樗木(ちょぼく)の遺言と爺怪説

愛国的好奇高齢者の遺言と違和感をエッセイ風に・・・

ウィルスプラネット(J-116)

 

新型コロナの感染が第7波に突入し、過去最大の大波となっている。

7月23日には1日の感染者数が20万人を超え、そろそろ下がり始めてもよさそうなものだ

が、今日も各地域で最多記録更新が続いている状況だ。

だが世界を眺めてみると、このような局面にあるのは日本だけのように見える。米欧の

感染者数そのものは日本とそう変わらないレベルではあるが、グラフで見れば低いとこ

ろでの横ばい状態である。これらの国々はすでに“ウィズコロナ”状態であり、行動制限

などはほぼ撤廃されている。共通しているのは、どの国も少し前に感染急拡大の大波を

経験していることだ。ならば日本も今回の大波を経て、米欧よりも一段と低いレベルの

横ばい状態を迎えるということなのだろうか。そして、執拗に”ゼロコロナ政策“を続け

る中国だけが、取り残されるのかもしれない。

思い出すのは2年半前である。

日本に最初のコロナ患者が出たのは2020年2月1日で、同じ日に韓国でも1人の患者が出

た。この時中国は291人、中国の数字は常に怪しさを伴うとしても、まあその程度であ

る。それが世界の合計だ。

このブログを開設したのはちょうどその頃で、3月9日に発信したJ-1 (爺怪説―1)の

題は「COVID-19は最強か」となっている。この日の感染者数は、日本が28人累計527人

であるが、中国は36人累計80735人と早くもピークを過ぎて収束の気配である。以来、

コロナに関連したブログ発信はおそらく30回以上になるだろう。

当時、専門家たちの多くは、マスクは無効である、手を洗えと口をそろえていた。

日本の感染状況が際立って穏やかであることに対する謎解きがしばしば話題になり、私

も悪乗りして、“花粉症”や”腸内フローラ”との関連性があるのでは?などと発信したこ

とがある。しかし、今もって日本の特異性は解明されていない。

このころ、最大の関心は東京オリンピックを予定通り開催できるかどうかに向けられて

いた。コロナの今後の見通しについては様々な見解や意見が登場したが、それらの多く

は間違っていた。そして、半ば顰蹙を買った最も厳しい見通し-つまるところ集団免疫

が形成されるまで感染は続く、3年程度は覚悟する必要がある-という説が結果的に正

しかった。そういった見解を述べていたのは、医療関係の専門家ではなくウィルスの専

門家や歴史学者であった。

2年半を過ぎた今、初期とは比較にならないほどの感染拡大の真っただ中にありなが

ら、かくも平静でいられるのはなぜだろうか。その最大の理由はワクチンだとして、も

う一つ「情報の共有」も重要な要素としてあげねばなるまい。2020年の日本全体の死亡

数はコロナ以前に予想されていた数値を下回った。コロナが新たな死因として登場した

にもかかわらず、全体の死者数は増えなかったのである。つまり、他の死因―インフル

エンザなどーを減少させた効果の方が大きかったということになる。ウィルス学者が予

想したように、新型コロナは概ね弱毒化の方向に変異を重ね、かつて火葬場への順番を

待つために並べられた袋詰め遺体の海外映像を目にしたころの恐怖感は消え去ってい

る。人々はウィズコロナの意味を理解したかのようである。

そんな中で、7月23日に放映されたNHKBS1コズミックフロントには驚かされた。

そのテーマは「ウィルス・プラネット」である。“地球はウィルスの支配する惑星”とも

読める表題からして、かなり挑戦的なのだが、“雲をつくって天候を左右し、海の異変

を終わらせ、温暖化をも抑制し、ウィルスがいなかったら哺乳類は生まれてこなかっ

た”というその内容は、ウィルスのことが少しわかってきたつもりの私には衝撃的であ

った。映像で説明されると、その時はなんとなく理解したつもりになっても実は分かっ

ていないことが多いので、この際ざっと整理しておきたいと思う。

 

ウィルスとは何か

・ウィルスには、生物に共通する特徴、①外界塗膜で仕切られている。②代謝を行う。

③自分だけで複製を行う。のうち、②、③がないので生物ではないとされている。

しかしウィルスの定義は変化してきており、将来的には生物の仲間に加えられる可能性

が高いと思われる。

・ウィルスのサイズはとても小さく、30~400ナノメートル(1/30000~1/2500ミリ)

