樗木(ちょぼく)の遺言と爺怪説

愛国的好奇高齢者の遺言と違和感をエッセイ風に・・・

コロナの効用 (J-11)

敢えて、袋叩きになりそうな題をつけたが、それには理由がある。

いつの時代にも変なことをいう輩がいるが、そのすべてが必ずしも

“悪”というわけでもなかったし、むしろ私はそんな人が好きな性格

だからである。

そしてときどき、そんな人の真似をしてみたくなるからである。

 

新型コロナウィルスは世界中で猛威を振るい、遂に我が日本でも

「緊急事態宣言」が発せられる事態となった。

しかし、志村けんショックなどもあるにせよ、

今一度冷静に眺めてみると、死亡者の数は案外少ない。

 

総務省統計局のデータによると、令和2年の予想死亡者数は

1,414,000人である。これに最近の肺炎による死亡率 

7.2%をかけると、”今年10万人の人が肺炎で死ぬ”

と予想されていることになる。

仮にコロナで1万人が亡くなったとして、肺炎による死者は

11万人、一割増というわけだ。

一方、コロナ騒ぎによるかどうかは定かでないが、インフルエンザ

の流行は例年より抑えられている。

したがって、医療崩壊を防ぐことができれば、全体の死亡数は

当初の予想以下に収まる可能性がある。

つまり、コロナのおかげで死者が減るかもしれないのだ。

これが、第一番目に挙げられる“効用”だ。

 

たしかに、経済へのダメージは大きい。

しかしこれも、見方を変えれば悪いことばかりではない。

その一つは環境問題である。

現在世界中で、CO2PM2.5、水質、騒音といった

環境汚染の問題は著しく改善しているはずである。

そうでなければ、いわゆる“環境活動家”たちは

嘘を並べ立てていることになる。

環境改善の努力を評価するのにはいい機会だ。

 

次いで、経済活動における構造改革が促進される可能性が高い

ということが挙げられる。

製造業のロボット化、流通業の自動化、テレワークの拡大等々である。

そして、皮肉なことに、そう遠くない将来において、

今回 営業自粛の対象とされた業界の方が、

人間のする仕事として残されるのかもしれない。

 

最後に、経済至上主義と一極集中への反省だ。

むかし、誰かのエッセイで読んだのだが、

“子供のころ、台風が来ると父は家のあちこちを補強し、

母は「おむすび」などをつくり、

停電になればローソクの周りに皆が集まり、

嵐が過ぎるのをじっと待った。

その時をとても幸せに感じたことを思い出す“

といった内容であった。

今回のコロナ騒ぎで、もしかするとそれに似た経験をして、

家族の価値、あるいは幸せの本質といったものを

あらためて見直している親子がいるかもしれない。

                   2020.04.10