樗木(ちょぼく)の遺言と爺怪説

愛国的好奇高齢者の遺言と違和感をエッセイ風に・・・

和食の神髄(Y-67)

10月5日、90年代の人気番組「料理の鉄人」(フジTV)で解説を担当した、服部幸應

の急死が報じられた。まだ78歳で、直前まで元気な姿を見せていたこともあって、関係

者に衝撃を与えている。余談ながら、氏の本名は染谷幸彦である。服部姓は、料理学校

服部学園」の創立者である父親(染谷栄)が服部道政を名乗ったので、その後を継い

だ氏も服部を名乗ってきたようだ。

氏は、料理学校の経営の傍ら数多くの公的団体の役職に就き、いち早く“食育”の必要性

を提唱してきた。また、小泉内閣の「食育基本法」の成立に尽力し、「和食」のユネス

無形文化遺産登録にも力を注いだことでも知られ、近年の「和食ブーム」の火付け役

の一人であった。「料理の鉄人」で、絶妙なやりとりを演じた福井アナは、“2,3年経

った頃、小学生のなりたい職業ランキングで「料理人」が1位になったことが在り、そ

れを氏は大変喜んでいた”と当時を述懐しているが、それほどこの番組の影響力は大き

かったのかと改めて思う。

私にもお気に入りのエピソードが二つある。

その一つは、氏が亡くなる5日前、93歳になった「和の鉄人」道場六三郎YouTube

チャンネルにゲスト出演した際の「冷めてもうまい天ぷらが大好き」という発言だ。

実は私も冷めた天ぷらが好きで、中でも一日置いた茄子の天ぷらにウスターソースをか

けて食べるのが大好きだ。母親はそれを分かってくれてはいたが、なんだか恥ずかしい

ような気がして妻には長らく内緒にしていた。

もう一つは、“何か最後に一つだけと聞かれたら”という問いに”おむすび“と答えたこと

である。石破さんの言葉じゃないが、この二つはまさしく私の”納得と共感“を呼ぶのである。

今、「おむすび」は世界中で小さなブームになっている。

そして、「おむすび」もまた“冷めた”ご飯である。一般的には、”冷や飯を食わされ

る“という言葉があるように、炊き立てのご飯こそが最高だと思われているが、先入観

を払って味わってみてほしい、”冷や飯“は意外にうまいのだ。だから、名古屋名物の

「天むす」も予想以上にうまい。私の感覚で言えばご飯の美味さは次の通りとなる。

  冷めたご飯>炊き立て>温め直し>保温したご飯>1日以上たったご飯

冷や飯はうまいばかりではない。栄養学的にも優れた性質があるのである。

白米が冷えるとレジスタント・スターチ(難消化性でんぷん)が1.6倍に増える。それは

食物繊維と同じように機能し、血糖値の上昇を抑えるとともに腸内細菌の餌になる。

有難いことに、一旦増えたレジスタント・スターチは、温め直したり熱い汁物をかけて

も元には戻らない。冷凍→電子レンジで再加熱といったケースでも、全く問題ないとい

う実験結果もある。この事実が知れ渡れば、米食文化はさらに拡大するだろう。

 

