樗木(ちょぼく)の遺言と爺怪説

愛国的好奇高齢者の遺言と違和感をエッセイ風に・・・

同じ釜の飯と頂芽優勢(Y-66)

海上自衛隊のヘリパイロットから、縁あって三菱重工のテストパイロットに転職し、そ

れから10数年経過したころの話です。

三菱重工には知る人ぞ知る「社是」があり、その第一番目には

  • 顧客第一の信念に徹し、社業を通じて社会の進歩に貢献する

と謳われています。

転職の際には複数の人から、“官から民へ意識を変えて”というアドバイスを貰いました

が、私はこの社是のおかげでその必要はないと思いながら勤務していました。顧客は自

衛隊であり言い換えれば日本国であったからです。

ある日のことです。

私の事情をよく知るある技術者(N氏)が、こんな風に話を切り出してきました。

自衛隊の同期の皆さんの絆の強さにはいつも驚かされます」

「どういうことですか」と尋ねると、

「M(私)さんの後輩だと思いますが、自分たちの同期生の一人を『あいつは素晴らし

い、同期生の希望の星だ』みたいなことを皆が言うんですよ。悪口を言う人はひとりも

いないんです。民間なら同期生はライバルですから、あんなふうな関係は生まれませ

ん。ちょっとうらやましくもありますね」というのです。

実際には、もっと長々とその経緯を話してくれたのですが、要約すればそんなところです。

「そこにはまあ“同じ釜の飯効果”と“頂芽優先現象”があるでしょうね」と答えると、

「それはまたどういう意味ですか?」と聞いてきます。

「同じ釜の飯というのは、文字通り共同生活の歴史があるということです。つまりガラ

ス張りのような環境の中で、それぞれの資質や性格、リーダーシップの有無などが浮き

彫りになります。だから、誰もが認める奴というのが自然に形成されることが多くなる

んじゃないですかねえ」

「なるほど。で、もうひとつはなんでしたっけ?」

「頂芽優勢です頂芽というのはてっぺんの芽という意味で、植物にみられる性質です。

たとえばひまわりや朝顔なんかでは茎の先端にある頂芽だけがぐんぐん伸び、側芽の成

長は抑えられます。成長を促すのはサイトカイニンという物質ですが、一方頂芽からは

オーキシンという物質が側芽に送られてこれが側芽の成長を抑制します。人間社会でも

よく似た現象があって、最初に頭角を現した人には、頂芽に養分が優先的に送られるの

と同様に、優先的にチャンスが与えられることが多いのです」

「しかし、チャンスを与えるのも評価するのも、それは教官や上司であって同期生では

ありませんよね」

「その通りです。”同期の星”が常に頂芽になるわけではありません。Nさんがお知り合

いになったクラスは、たまたまそれが一致しているというケースなんでしょうね。実は

頂芽にはリスクも多いのです。植物なら虫や獣に食べられることもあるでしょうし、人

間社会では部下のミスや不祥事に足を掬われることもあるでしょう」

「頂芽が挫折するとどうなりますか」

「頂芽がだめになると、頂芽からのオーキシンが送られなくなりますから側芽のどれか

が頂芽になってどんどん成長するようになります。花づくりで行う“ピンチ”はこの性質

を利用して分枝を増やす作業です。人間社会も同じで、先頭を走っていた人が失脚する

と誰かが取って代わるわけです。それは組織的にみると案外うまくいっているケースも

多いのではないでしょうか。地位が人を創るという言葉の通りですね。同期生からする

と、ようやく同期の星が頂芽になったと喜んでいるケースもあるでしょう。実はです

ね、“種”にも面白い性質があるんですよ。花の種などを撒いてみると分かるんですが、

品種による差異はありますが、同じ環境のはずなのに何故か芽は一斉に出てこないので

す。おそらくその直後に霜が降りたり何かに食べられたりして全滅するというリスクに

備えているのです。何もなければ、あとから出てきた芽は太陽の光をさえぎられてあま

り育ちません。しかし、先に出た芽が何らかの理由で失われると、見事に取って代わり

