樗木(ちょぼく)の遺言と爺怪説

愛国的好奇高齢者の遺言と違和感をエッセイ風に・・・

WBCの勝利と未来(J-131)

3月22日、マイアミで行われた第5回WBCの決勝戦で、日本代表「侍ジャパン」が前回

優勝の米国チームを下し頂点に立った。

その最後のシーンは、“歴史的な映像”としてこの先何度も目にすることになるだろう。

勝戦、日本は3-2と1点リードして9回表を迎える。この回を無得点に抑えれば優勝

である。最もプレッシャーのかかるこの場面で、マウンドに上がったクローザーは、

何とそこまでDHとして出場し、ユニフォームに泥を付けた大谷翔平だ。

そして自身初めてのクローザーに戸惑ったか、大谷は先頭打者に四球を与える。しかし

そこからは落ち着いて次の打者をを併殺に仕留める。あと一人、とはいえ最後に待って

いるのは、MLB最強の打者でありエンゼルスの同僚でもあるマイク・トラウトだ。

今大会で、野球ファンが最も期待したであろうシーンが、最後の最後に実現したのであ

る。アメリカのファンは勿論トラウトの同点ホーマーを願い、日本のファンは三振を期

待した。私の頭には、大飛球をヌートバーが好捕してゲームセットというイメージがち

らと浮かんだが、大谷は直球で追い込んだ後、大きく横に逃げるスライダーでトラウト

を空振りの三振に打ち取りゲームセットとなった。

この出来すぎたシナリオのような結末にファンは感動し、その余韻は1週間を過ぎた今

も続いている。おそらく、その熱を帯びたまま31日の開幕に繋がって行くのであろう。

大谷は全試合でヒットを放ち、先発した2試合の勝利投手となり、決勝戦では彼の野球

人生で唯一となるかもしれないセーブポイント1をつけ、まるで予定されていたかのご

とくにMVPを獲得してWBCを戦い終えた。

 

メディアはこの優勝を“侍世界一奪還”“3大会14年ぶり”と報じたが、この盛り上がりはそ

のため(奪還)ではない。ファンの心は“遂に真の世界一になった”という感覚である。

前回にも述べた通り、全力同士の戦いで、文句なしに勝ったという実感である。

第1回、第2回はいずれも1次ラウンドを2位通過しており、ベスト4までの戦績は3勝3敗

と5勝2敗で、当時の敗者復活というルーにより救われたものであった。今回の圧倒的な

7勝0敗とではやはり達成感に差がある。特に日本では決勝戦が対米国代表となったこと

で、熱狂ぶりも最高潮に達したわけだが、それを前回のブログでは、”米国が1Rでメキ

シコに敗れたための成り行きで”と書いた。が、実はそうではなかったらしい。

WBCの公式サイトには、“米国が勝ち上がった場合、1次ラウンドの順位にかかわらず、

準々決勝は17日(日本時間18日)、準決勝は20日(21)に行う”という注釈があっ

たと栗山監督自身が述べている。監督は“結果的にはよかったけれど”と多くを語ってい

ないが、監督がもっとも頭を悩ませたのは、おそらく投手起用それも先発の順番であっ

たに違いない。大谷はMLBの開幕戦に投げることが決まっていて、マイアミでは投げさ

せられない。(最後の登板については、前日に大谷から投げたいと相談があり体調が万

全なら野球界のために投げなさいと即答したと後にミナシアンGMが明かした)

米国と当たるのは準決勝の可能性が高い。この二つの条件から、初戦と準々決勝大谷、

準決勝を佐々木・山本という構想がまず監督の頭にあったのではないだろうか。

もしその運びで進んだとしたら、準決勝は19日(20)日本対アメリカ、20日(2

1)メキシコ対キューバとなって、違う結果になっていたかもしれない。実際に行われ

た日程の方が自然なので、あの注釈は何だったのか少々気になるところだが、もし日本

が敗れていたらひと騒ぎあったかもしれない。

 