昭和の時代、世界に通じる日本食と言えば「すき焼き」「天ぷら」くらいだった。

当時外国人の多くは生食が苦手で、肉に砂糖という味付けにも首を傾げた。

私の経験で言えば、人気NO.1は「しゃぶしゃぶ」であったと思う。

次第に世界が豊かになり過食の時代が訪れると、日本食の“ヘルシーさ”が注目される

ようになる。そして、いいタイミングで出現したいわゆる回転すしチェーンと相まっ

て、寿司ブームがやってくる。寿司はそれぞれの国の食材や嗜好に合わせて様々に変化

していったが、やがて本場の味が知りたいと”和食“を味わうことだけを目的とする訪問

客まで現れるようになった。その流れは寿司以外の料理へと波及し、ラーメン、お好み

焼き、カレーライス、かつ丼うな重、おにぎり等々拡大の一途をたどっている。彼ら

に共通するのは、ラーメンならラーメンだけをターゲットに十分調査した上、旅費と時

間を惜しみなく使って食べまくるという特徴である。それは、日本料理の幅の広さや奥

深さを示すものであり、同時に、その料理の更なる進化を期待させるものでもある。

よくは分からないが、諸外国にこのような例はあるのだろうか。例えば北京ダックの食

べ歩きだとか、ビーフストロガノフの食べくらべといったようなことである。パスタや

ピザならありそうだが、ラーメンほどのバラエティはないのではないだろうか。

かといって、今人気絶頂のこれらのメニューを和食の代表と見なせるかというと、たい

ていの日本人は首を横に振るに違いない。これらのメニューは、いわば軽食の部類であ

ってディナーと呼べるものではない。ではどのような料理を「和食」と呼ぶべきだろう

か。それはおそらく「懐石料理」或いは「会席料理」ということになるだろう。

この二つはしばしば混同されるが本来は別物だ。「懐石料理」は、茶会のための料理で

あり1汁3菜を基本とする。飯と汁は最初に出され食べ方には茶道のルールがある。

「会席料理」は、酒を楽しむための料理であるから飯と汁は最後に出る。宴会用の料理

でありルールはない。

一般の外国人旅行客が高級料亭を利用する機会はあまりなさそうなので、通常は温泉旅

館などの会席料理に接することになる。実は和食ブームの先駆けはそれで、中国の団体

客などがよく話題になった。旅行客が個人や小グループになり、旅行目的が体験型にな

るにつれて、彼らは本来の「和食」から遠ざかっているかもしれない。

そもそも「和食」の神髄と呼ぶべきものは何だろうか。よく耳にする要件としては、

「生食」「素材」「季節感」「発酵食品」「器を含めた見た目の美しさ」などが挙げら

れる。確かにそれらは大きな要素であるかもしれない。しかし、最大の特徴は“出汁”で

はないだろうか。

鰹節、昆布、煮干しあるいはそれらを混合した“出汁”から出る“うまみ”は今や世界共通

語になっている。そして最も出汁が生かされる料理と言えば「鍋料理」だ。

「鍋料理」は世界中にある。しかし日本ほどのバラエティはおそらくない。

今から40年ほど前、長崎県の友人の家に泊めてもらったときの思い出がある。

その日の夕食に「寄せ鍋」が出て、「この鍋うまいね」と言ったら、「実はこれなの」

と奥さんがレトルト食品の袋を見せて笑った。今ではどこのスーパーでも売っている

ストレートタイプの「鍋つゆ」である。ところが、名古屋に帰って探してみるとどこに

もない。仕方なくその友人に頼んでわざわざ送ってもらったりもしたが、まもなくそれ

は全国に広まり、すっかり人気商品になっている。今では日本全国の家庭が、同じ味の

鍋料理を食べているのである。ただし、毎年のように新製品が開発されてもう100種類

以上はありそうだし、各家庭によって独自に手を加えることもあるだろうから、皆が皆

同じというわけではない。

鍋料理はおいしいだけでなく栄養的にもバランスがとれている。レトルト食品の普及で

手軽さが格段に増し、外食から家庭料理の定番へと変化した。ただ、鍋料理は数名が一

つの鍋を囲むスタイルが基本なので、その習慣になじみがない国の人たちや近年の旅行

スタイルにはフィットしにくいかもしれない。しかし、今後は一人用の鍋やターゲット

を特定―例えば低カロリーであるとか糖尿/高血圧に効果があるとかいった商品が開発

されるかもしれない。現在主流となっているストレートタイプは次第に濃縮型に変わ

り、海外輸出も盛んになることが予想される。

以上、端的に言えば、”出汁“と”無限の発展性“が和食の神髄ではないかと考えるのだ

が、実は私が最も和食らしいと感じ、そして最も好きな料理は「おでん」である。

好きな料理でも二日続ければ飽きるものだが、「おでん」だけは増々うまくなる。

「だから何?」と言われても困るが、そのうち外国人にも認められる日が来るだろうと

と信じている。

                          2024.10.10