オリンピックをはじめ、楽しみにしていたことがことごとく先送りになって、何もいいことが思い出せない今年、最後に少しだけうれしいプレゼントをもらったように思う。
本来なら6月に行われたはずの全米女子オープンが12月開催となって、日本からは19人
の選手が出場したのだが、今シーズン不調にあえいでいた全英のスマイリング・シンデレラ渋野日向子が、やっと最後にいいものを見せてくれた。
予選ラウンドの2日間、渋野は自身が “全英の時よりもいい、120点!” と胸を張った
通り、ショット、パットともに好調で、初日ホールインワンで波に乗ったエイミー・
オルソンに首位を譲ったものの、2日目はその日のベストスコアー4で回り、トータル
ー7で2位に3打差をつけて首位に立った。
多くの有力選手が難コースにてこずり、リーダーズボードの上位には知らない名前が
並んだ。そして最終組の渋野は、なんとアマチュアの二人と回ることになった。
第3日のコースは、前夜の雨でぬかるんでいた上に、ピン位置も難しく、多くの選手がスコアを崩し、初日23人いたアンダーバーは4人しかいなくなった。
アマチュア選手に足を引っ張られるのではないかと心配された渋野は、泥がついた
ボールに悩まされながらもなんとか耐えて、この日3オーバーで単独首位をキープ
した。
3日目終了時点で、アンダーパーは次の4選手である。
順位 スコア 選手 年齢 国 ランキング
1 -4 渋野日向子 22 日 16
2 -3 エイミー・オルソン 30 米 68
3 ―1 モリヤ・ジュタヌガーン 26 泰 48
〃 -1 キム・ジヨン 24 韓 81
3日目パットが入りまくって、47位から一気に順位を上げてきた韓国キム・ジヨン
選手の不気味さはあるものの、この中にはさほど脅威となりそうな選手はいない。
むしろ、+1グループを形成している世界ランキング1,2位のコ・ジンヨン、キム・
セヨンをはじめとする韓国勢が怖い感じだ。チャンスは十分にある。
いずれにせよ、それほどスコアは伸びそうにないので、勝敗は渋野の出来如何に
かかっている。
そうなると、これまでのように録画では面白くない。で、少し早めに寝て、
4時に起きてTVをつけたら、前日のプレーが流れている。なんと、最終日は天候不良
で順延となっていた。
なんだか不吉な予感がした。
そして迎えた最終日、最終組のスタートは日本時間23:25となった。
幸い、テレ東とゴルフネットが“緊急生放送”を組んでくれたので、各選手のデータ
などを調べながらその時を待つ。
放送が始まって驚いたのは、選手の服装である。どの選手も着ぶくれスタイルなのだ。
3日目まで20度くらいあった気温がこの日は6℃、それに風も加わってテキサス・ヒューストンは一気に真冬の様相となっていた。渋野も防寒仕様ではあったが、クビの周りがむき出しで、他の選手たちより寒そうに見えた。
放送が始まったときは、既に第3ホールまで進んでいたが、渋野は2番でティーショットを左に曲げ、ラフからの第2打を木の枝に当ててボギーが先行していた。
それでもまだ単独首位の座は守っている。
渋野は3,4番をパーでしのぎ、迎えた5番はバーディーが欲しいロングホールだ。
ところが渋野は、70ヤードの好位置からの第3打を大きくグリーン奥に外し、
大ピンチとなる。このピンチを彼女は絶妙のパットでパー・セーブ、曇っていた表情
笑顔が戻る。
ところが次の7番でセカンドを右に外してパーオンならず、うまく寄せたかに見えたが
それを外して二つ目のボギーを叩いてしまう。
8番は何と珍しい104ヤードのショートホール、全員がバーディーチャンスに付けたが、ここも惜しくも外れてパー。なかなか波に乗れない展開が続く。
9番は509ヤードのロングホール、第2打が左のラフで、そこからバンカーに入れて
またもやピンチ、しかしバンカーショットからの2.5mをねじ込んでパーセーブ。
前半を終えた時点で、アンダーパーはー2の渋野、オルソンのわずか二人となった。
しかし後半のスタート10番は最難関ホールである。
渋野はパーパットをカップに蹴られてボギーとなり、ついにオルソンに首位を譲る。
さらに11番、渋野は2打目を右に大きく外し、バンカー越えの難しいアプローチ
を寄せきれず連続のボギー、ここでとうとう貯金をすべて吐き出してしまう。
この時点で、アンダーパーはー2のオルソンだけとなる。
12番のショートはナイスパットでパーをキープし、つづく13番524ヤードの
ロング、渋野は3打目をチャンスに付け、ここでようやく初のバーディーを取り
望みをつなげる。
続く14番、渋野は久々のオナーだが、ここは苦手のホールでもある。
案の定、第2打がバンカーにつかまりピンチを迎えるが、見事なバンカーショット
でパー・セーブ、笑顔を見せる。
ところが15番のティーショットを終えた時点で、オルソン、渋野、コ・ジンヨンの戦いとみられていた展開は大きく変わる。
韓国の伏兵キム・アリムが何と最後の3ホールを連続バーディーで上がり、トータル
ー3でホールアウトしたのだ。ターゲットはー3、残りは4ホール、俄然厳しい状況
となってきた。
しかし、気持ちが切れそうになる状況で、最後の4ホールを渋野はよく頑張った。
15番は惜しいロングパットでパー、16番はフックラインと呼んだ短いパットが無情にもストレートにすり抜けてバーディーならず、と悔しいプレーが続く。
そして17番、短いパーパットを外して首位と3打差となり、望みは絶たれる。
それでも最後の18番、渋野は意地のロングパットを壁ドンで決め、悔しさの混じる
笑顔で全米の幕を閉じた。
優勝したのは韓国のキム・アリム、恐れていた+1グループ4人のひとりであったが、その中では最も可能性が低いと予想していた彼女が頂点に立つとは驚きであった。
彼女は世界ランキング94位、25歳にして全米初出場のいわば無名に近い選手だ。
しかし、終始マスクをつけて淡々とプレーするスタイルは、技術以上にメンタルの強さを感じさせるものがあった。
渋野はなぜ負けたのだろうか。
仮に最終日をパープレーで収めれば優勝できたのだから、
やはりそれは自分に負けたとしか言いようがない。
しかし、私は彼女を評価したい。よくやったとほめてやりたい。
彼女に欠けていたのは、技術でもメンタルでもない。
「寒さ対策」と「運」とそして「ギャラリーの声援」だ。
最終的には4位という順位に終わったが、4日間を通じて最も注目を集めたのは
紛れもなく渋野日向子である。
全英のシンデレラは全米のプリンセスとなって、全英がフロックでなかったことを
証明してみせたのだ。
今期の成績は来期に持越しとなる。そしてオリンピックもある。
次は世界のクイーンとなることを期待している。
2020.12.15