米国の4月4日、日曜日の夜、アナハイムでのエンゼルスvsホワイトソックス戦は、
MLB 注目の一戦となり全米中継された。この日エンゼルスはDH制をとらず、初先発の
大谷選手が2番打者として登録されることが分かっていたからである。何やかやデータ
を掘り返すのが大好きなアメリカのスポーツ・メディアは、始まる前から“〇年以来”
だの“初”だのと沸き立っていた。
勿論日本でもそれに劣らぬ注目を集め、日本時間5日午前のLIVE放送はもとより、スポ
ーツ専門紙ばかりか主要紙までもがこのニュースに多くの紙面を割く異例の扱いとなっ
た。毎日の夕刊に至っては夕刊の一面全体を大谷翔平が占領している。
そのような背景の下で始まったこのゲーム、先発のマウンドに立った大谷には相当の
プレッシャーがかかっていたに違いないが、この恐るべき若者は緊張を闘志に置き換え
ていた。
1回表、人数制限された中でも熱狂が伝わるホームのマウンドに立った大谷は、MVP男
のアブレイユを歩かせはしたが、危なげなくこの回を切り上げ、淡々と打者の準備にか
かる。そして・・1アウト走者なしで迎えた初打席・・何と何といきなりの特大アーチ
を放つという離れ業をやってのける。
誰かが言ったように、もはや“マンガの世界”だ。
となれば、あらかじめ調査済みの用意されたデータが飛び交う。
“今シーズン最速の速球”、“打球の初速速度は今年計測された最速”あるいはまた、
“通算本塁打で城島を抜いて日本人3位になった”といった塩梅だ。
どちらかと言えば“野球オタク的”で”的外れ“なそれらの視点はさておき、ゲームは4回
まで進んでエンゼルスは3-0とリードを広げ、大谷は勝利投手の権利が得られる5回
表のマウンドに立った。ここまでに打たれたヒットはわずか1本、勝利を手中にするの
は確実かと思われた。
この回ホワイトソックスは8番からの攻撃で、1アウト後大谷は9番バッターにセンター
前に運ばれ2本目のヒットを許す。しかし続く1番のガルシアをセカンドゴロに仕留め2
アウト、不安など何もなく、解説者などはこの分なら6回までいけそうだなどと暢気な
ことを云っていた。
ところがどっこい、そんな時を狙っているかの如く、勝利の女神は意地悪な本性を現す。
始まりは大谷の1塁牽制で悪送球だ。これでランナーは一気に3塁まで進んだ。
とは言え既に2アウト、打者イートンには三振とショートゴロで打たれてはいない。
にもかかわらず、四球を与えてしまう。一人相撲の始まりである。
続く3番のアブレイユにも四球を与え、遂にツーアウト満塁の大ピンチ、しかも迎える
バッターは4番モンカダである。しかしここで開き直った大谷は、気合の投球でモンカ
ダを空振りの三振に切って取る・・!!?何とこれをキャッチャーが後逸!さらに振り
逃げのモンカダを刺そうと1塁に投げた球が悪送球!これをカバーしたライトがホーム
ベースのカバーに入った大谷に大暴投!大谷はホームに滑り込んだアブレイユに足を掬
われて激しく転倒し、アブレイユが気遣って駆け寄る、これもまたマンガのような
あり得ないシーンである。
結局この間に3人のランナーがすべて帰って3-3の同点。大谷は足を引きずりながら
ベンチに下がり、そのまま降板した。
4回2/3を投げ、被安打2、奪三振7、与四球5、失点3(自責1)、92球の熱投は、
最終的には9回サヨナラ勝ちで報われたものの、本人にとっては悔いの残るホロ苦の
スタートとなった。
さて、このゲームというよりこの日の大谷、どう評価すればいいのだろうか。
惜しかった、不運だったではすまされないようにも思う。
大谷が超一流のポテンシャルを持っ選手であることは、誰もが認めるところだ。
しかし、投手として、或いは打者として超一流であるかと問われればそうだとは認めら
れないだろう。野球は球の速さや打球の距離を競うゲームではないからである。
選手の評価は、打者なら打率・本塁打・打点、投手なら防御率・勝率・奪三振数などが
その尺度に使用される。しかし、歴代の一流選手と比較するには大谷選手の実績はあま
りにも少ない。そこで私が注目する指標は、最近になって時々話題になるK/BBだ。
Kは三振、BBは四球を意味し、奪三振数が多く与四球が少ない程数値は高くなる。
例えば田中将大は4.6で菅野智之は4.5という値だ。調子のいいシーズンなら5.0以上で
このあたりがトップクラスである。
大谷は3.0なので、かなりいいレベルなのだが、何かが欠けているようにも思う。
そして、それが今回のゲームに現れているような気がするのである
力投型のピッチャーによくある現象として、突然乱れるということがある。
そのきっかけの一つが四球だとよく言われる。先頭打者への四球はヒットよりも失点に
つながりやすいともいわれる。しかしそれは順序が逆だ。四球を与えたから乱れたので
はなく、乱れたから四球を与え、そして打たれるのである。
乱れる原因は何か、それはおそらく、頭か体のどこかが疲労しているのであろう。
力投型の投手はバットに当てられるのが嫌いである。だから球威がなくなってきたこと
を自覚すると、当てられまいとして力むか、より厳しい球を投げようとして四球を与え
る。あるいは、カウントを悪くして甘い球になる。そして一気に崩れてしまう。
それに比べると好投手と呼ばれるピッチャーは省エネ術を心得ている。凡打で打ち取る
ことを基本にしていてバットに当てられることを嫌わない。ヒット1本と三振3個の最少
投球数は10だが、初球ヒットでも次の球で併殺を取り次が凡打なら3球で終わる。
だから、優先順位は打たせて取ることで、ピンチになったときだけギアを上げる。
それができる投手が投手成績を上げるのである。
大谷選手の持ち球は、フォーシーム、スライダー、フォーク、カーブの4種らしい。
いずれも、どちらかと言えば見逃しか空振りを狙うような球種だ。
これにもう一つ、打たせて取る球・・例えばカットボールかツーシームのような球種
が欲しい。それと、言っちゃ悪いが野茂とピアザの関係のようないい捕手が欲しい。
次いで打者としての大谷選手である。
こちらも大谷選手の実績がまだ少ないので大打者との比較が難しいのだが、やはり三振
と四球の比率で比べてみたい。ここでは、評価尺度として採用されてはいないが、分母
と分子を入れ替えたBB/Kの値で見てみよう。
例えば王貞治選手の場合、生涯成績で、四球は2390、三振は1319だから、BB/Kは1.6と
なる。この数値がとびぬけた値で、以下落合と長嶋が1.3、松井が1.0、タイプの違う
イチローは比較しにくいところがあるが、0.7である。
それらの大打者に比べると、大谷は0.36だからかなり劣っている。
一言で言えば、相手の勝負球を見極める力とそれを仕留める力は、まだ発展途上だとい
うわけだ。
とまあ素人の強みで無責任な御託を並べてみたが、誰が何と言おうと、大谷の潜在能力
には計り知れないものがある。
何かどえらいことをやってくれそうな期待感は膨らむばかりなのだが、何はともあれ、
今年はケガをしないで最後まで姿を見せてほしいと祈るばかりである。
2021.04.07