樗木(ちょぼく)の遺言と爺怪説

愛国的好奇高齢者の遺言と違和感をエッセイ風に・・・

日はまた昇るだろうか(J-93)

 

エアコンと電話機が続けさまに故障した。

思い返してみると、ここ数年の間に冷蔵庫、掃除機、給湯器などが次々に故障してい

て、何となく最近の家電製品全般に不満を抱きながら、馴染みの販売店に足を運んで唖

然とした。多くの商品が入荷待ちになっており、やたらと在庫切れが多いのである。

「どういうこと?」と店員に尋ねると、

「お聞き及びかと思いますが、半導体不足の影響です」という。

その話は耳にしていたが、これほどの影響が出ているとは思っていなかったので、少々

驚いた。そして、80年代ーつまり私たちの世代が現役だったころーのいわゆる”日の丸

半導体“が世界を席巻していた頃を思い出した。

ここに「ニッポンなんでも10傑、‘89年版」という週刊ダイヤモンドの別冊がある。

かつては毎年発行されていた別冊で掲載項目は1075にも及ぶ。

10年後20年後に振り返ってみれば面白いかもしれないと思って捨てずにとっておいたの

だが、その通りだったので今も捨てずに時々見ることがある。

で、探してみたら「ビッグ国際半導体メーカー」という項目があって、次のデータが掲

載されている。

 

 1.日本電気         31.9億ドル

 2.東芝           29.4

 3.日立製作所        27.8

 4.モトローラ        24.5

 5.テキサスインスツルメント 21.3

 6.富士通          19.0

 7.フィリップス       16.0

 8.インテル         15.0

 9.三菱電機         14.8

 10.松下電産・電子     各14.79

 

以上の通り、上位10社のうち6社が日本企業であり、世界の5割以上のシェアを誇ってい

たのである。それが今は1割以下、国内需要を満たすどころか半導体不足にあえいでい

る。

半導体は“産業のコメ”とも呼ばれ、ありとあらゆる分野に使用されているのでその影響

は広範囲に及ぶ。自動車産業もしかりだ。来年3月期の予想は、トヨタ30万、ホンダ80

万、日産60万、マツダ20万、スズキ64万台と大幅な減産見通しとなっている。

余談になるが、ついでにこんなデータも見つけた。

それは、「家庭で良く買うコメの値段ランキング」というものだが、米10キロの値段で

1位は5600円、2位5800円、平均は5300円となっている。つまり30年前のコメの値段は

現在よりもずいぶん安いのである。消費者物価指数でみてみると、日本はこのころから

ほぼ横ばいで推移しているのに対し、中国や韓国はほぼ10年毎に1.5倍に増大している。

半導体産業の失速とコメの値段の停滞は、ある意味日本経済の実態を表しているように

も思えてくるのだが、半導体に話を戻そう。

日の丸半導体は、何故このようなことになってしまったのだろうか。

聞こえてくるのは”恨み節“である。

 

80年代の後半、圧倒的な日本の半導体に危機感を抱いた米国との間に、軋轢が生じた。

いわゆる「日米半導体摩擦」である。アメリカの言い分は、このままでは自国の半導体

産業(技術)が壊滅し、安全保障上の問題が生じるというものだ。なにかにつけて、安

全保障にかかわると言い出すのはアメリカの常套手段なのだが、日本は要求をのんで

1986.7月に「日米半導体協定」を結んだ。日本の勢いは削がれたものの不十分と見たア

メリカは、協定が切れる1991.7月、さらに厳しい条件を強要し第2次協定が結ばれるこ

ととなった。

高い関税、米国規格への統一、日本国内シェアの20%以上を外国製品とするといった理

不尽な条件を負わされ、日本メーカーは事業を縮小せざるを得なかった。

そこに目を付けたのが韓国と台湾である。関税回避のために技術移転しませんかと誘

い、技術者を高給で迎え入れたのである。当時年収450万円程度の技術者を3000万~

4000万円で雇用したというのだから技術者とともに情報が流出したのは当然だ。

一時は、飛行機便を使って土日だけのアルバイトに出かけた技術者も大勢いたらしい。

かくして日本の半導体産業はあっという間に衰退し、それを確認して日米半導体協定も

1997.7に失効した。

 

これが”恨み節“の大まかなストーリーなのだが、”泣き言“と言われても仕方がないとこ

ろもある。むしろ、中国メディア(新浪経済)が2019年2月に掲載した「日本の半導体

産業が衰退した4つの原因」を謙虚に受け止めるべきかもしれない。

 

4つの原因を要約すれば次のようなことになる。

  • 組織と戦略の不適切: 日本の半導体メーカーの多くが総合電子企業の1部門からスタートしており、素早い決断ができない弱点があった。
  • 経営者の素質:世界市場で争う企業は、必要とあらば飛んで行って直談判する必要があるが、そのような人材に欠けている。
  • 強い排他主義:日本企業は困難を恐れて買収を拒み、自分の技術にこだわるため、ファブレス企業(工場を持たない企業)が誕生しない。
  • 技術偏重で経営軽視の姿勢:細かな技術よりも顧客とともに用途を開発しニーズを創造する戦略が重要になっているが、この変化に鈍感である。

よりによって、中国のメディアからこのような論評をされることが癪に障るが、泣き言

を並べる前に参考にすべき指摘かとも思う。

中国の経営者は、「上有政策 下有対策」という言葉どおりたくましい。

さて、30年前の世界の50%以上から10%以下に凋落してしまった日本の半導体産業、も

はや挽回不可能のようにも見えるのだが光はある。今でもセンサー半導体半導体製造

装置の分野では日本はトップレベルを維持しているのだ。それらの工場がある熊本県

台湾のメーカーTSMCソニーと合弁で新工場を建設するという。

8000億円をかけて2024年にも稼働させる計画だという。これに付随して空港、鉄道

道路などの拡張や1500人規模の従業員を受け入れる街づくりなどが必要となり、この

ビッグプロジェクトに熊本県は沸き立っている。政府も破格の支援を予定しているよう

だ。

半導体の需要は、今後増々増大することが確実視される一方で、安全保障がらみの制約

が生じる可能性がある。したがって、国内にサプライチェーンを確立させることが極め

て重要だ。

TSMCの日本進出を機に、日本の半導体産業が復活することを願ってやまない。

                            2021.12.25