるまい”ということが何度も繰り返されるのが現実だ。

”災害は忘れたころに・・・”というが、”人災は忘れる間もなくやってくる”のである。

 

韓国では、激しい選挙戦を制した尹次期大統領が公約に掲げていた、青瓦台の移転を巡

りもめている。現大統領がその予算を認めないからである。彼自身が2017年の選挙で公

約していながらそれを破棄した移転問題であるにもかかわらず、最後の嫌がらせをして

いるわけだ。おそらく新旧大統領は、5月に交代した後の戦い(訴追)に向けて準備を

進めているところだろう。選ばれたとはいえ票差はわずかであり、議会との大きなねじ

れが残されたままで船出する新大統領の行く手は嵐の海だ。これほど国が真二つに割れ

てしまった原因の一つが、直接選挙によるリーダー選びだとすれば、そのリスクは避け

た方が賢明ではないだろうか。

一方ロシアでは、独裁政治に見られる典型的な弊害が明らかである。

国中が極端な情報コントロール下に置かれる中で、忖度と同調圧力が蔓延し、まるで

新種の恐怖政治が出現したかのようである。

しかしながら、世は諸行無常である。先に行われたクリミア併合8周年祝賀行事におい

て、プーチンが演説する場面を実況放映中突然画面が切り替わるというハプニングがあ

ったが、これを放送事故というのはかなり無理がある。いずれにせよ、プーチンの先は

そう長くはなさそうに見え、花束と拍手で見送られることにもなりそうにない。

 

というわけで、一時保管箱にあった「首相公選制度」は「反対」の引き出しにしまうこ

ととする。ただし、現状に満足しているわけではない。せめて、首相の任期中は与党の

党首指名選挙を控える程度の改革は進めてほしいものだと思う。首相や閣僚がコロコロ

変わるのは外交上も大きなマイナスだし、それを密室でやられるのも気分が悪い。

                         2022.3.26