今回のWBCは、一流選手が集結したことで著しく注目度が上がったが、世界的に見れば

野球はそれほどポピュラーではない。世界ではサッカーが圧倒的人気だし、アメリカ国

内でも人気の点ではアメフットやバスケットの方が上だ。日本での人気は高校野球にも

支えられてサッカーと人気を二分しているが、競技人口は徐々に減少しており、斜陽傾

向にあるというのが実情だ。今後の野球界はファンとしても気になるところである。

世界を見れば、野球はMLBが中心である。WBCにしてからが、MLBMLB選手会が主催

者なのだ。世界大会としては、オリンピックとプレミア12もあるが、これにはMLB

選手は出場しないので注目度には相当の開きがある。プレミアは“主要な”であり、クラ

シックは”最高の“だからネーミング通りだともいえる。

2006年から始まったWBCも、はじめのころはMLBの各球団が中心選手の拠出に消極的だ

ったので、日本や韓国が勝ちあがることが多かった。ところが今回はトラウトが真っ先

に参加を表明し呼びかけたので最高のチームが出来上がった。今回の侍ジャパンは、そ

のチームに勝利したのだから価値がある。

成功の要因はいくつかあるが、まずは選手の選抜が絶妙であったことだ。とくに投手陣

の充実ぶりは素晴らしく、全7試合のうち、準決勝のメキシコ戦以外の6試合すべてで先

発投手に勝ち星がついている。中継ぎ、抑えも崩れることがなかった。

打撃部門では、序盤ではヌートバー、近藤、牧選手などが活躍し、終盤にかけては村

上、岡本、そして大谷、吉田は終始好調を維持して、結果的には全員が輝いた。

その中で最も輝きを見せたのは、やはり大谷であった。

今も目に焼き付いているシーンがある。準決勝メキシコ戦の最終回である。

1点ビハインドで迎えた9回裏、3番大谷からの最後の攻撃、ここで大谷は初球のボール

気味の高い球を叩き落とすように強振、ヘルメットをかなぐり捨てて激走し、2塁上で

ベンチに向かって吠える。それに触発されたように、ここまで不振の村上が逆転サヨナ

ラ打を放って試合を決めるという場面なのだが、このときの大谷のヘルメットがふと昔

の記憶を呼び戻した・・・長嶋である。

1960ごろまで、プロ野球人気はそれほどでもなく、高校や大学野球の方が好きという人

も多かった。そこにインパクトをもたらしたのが長嶋である。長嶋がしばしば見せるヘ

ルメットや帽子を飛ばしての目いっぱいのプレーはファンの心をつかみ、結果として、

それはプロ野球全体の発展に大いに寄与することとなった。

♪ 背番号3 言わずと知れた おとこ長嶋イカスじゃないか・・♪

これは「男の友情背番号3」という歌の出だしなのだが、歌っているのは当時の大スタ

ーあの石原裕次郎なのである。

長嶋が日本プロ野球発展のキーマンになったように、個が全体の変革のきっかけをもた

らすことはよくあることだ。大谷にはその力があるのではないかと思う。

MLBには、サイヤング賞、ハンクアーロン賞、ルーゲーリック賞など、個人の名が付さ

れた賞がいくつかある。二刀流の大谷にとっては、これらの賞や、通常の個人タイトル

を取ることは容易ではない。

しかし彼が、二刀流を今後も続けるならば、自分自身が打ち立てた記録の数々を更新

し、複数回のMVPを獲得し、最後には「大谷翔平賞」が新設される可能性が高い。

WBCが終わった後、彼は“WBCの優勝は目標であった”とコメントしたが、彼にとってそ

れは単なる一つの成功体験であって、”夢の途中“であることに変わりはない。心は既に

次に向けられている。

彼がそのパフォーマンスをさらに向上させ得るかどうかは分からないが、ファンはもと

より彼自身がそれを期待しているので可能性は十分ある。可能な限り二刀流を続け、野

球以外の分野にも”大谷効果“が波及されることを願ってやまない。

                           2023.03.29