樗木(ちょぼく)の遺言と爺怪説

愛国的好奇高齢者の遺言と違和感をエッセイ風に・・・

記憶は自分好みに変化する(Y-17)

 

前回(Y-16)で、「NOと言わない人生もある」を書きましたが、

かなり古い記憶がベースとなっているので、少々気になって

「『NO』と言える日本」を取り寄せ、読み返してみました。

記憶とはー“私の”と云うべきかもしれませんがーいい加減なものです。

 

実は、「NOと言える・・」は、

石原さんの方にあると思っていたのですが、そうではなくて

盛田さんのエッセイにありました。

しかもその主張は、

「NOと言えない状況に身を置くな」という意味ではなく、明らかに

積極的に「NO」を言うべきであると書いてあるのです。

盛田さんは、

「NO」はむしろ相互理解を深めるためのスタートであり、

外国との交渉において「以心伝心」を期待してはいけないと述べています。

まあ、日本の外交下手を嘆いている点などは、

私の前回のブログとそんなに大きく違っているわけではありませんが、

肝心の部分がずれているので、お詫びをして訂正いたします。

また、盛田さんは「消費税こそ最も公平な税制である」と主張していて、

私の考えがそちらに傾いたのは、この本の影響かも知れません。

 

1979年に、エズラ・ヴォ―ゲルが書いた

「Japan as Number One: Lessons for America」

がベストセラーになったように、

この時代は、日本の半導体や電化製品・自動車などが絶好調で、

日米貿易摩擦の緊張が高まり、アメリカからの不満や、

恫喝ともとれるような要求が顕在化していました。

そういった事情と、石原さんが総理を目指していたことが、

この本の背景にあったことも考慮されるべきかと思いますが、

その後、盛田さん以外の人と組んだ”続編“と、前回紹介した

ような”悪乗り本“は、あまり売れなかったようです。

 

実は「NOと言える日本」を読み返しているとき、

コロナのせいか、ある言葉を思い出しました。それは

 「国家将に興らんとするや、必ず禎祥あり。

 国家将に滅びんとするや必ず妖孼(ヨウゲツ)あり」

というもので、

中西輝政さんが書いた「国まさに滅びんとす」の冒頭に出てくる

「中庸」の言葉です。

国が興隆するときは必ず好ましい兆候があり、

滅びるときは必ず不吉な前兆があるという意味だそうです。

その「妖孼」の例として、「疫病の流行」が書かれてなかったかなあ

と思ってその本を手に取ったのですが、最初に開いたページは偶然にも

しばらく探していた記事のある頁だったのです。

それは日本の外交下手の例として挙げられてもよさそうな事実で、

中国・清朝の時代に起きた「義和団の乱」(1900~01)に関するものです。

詳細は省きますが、

このとき世界の列強が鎮圧のために援軍を派遣しました。

探していたのは、乱を平定した後の各国の賠償金の要求額で、

下表のとおりです。

尚、妖孼の例としての「疫病の流行」はありませんでした。   

  義和団の乱平定後列強が清朝に要求した賠償額(円換算)

 

国名   派遣兵員数   砲   要求額  一人当たり要求額

露    4,000 人    16   1.8億円     45,000 円

独      200       0     1.3      650,000

仏     800          12   1.0      125,000

英     3,000         12    0.7       23,000

日   10,000            54    0.5         5,000

米     2,000          6    0.45          22,500

伊     100         0    0.38        380,000

 

全体の約半数にあたる兵力を派出した日本の要求額は、

距離が近いという事情があるにせよ、あまりにも低い数値で、

おそらく兵員の給料は含まれていないのでしょう。

米英は一応計算の根拠がありそうですが、露・仏は割増、

独・伊に至っては“ぼったくり”以外の何物でもありません。

 

さて、この表をみて私たちはどう考えればいいのでしょうか。

やっぱり昔から外交下手なのだと認識すべきなのでしょうか。

私はそうは思いません。

むしろ、“あっ晴れではないか”と思うのです。

ただ、外国との付き合いは、

こういう連中(失礼)との付き合いであるということを

十分理解しておかねばならない ということだろうと思います。

このデータも、もしこの本を読み返す機会がなかったら、

いつの間にか私の記憶の中で、好きなように変化していたかもしれません。

ドイツがこれほどの”ぼったくり”を企んだという記憶はなかったのです。

同じ本を読み返すことは、いいことがいろいろあるのです。

                      2020.05.19