上下左右と言えば壁、前後左右と言えば地面といった平面における方向がイメージ
されますが、上(うえ)・下(した)前(まえ)・後(うしろ)・左(ひだり)
・右(みぎ)と読んだときは、自分を中心とした立体的な方向が浮かんできます。
それらの方向は、自分の姿勢によって変わるので、東西南北のような意味はないの
ですが、かといって、単に方向を示すだけでもないように思います。
たとえば、上下・前後には、時間的・空間的な広がりとともに、順序・優劣や対立の
イメージがあります。一方、左右のイメージは少し違って、もっと近く仲間的な
ニュアンスがあり、またバランスとか傾きを連想させます。
では、左右には上下や前後のような順位や優劣はないのかというと、実はあるのです。
左右の優劣
律令制度では「左」が上位とされていました。左大臣と右大臣とでは、左大臣の方が
上位でした。
これは律令制度が伝わった唐の時代、天子は南を向いて座るので太陽が昇る東(左)
を上位としたことに倣ったものと言われています。現在でも、貴族院(現参議院)の
配置、大相撲の東方、舞台の上手、あるいは典型的な例としてひな人形の「京雛」の
配置などに、その名残をとどめています。(ただし現在の主流関東雛はお内裏様が右)
ところが、その前の漢の時代には「右」が上位とされていました。
「右に出るものがない」「最右翼」「左遷」といった言葉はその名残かもしれません。
実は、現代も「右」が上位で、天皇陛下は右側にお立ちになられます。
いつからそうなったのかというと、明治期は右上位の西洋の儀礼が取り入れられ、両者が混とんとしていたようですが、大正天皇が即位の礼に際して右にお立ちになったことで一気に「右上位」のルールが定着していったと言われています。
そんなことなどつゆ知らぬはずの、現代の若者たちも、上司と並んで写真に納まる際には、自然に左に並んでいるような気がしますが、無意識のうちにそれが見についていて、そうでないときっと違和感があるのでしょう。
他にも、うまくいっている時を「右回り」そうでない時を「左回り」、或いはちょっと変な人を「左巻き」などと言いますが、これはおそらくネジの原理からきているのだと思います。
また、いわゆる“酒飲み”のことを「左党」と言いますが、これは大工道具の「ノミ」を左手に持つことから、「飲み」⇒「ノミ」=「左手」に引っ掛けた隠語です。
左翼と右翼
「左」と「右」は政治的立場の表現にも使われます。
「左翼」、「右翼」という言葉は、一般的にはあまり使用されなくなりましたが、
SNS上では、お互いを罵る言葉として好んで使われており、ネット上では中学生など
の質問が数多く見られます。それに答える親切な人もまた数多くいるのですが、それ
らは、いわゆる極左・極右の説明であったり、あるいは単に左翼=変化させたい人、
右翼=変化させたくない人、と断定したりで、かなりいい加減です。その原因の一つ
として、左翼と呼ばれる思想には、進歩主義、社会主義、共産主義、アナーキズムと
その派生があり、右翼と呼ばれる思想には、保守主義、反動主義、国家主義、ファシ
ズム及びその派生などがあって、一様に定義することができないこと。そして、それ
らの名称そのものが、主として左サイドの人たちによって名付けられた名称であるこ
とによる先入観と誤解があるように思います。
もともと「左翼」という言葉は、フランス革命期(1790年代)に、急進派のジャコバン党が、議長席から見て左側に陣取ったことに端を発しています。
フランス革命は、一旦は成功し、欧州を中心にそれまでの絶対王制や専制君主制から
共和制への流れが生まれます。一方経済的には、1960ごろにイギリスで始まったとさ
れる産業革命から資本主義が発達します。
そして、そのような背景のもとでマルクス主義が誕生します。
詳しくは分かりませんが、マルクス主義の究極の目標は「国家の死滅」だそうです。
アナーキズムと違うのは、その過渡期においては、残存する資本主義を根絶させる
ために「プロレタリア独裁」が必然だとしているところです。
なんだか詐欺師のような理屈ですが、中国政府が恥ずかしげもなく自国を「発展途上」と言ったり、解放闘争とか革命軍といった用語を好んで使うのもそのためで、嘘や冗談ではないのでしょう。
然し近年の中国の実態は、極右の代表とも言われた帝国主義あるいはファシズムそのものと言ってもおかしくありません。
中華人民共和国とは”看板に偽りあり”で、「支那共産帝国」か「大中華共産帝国」
あたりに改名し、ついでに英語表記のThe People’s Republic of China も
The Great Commune of China あたりに変えた方がよいのではないかと思うのですが、
そんなことを云うと「お前は右翼だ」と言われますかね・・。
2021.1.7