発端は、8日に予定されていたフィギュア団体・表彰式の突然の延期であった。
IOCはその理由について、まだコメントできない”と口を濁したが、9日に五輪専門誌の
「インサイド・ザ・ゲームズ」がワリエワのドーピング疑惑であると暴露した。
同日、RUSADA(ロシア反ドーピング機関)は、ワリエワの出場資格を一旦停止した
が、選手側からの不服申し立てを受けこの処分を解除した。
11日になって、IOCはRUSADAのこの処置を不服として、CAS(スポーツ仲裁裁判所)に
提訴、RUSADAは、昨年12月25日に採取したワリエワの検体の検査果が遅れたのは、
コロナ感染の影響があったことなどを理由に挙げた。CASは13日、関係者へのリモート
聴聞会を開き、14日にワリエワの出場を認める裁定を下した。その結果ワリエワは出場
できることになったが、彼女の記録や順位は暫定的なものとされ、彼女が3位以内であ
った場合は表彰式を行わないこととなった。
ここまでの経緯をみると、WADAとUSADA(米)JADA(日)など、各国の反ド―ピング
機関はドーピング撲滅への強い意志を示しているのに対して、RUSADAの姿勢は極めて
甘い印象を拭えない。また、肝心のIOCとCASは、事態を丸く収めることのみに腐心し
ているかのようである。
しかし、そんなことで事態を収拾できるはずはなく、ますます騒ぎが拡大する最中の15
日、ショートプログラムの演技が始まった。注目のワリエワは冒頭のジャンプで珍しく
着氷が乱れたものの予想通り余裕の首位発進となった。やはり彼女の演技は、あたかも
氷上のバレーを舞うが如く優雅で、それがスポーツであることを忘れさせるような美し
さと芸術性がある。
そして17日、いよいよフリーの演技である。
ショートの順位はワリエワ、シェルバコワ、坂本花織、トルソワとなっており、3位に
坂本が割り込んではいたが、男子顔負けの4回転を有するトルソワがショートのミスを
帳消しにして順位を上げ、ROC3人娘がメダルを独占する可能性が高かった。
最終滑走のワリエワを残してその通りの展開が繰り広げられ、そして最後のワリエワが
リンクに登場した。
彼女は何となくやつれた表情に見えた。演技はいつも通りに始まったかに見えたが、冒
頭の3Aで着氷が乱れるとその後のジャンプを次々に失敗し、なんとトータル順位は4位
にまで転落してしまった。
誰も対抗できず、“絶望”という異名さえつけられた彼女も、怪物ではない。やはりそこ
は15歳の少女のメンタルであった。
演技後両手で顔を覆った彼女には、誰よりも大きな拍手が送られ、“カミラ・コール”
さえ沸き上がった。それはおそらく、“彼女は犠牲者だ、責任者出てこい!”という同情
と怒りの混ざった声であった。
彼女から検出されたのは、禁止薬物のトリメタジジンと禁止対象でないハイポキセン、
それにL-カルニチンという3種の薬品である。それらはいずれも、ロシアでは誰でも薬
局での購入が可能らしい。そして、3種を合わせて飲めばより持久力の向上などの効用
が増すと専門家は言う。しかし、15歳の少女が自らそれを購入し使用したとは考えられ
ない。そこが問題なのである。特に、それがロシアであることが問題なのだ。
競技終了後、どこかの取材班が興味ある一場面を捉えた。
これまで多くのメダリストを育て現在はワリエワに付いているトゥトベリゼ・コーチ
が、銀メダルのトルソワに祝福のハグをしようとしたところである。なんとトルソワ
は、その腕を振り払ってこう言った。ロシア語が分からない私には、その真偽も含めて
分からないのだが、次の2種類の日本語訳がある。
その一つは、「嫌よ!みんな知ってるのよ!」で、
もう一つは、「やめて、あなたはこうなると全部知ってたでしょう!」
というものだ。この言葉は、実に意味深長である。
誰もが感じているように、ロシアの女子フィギュア選手は概して若く選手寿命が短い。
今回の3人も15,17,17歳だが、次のオリンピックもこの3人が来る可能性はまり高くな
い。いずれにせよ、若くしてここまで到達するには長時間の練習が必要なはずであり、
比較的持久力に弱点がある低年齢の選手に対してロシアは日常的に薬物を使用してきた
のではないか、そんな疑いさえ抱かせるトルソワの言動だ。
ロシアは2014年のソチ五輪でメダルを量産したが、同時に組織的なドーピングが明らか
になった。
WADAはこのときRUSADAの資格停止に踏み切ったが、その後データ提供などを条件に
この処分を解除した。ところが今度は、その検査データを改ざんしていたことが内部告
発により明らかになったのである。壁に穴をあけ検体をすり替えた手順などが暴露され
た映像は今も記憶に新しい。そのためロシアは4年間、主要な国際大会から除外される
ことになり、選手たちはROCの名で出場している。ロシアは先の東京五輪も今回の北京
五輪も、いわば”執行猶予“付きのような状態なのである。
ところがロシアは、「トリメタジジンは同じグラスを使用したので祖父の薬が混入した
かも知れない」などと使い古された言い訳をしている。
ロシアには、「またミスっちまったか」程度の反省しかないのかもしれない。
第2第3のワリエワを出さないためにも、ここは厳しく当たる必要がある。甘い顔は見せ
られない。
2022.02.19