ます。まるで大器晩成のごとくです。さきほど品種による差異があると言いましたが、

たとえばカイワレ大根をみてください。ほぼ均一に育っています。野菜などはこのよう

な形になることが多いのです。人の手による品種改良は植物が持っていた本来のリスク

に備える能力を失わせているかもしれません」

「なるほど、なんとなくMさんのおっしゃりたいことが読めてきました」

「そうです。歴史的に見ると、まるで誰かがシナリオを描いたかのように、その時代そ

のタイミングに必要な人物が登場してきますが、近年だんだんとそれがなくなってきて

いるような気がしませんか」

「人類の野菜化現象ですか」

「うまいこと言いますね。野菜というのは個性があってはいけませんからね。曲がった

キュウリは売れません。それどころか大きすぎるキュウリもだめなんですから」

・・・・・・・・・

こんな昔話をふと思い出したのは何故なのかわかりませんが、きっかけは都知事選挙

ったような気がします。都知事選は、メディアの視点は「与野党対決」でしたが、野党

の星蓮舫氏は”2位じゃダメ?“どころか惨敗(3位)に終わり、2位の座は石丸氏に奪われ

ました。石丸氏は、人口わずか3万人足らずの元安芸高田市市長で、議会との激しいバ

トルがネット社会で拡散したことで有名になり、任期途中で投げ出して都知事選に立候

補した人物です。目立った実績はなく、少子化対策に”一夫多妻制度“を挙げるなど、た

だの”目立ちたがり屋”かと思わせるようなところがあります。しかし、多くの若者たち

は彼を”希望の星“に見立てるしかなかったのかもしれません。

今、日本の政治・経済界には“希望の星”が見当たらないのです。

その原因を考えるとき、またまた頭に浮かぶのが”同じ釜の飯“と”頂芽優勢“です。

45年前、松下幸之助が「松下政経塾」を開設したとき、明治維新における「松下村塾

を連想したのは私だけではなかったでしょう。この塾から新しい日本のリーダーが生ま

れそうな期待感が間違いなくありました。以来50人を超える国会議員を輩出し、1期生

の中からは野田佳彦首相も生まれました。しかしながら、松下政経塾出身者としてのま

とまりがあるようには見えません。最大のチャンスは「日本新党」が結成されたときで

したが、その新党の党首は身内のスキャンダルが報じられると、支持率が高いままなの

に政権を投げ出してしまいました。そして、それに代わるべき“側芽”も控えていなかっ

たのです。

既得権益の塊とも言うべき自民党からは公認・推薦を受けられず、卒業生の多くは民主

党系の政党に頼ることとなり、寄せ集めの野党第一党の右派に属しながら離合集散の波

間に沈んでいます。既に相当の勢力になっているのですから、新党の名乗りを上げるか

維新の党を乗っ取るくらいのことは出来そうなんですが、そんな勢いは全くありませ

ん。入塾者もはじめの頃は各期15名程度で総勢60名を超えるほどの盛況でしたが、現在

は42~45期の20名に減少しています。この先もあまり期待は持てないような気がします。

その原因はどこにあるのでしょうか。

これはあくまでも想像ですが、共同生活をしているかのように見えて、実は塾生同士の

緊密度案外低いのではないかと思うのです。つまり同じ釜の飯効果が出ていないと思う

のです。現在首相候補に名乗りを上げているのは5期の高市早苗氏一人ですが、応援団

が見当たりませんね。この政経塾の塾生としての生活や研修の詳細は分かりませんが、

塾生を限界まで追い詰めるような修行的な教育訓練の場はあるのでしょうか。それがな

いと”絆“は生まれにくいのです。

極端な言い方になりますが、“教育は平等である必要がない、頂芽優勢の原理を取り入

れよ”と考えてはどうでしょう。スポーツの世界における成功はまさにそれです。

今世紀を混迷の世紀と呼ぶ人もいるようですが、政治・経済・思想いずれの分野におい

をても、“よきリーダーがいない”という現実が、世界の危機に繋がっているような気が

してなりません。

                         2024.07.23