程度で、光学顕微鏡では姿を捉えられない。その存在が確認されたのは1898年である。

・ウィルスはいたるところに存在しすべての生物の10倍を超える。海水1mlに少なくと

も1000万個のウィルスが存在し、すべてを集めると10の30乗という膨大な量になる。

これはシロナガスクジラ7500万頭に匹敵する。

・風邪のコロナウィルス229E は1968年に発見され、今も病気を引き起こしている。

NL63というタイプは鎌倉時代に発生したとも言われている。

・今回の新型コロナはSARSRNA配列と酷似しており、「未知のウィルス」というより

は「SARSの弱毒型変異株」とでもいうべき存在である。(京大、宮沢孝幸)

 

海の生態系維持

赤潮ヘテロシグマという植物プランクトンが異常増殖することで起きる。この赤潮

突然消滅するが、その原因はプランクトンがウィルスに感染して死滅するからである。

しかし、ウィルスは宿主を全滅させることはしない。あたかも共存関係にあるように見

えるが、そのメカニズムはまだ解明されていない。

 

地球の水循環

雨は地表に降り注ぎ川となって海に流れる。そして蒸発して雲を形成し再び雨となって

地表に降り注ぐ。これが地球の水循環である。このシステムがなければ多様な生物が生

きることは難しい。実はこの水循環システムにウィルスが関係している。

赤潮と違い白潮を引き起こすのは「円石藻」という名の植物プランクトンである。これ

がウィルス感染により死滅すると、その殻が分解し飛散して空中に漂う。この小さな粒

子が水滴の核となって雲を形成する。つまりウィルスは間接的に水循環に寄与している。

 

温暖化の抑制

海の表層(光が届く上層)には植物プランクトンがいて、海水に溶け込んでいるCO2 

と太陽光を利用して有機物を合成する。つまりプランクトンはCO2 を取り込み、その分

だけほぼ飽和状態にある海水に、新たにCO2を溶かし込む余裕を生じさせる。光合成

よりCO2を取り込んだプランクトンがウィルスに感染して死滅すると、やがてそれらは

海底に沈殿し、結果としてCO2 (炭素)をため込むシステムとして機能している。

その現象を観察してマリンスノーと名付けたのは北大の井上、鈴木両先生だ。

地球温暖化の危機が叫ばれているのは、このバランス機能が追い付かないほどの温室

効果ガスを人間が排出しているということなのだろう。

これまで、海のCO2を固定してくれる主役はサンゴとばかり思っていたのだが、どうや

ら主役はウィルスらしい。

 

生物の進化への影響

ウィルスにはDNA型とRNA型があり、さらに細かく分かれて7つのタイプがある。

その一つがレトロウィルスと呼ばれるタイプで、時に感染した細胞のDNAを書き換え

るという特徴がある。それが普通の細胞なら一代限りでおしまいなのだが、生殖細胞

感染すると子孫に遺伝することになる。通常はそのようなことが起きないように生殖細

胞は強固に守られているが、恐竜絶滅の時代にむしろ積極的と思われるほどにレトロウ

ィルスの遺伝子情報を取り入れたことが在ると見られ、ヒトゲノムの実に8%がウィル

ス由来であることがわかった。この時期哺乳類はレトロウィルス由来の配列を利用して

急速に多様化したと考えられる。

「ウィルス・プラネット」という番組のおかげで「京大おどろきのウィルス学講義」を

読み返すことになったが、著者の宮沢先生は最後にこう記している。

“地球環境の変化の中で、生物とウィルスは何億年間も「共進化」の関係を続けてきた

可能性があります。その関係を探るためにこれからも研究を続けたいと思います”

ウィルスのことは、実はまだほんの少ししか分かっていないらしい。

しかしこれまでに分かったことからすると、ウィルスは生物の暴走状態を制御し、地球

全体のバランスを保つような働きをしているように見える。そして、環境の激変があっ

たときには、その環境に適応できるように生物の進化を促しているかのようである。勿

論それは生物のためというわけではない。生物なしには生きられない自身の運命であ

る。ときに人類がターゲットにされたかのような事象が発生するのは、そこに「人類の

暴走」が存在することの証なのかもしれない。

だとすれば、「ウィルスプラネット」も決してオーバーな表現ではない。

                         2022.07.28