樗木(ちょぼく)の遺言と爺怪説

愛国的好奇高齢者の遺言と違和感をエッセイ風に・・・

敢えての安倍弁護(J-14)

このところ、識者の安倍政権批判が目立つような気がする。

その代表として二方のご意見を取り上げ、あえて反論してみたい。

 

まず、ファンの一人である私ながら、

「あれれ?」と思った文春オンライン(週刊文春4.9)の記事。

内田樹先生の

“「無策な安倍政権」を未だに支持し続ける人がいる理由”

から始める。

 

この記事は、いつもは控えめな表現が多い先生には珍しく、

“日本政府の対応は「サル化」の一例に過ぎない”という

吐き捨てるような一言で始まっている。

「サル」は朝三暮四の故事からとったものらしく、

“今さえよければよい”という風潮を表現したものだ。

 

次いで、“台・中・韓は感染拡大阻止に成功したが、

日本は何一つ成功していない。さいわい日本は深刻な感染爆発に

至っていないが・・“と中・韓を持ち上げ、

日本の現状は、単なる”さいわい”にすぎないと断定して、

“コロナが終息したとき、日本は先進国で最低点に近い評価を

覚悟しなければならない。(それに反して)中国は寛大で友好的な

大国というイメージが広がるだろう“と続き、

“それにしても、どうしてこれほど無能無策な政権が40%を超える

支持率を維持し続けているのでしょうか“と結んでいる。

このあとも記事は続くが、その大部分はこの記事を書く”言い訳“

のように読めるので省略する。

 

もう一方は、毎日新聞の火曜日のコラムを担当する

大治朋子専門記者の「火論」である。

実を云うと、私はあまり新聞を読まなくなっているのだが、

川柳とコラムだけはたいてい読んでいる。

とくに毎日新聞のコラム、月曜から順に、

「風知草」「火論」「水説」「木語」「金言」「土記」「時代の風」

と担当者が変わるコラムは、学ぶことが多く、

朝日風に言えば、かなり“エッジが効いていて” 面白い。

「火論」も普段はそれほどでもないのだが、こと安倍政権となると

“エッジ効きすぎ”感の強い記事となる。

4.14「火論」の題は、“首相の動画「炎上」に思う” である。

記事は“裸の王様”という言葉で始まる。

それが、星野源の「うちで踊ろう」に登場した安倍首相の

動画を見た時に浮かんだ言葉だというのである。

そして、“官邸側は過去最多の35万の「いいね」をもらったというが、

・・なぜ首相はこの「違和感」が読めない?“ から

“背景には「安倍一強」への慢心があり、日ごろから人の意見を

聞かない人が突然変わることがないように、多様な意見を反映する

思考を持たない政権に有事における国民の心理をはかるすべなど

あるはずもない“ と続き、

かくしてこの国には「悪魔の代弁者」が必要と考える。”

と結んでいる。

「悪魔の代弁者」とはあえて反対意見を言う役割を課せられた者

で、安倍政権は「忖度」ばかりだと批判しているわけである。

 

さて、この二方の意見、評価は分かれると思うのだが、

私は、あえてこの主張に反論し、安倍政権を弁護してみたい。

 

まず、二人とも大衆を馬鹿にしているところがある。

内田先生は、

“いまだにこの無能な政権を支持し続ける人がいる・・”と言い、

大治記者は“官邸側は過去最多の「いいね」をもらったというが・・”

という。

どうやら、二人とも 40%と35万のサイドにいる人々が、

お二方の主張に対して感じる”違和感”を読めないらしい。

 

次に、現政権の「無能無策」批判である。

たしかに、政府のコロナ対策に対する批判は、

あちこちに噴出している。そして、

その内容は “遅すぎる”と “甘すぎる” に大別される。

これに対する私の反論は、

「当初計画」と「法的不備」である。

 

思い出してもらいたい。

中・韓で感染爆発が起きた時 日本は、

「感染のピークをなるべく後ろへずらし、医療崩壊を防いで

死亡者を極小化する」ことを目標とした。

ここまでのところ、感染者数のカーブは想定に近いものだ。

絶対数で言えば、ついに韓国を越えてしまったものの、

10万人当たりのデータとしては、未だ感染者数では1/3

死亡者は1/2にとどまっている。

遅すぎる大きな理由は、“法的不備”によるものだ。

特措法は、2009年の新型インフル流行時に、

政府の要請・指示さえ法的根拠がないことが問題になり、

民主党政権下で成立したものだ。

この法律はまことに民主党らしく、言わば

“これ以上やると憲法違反になりますよ”という法律である。

新型インフルエンザ等」一つをとっても、それは

新型インフル+再興型インフル+感染症と厳密に定義され、

その中に新型コロナは含まれていなかった。

だから、特措法にコロナを付け加える法改正を必要としたのだが、

審議期間がないので10か月の「時限立法」として急いだ。

皮肉なことに、この法律ができたばかりに、政府の権限を

拡大するためには「憲法改正」しか手がなくなっている。

このままでは、

次も(あまり考えたくはないが)似たようなことになる。

そういったなかで、世論に”甘い“”遅い”と言わせながら、

それに押されたふりをして、政府は、何とかやりたいことを

こなしていると見ることもできるだろう。

 

さいごは大治記者の「悪魔の代弁者」云々である。

この記者は、一神教とくにユダヤ教の影響下では、

“満場一致を嫌う伝統”があることを忘れている。

もしくは 意図的に避けている。

その伝統思想とは、

”不完全な人間が全員正解を出すことはあり得ない。よって、

全員が一致した場合、それは間違いか熱狂に過ぎない”

という考え方だ。

だから、あえて反対意見を言わせる役者を指名するのである。

言論の自由が保障され、民主主義が維持されているならば、

内閣に「悪魔の代弁者」は必要ない と私は思う。

 

 要するに、このお二方は、誠に失礼ながら、

”私の意見と違う者はバカであり、

私の意見を聞かない人は、人の意見を聞かない人だ”

と主張しているのである。

 

それにつけても、この頃は、

何やかやと 維新の会の活躍ぶりが目立つ。

案の定、最近支持率を上げているのはこの党だけだ。

これには全く違和感がない。

                     2020.04.20