まさかまさかである。LPGAメジャー中のメジャー、今年の全米女子オープンは思いもよ
らぬ展開となった。最後に首位の4アンダーで並んだのは、畑岡奈紗と笹生優花の二
人、夢かとも思うプレーオフが演じられる事態となったのである。
そしてプレーオフの3ホール目、笹生がバーディーを決めて優勝した。
全米女子オープン最年少記録更新のおまけつきであった。
重ねて言うが、この展開と結末を予想したものはおそらくいない。
最終日のスタート時点で、トップは-7の実力者L.トンプソン、笹生がこれに続く―6
で、以下には-3が二人、-2が一人。畑岡は-1で、この難コースではもはや優勝圏外
かと思われた。誰が見ても圧倒的に有利な位置にいるのは、3日目を完璧なプレーで締
めた経験豊富なL.トンプソンで、わずかに可能性を残す笹生には、初めての大舞台を前
にして、有利な条件は何処にもなかった。
案の定、最終組がスタートして間もなく、笹生に異変が起きる。2番のティーショット
がとんでもないミスショットとなりこのホールをダブルボギーとすると、そのショック
からか次の3番ホールでもミスを重ねてダブルボギーを叩いてしまう。笹生にとっては
絶望的なあっという間の5打差である。
ところが、この“事件”が両者の心に微妙な影響を及ぼすことになる。
普通なら心が折れてしまうところで、おそらく、優勝のプレッシャーから解放された
笹生は落ち着きを取り戻し、逆にトンプソンの方は強く優勝を意識し始める。
トンプソンの動きに固さが見え始め、表情笑顔が消えてゆく。
そうこうしているうちに、一組前の畑岡がスコアを伸ばし、3人のスコアが接近してく
る。16番が終わった時、3人のスコアはトンプソン-5、畑岡-4、笹生-3と1打差で並
び、もはや優勝の行方は読めない状況だ。
そして17番のロング、トンプソンはラフからの3打目を大ダフリして届かず、4打目を
グリーン手前からパターで寄せるも1.5mを外してボギー、笹生はバンカーからの3打目
を見事に寄せてバーディー、ここで遂に3人が―4で並んでしまう。
運命の18番、一組前の畑岡はバーディーパットがわずかに右を抜け―4で最終組を待つ
ことになり、トンプソンはバンカーから下り2mにつけたパーパットを外し無念の脱
落、笹生はバーディーパットが決まらずパー。そうして遂に、思いもしなかった日本人
同士のプレーオフとなるのである。
プレーオフはまずは9番18番の2ホールのスコアで争われる。そして9番では畑岡に、
18番では笹生にバーディーチャンスがあったがいずれも決めきれず、つぎの9番に向か
う。ここからはサドンデスの戦いだ。ティーショットは笹生が左のラフ、畑岡はフェア
ウェイ。2打目を先に打った笹生の球は、ピンの右手前に落ちてゆっくり2mに寄り畑
岡にプレッシャーをかける。畑岡は残り105ヤード絶好のポジションだ。解説の岡本綾
子は“ピッチングでコントロールショット”と応援の声を発したが、畑岡はサンドウェッ
ジでピンをデッドに狙う道を選ぶ。高く上がってピン手前に落ちた球はバックスピンが
かかって7~8mに離れていく。ピンチである。
観ている方は、ここは渋野が全英で見せたような壁ドンパットを狙うしかないだろうと
思ったのだが、畑岡のパットは弱弱しく手前で曲がり止まってしまう。
そして遂に最後の瞬間が訪れる。この緊張の場面を、笹生はいつもと変わらない様子で
アドレスをし、いつものように打つ。球はややフックのかかるラインに乗って真ん中か
ら気持ちよさそうにカップインする。
その時の笹生の動きが実に印象的だ。そのとき彼女は、まるでまだ次のホールが待って
いるかのような、小さく、実に控えめなガッツポーズをしただけだったのである。
歴代優勝者のなかでこれほど控えめな喜びの表現をした選手がいるだろうか。
もしかすると、そこが笹生の最大の特徴であり、ゴルフという競技に対する適性なのか
もしれない。
いずれにせよ、日本人にとっては夢のようなひと時を二人からプレゼントされたわけだ
が、これが青天の霹靂のような出来事かというとそうでもないように思う。
2年前、渋野日向子が全英を制したとき、メジャー優勝は樋口久子以来の40何年振りと
騒がれたのだが、その時 “次は早いだろう”という予感があった。これほど早くとは思
わなかったが、最近の日本人選手のレベルは、80年~90年代にかけて岡本綾子一人が挑
戦を続けていた頃とはずいぶん変わっている。
2014年の横峯(7T)15年の大山(5T)16年の野村(8T)18年の畑岡10T)、
19年の比嘉(5T)と毎回のように誰かが上位争いを繰り広げ、昨年は渋野(4)
高橋(11T)、笹生、岡山(13T)畑岡(23T)と上位グループに日本人選手の名前が
並んだ。その傾向は世界ランキングにも表れている。
直近のデータによるとランキング50位以内の国籍は次の通りだ。
1位:韓国18人、2位アメリカ13人、3位日本7人、以下タイ3、豪3、英2と続き,
カナダ、中国、ドイツ、スペインがそれぞれ1となっている。近年、アジア勢の勢いが
顕著になっていて、その傾向はさらに強まりそうな勢いなのである。
どういう偶然か、今回のコースは、サンフランシスコ郊外のオリンピック・クラブ・
レークコースであった。間近に迫った東京オリンピック、二重国籍を持つ笹生はフィリ
ピン代表として、畑岡は日本代表として出場することが濃厚だ。オリンピックという舞
台で、しかも国内のコースで、再び彼女たちが最高のプレーを見せてくれるという可能
性は十分にある。夢には続きがありその時は近い。実に楽しみだ。
ただ、無観客などという無粋な処置が下されないことを祈るばかりである。
2021.6.10