樗木(ちょぼく)の遺言と爺怪説

愛国的好奇高齢者の遺言と違和感をエッセイ風に・・・

運も実力のうち(Y-35)

「勝敗は時の運」という言葉の通り、戦いに「運」はつきものです。

「運」はまた、様々な「選択」の場面にも姿を現します。

思えば「運」は、人生そのものに深く介入してくる不思議な存在です。

とはいえ、「運」をどうとらえるかは人それぞれです。

ある人は「運」の存在を積極的に認め「幸運」を期待します。またある人は、なるべく

「運」に左右されない自己を築こうとします。

しかし、どちらの側も「運」を思いのままに制御することは出来ません。

 

勝負の世界で、「運」の影響を最も受ける競技はおそらくゴルフでしょう。

気まぐれな風や、ほんの数センチの差で大きく状況が変わるこの競技は、なにがしかの

幸運に恵まれなければ優勝は難しいと思われます。ライバルのミスショットも、こちら

にとっては「幸運」です。

野球の世界はそれほどではないと思われますが、どうでしょうか。

MLBリーグチャンピオンが決まり、いよいよアストロズvsブレーブスによるワールド

シリーズが始まろうとしていますが、その裏でレギュラーシーズンのMVPに注目が集ま

っています。すでに予備選まがいの投票結果がスポーツ誌などで報じられ、大谷選手が

最も有力な候補者となっているようです。一時は、彼の所属するエンゼルスがポストシ

ーズンに進めなかったことや、自身に何もタイトルがないことなどの理由で疑問の声も

ありましたが、今はMVPを獲るかどうかよりも満票をとるかどうかに関心が移っていま

す。そこまでの支持を得ている理由として、セイバーメトリクスの指標で大谷選手が断

トツの一位になっていることが挙げられます。

セイバーメトリクスとは、あらゆるデータを統計的に分析し選手を評価する手法で、

WPA(Win Probability Added),REW(Run Expectancy Wins)、WAR(Wins Above

Replacement)などがあります。WPAは、プレーの前後で変化した勝利貢献度、REWは

プレーの前後で変化した得点期待値、WARはそのプレーを並の選手(最低年俸で獲得で

きるような)がこなした場合と比べてどれだけ勝利数を上積みしたかを示す数値だとい

うのですが、統計処理というだけで計算の詳細は分かりません。しかし、まるで大谷選

手を評価するために生まれたかのようなこの3つの指標すべてで、彼は一位なのです。

これらの指標は、従来の防御率や打率などとは違い、勝利貢献度をより重視すべきだと

いう考えに基づいています。負け試合のホームランよりサヨナラヒットの価値が高いと

いう考え方です。試合を決めるようなチャンスは平等ではないので、より「運」の要素

が大きくなっています。また、エンゼルスはシーズンを通して活躍した主力がいなかっ

たために、大谷選手にポイントが集中した面があるともいわれます。強いチームは当然

選手層も厚く、ポイントが分散するというわけです。だとすれば、これもいわば彼の

「運」の一つに数えられるのかもしれません。

 

では大谷選手自身は「運」についてどう考えているのでしょうか。

ここに、大谷選手が高校1年生のときに作成した「目標達成チャート」があります。

それは、1939年生まれの松村寧雄という人が自己啓発や集団の目標管理のために考案し

た「マンダラチャート」と呼ばれるものです。

現在も手帳などの形で販売されているので見たことがあるかもしれませんが、大谷選手

はどこかでこのマンダラチャートに出会ったものと思われます。

詳細はネット等で調べていただくとして、このチャートの仕組みを簡単に説明すると、

まず3×3の9個のマスを作り、その中央に最終目標を書きます。そして残りの8個のマス

に、中央の目標を達成するための要件・手段を書き加えます。

大谷選手のチャートはこのようになっています。

 

         

 

体づくり

 

コントロール

 

キレ

 

メンタル

ドラ1

8球団

スピード

160㎞/h

 

人間性 

  

  運

 

変化球

 

この図から、彼が掲げた目標はドラフト会議で8球団の一位指名を受けることが最終目

標であったと分かります。なぜ8球団かと言えば、89‘年の野茂、90’年の小池選手がこれ

までの最高8球団であったからでしょうが、気持ちとしては以上がついていたかもしれ

ません。この時点で彼に二刀流の意識はあまりなく、投手としての成長を意識していた

ものと思われます。

この9個のマスが埋まったら、次は8個のそれぞれを中心において、例えばコントロール

なら、体幹強化とか下肢の強化と言った要件が周囲のマスを産めます。そうして合計

9×9=81個のマスを埋めてこのチャートが完成するわけです。

もう一度9個のマスをご覧になってください。彼は最初の9個のマスの中に「運」という

要件を挙げています。そしてこの「運」をたかめるためにやろうと決めたことを掲げて

いるのです。その表がこれです。

  

      

 

あいさつ

 

ゴミ拾い

 

部屋掃除

 

道具を大切に

 

  運

審判への

態度

 

プラス思考

応援される

人間になる

 

本を読む

 

MLBでは、大谷選手のゴミを拾う姿や、審判への態度などが話題に上ったこともありま

したが、実はそれらは高校時代からの習慣であったということなのです。

彼ほどの才能を持てば、“俺には運など関係ない”と考えてもおかしくはないと思います

が、実際の彼はそうではありません。あくまでも謙虚で、体力や技術と同じように

「運」を高めることもまた努力目標として設定されているのです。

 

大谷選手が「運」を高める要件に挙げている事柄をもういちどじっくり眺めてみると、

それらは、“縁を大切にする”という言葉に置き換えられるようにも思います。

生涯を通じて出会う様々な縁、よき師、良き友、よき書物、そして仕事や伴侶まで、

それらの「縁」は「運」でもあります。

大谷選手がマンダラチャートに出会ったのも一つの良き「縁」であり「運」なのです。

しかし、「運」はつかみ取れなければ逃げてゆきます。

”運も実力のうち“という言葉は、「運」を生かすことができるのも「実力」であるとい

うことなのかもしれません。

現在の大谷選手が新しいマンダラチャートを描いているかどうかは知る由もありません

が、もしそうだとしたらその真ん中にはどのような目標が設定されているのでしょう。

例えばそれがMVP8回と書かれていたとしても、今はそれを笑う人はいないのではない

でしょうか。

                           2021.10.25