樗木(ちょぼく)の遺言と爺怪説

愛国的好奇高齢者の遺言と違和感をエッセイ風に・・・

認知機能検査は有効か(J-45)

県の公安委員会から見覚えのある封書が届いた。

「運転免許証更新に関わるお知らせ」とあるが、中身は「認知機能検査通知書」

である。ただの更新手続きを、5か月以上も前から始めなければならないなんて

面倒なことだなあと思いながらも、ルールだから仕方がない。

前回は100点だったが。多分今回も100点を取れるだろう。16種類の絵を思い出して

答えるというクイズに対しては、16種×4パターン、合計64種類の絵がすでに分

かっているのだから答えは簡単だ。

振り返れば、高齢者の交通事故防止対策の一環として、1997年から70歳以上に免許

更新時の「高齢者講習」が義務付けられたが、その後高齢ドライバーによる暴走など

の大事故が頻発したことから、75歳以上は「認知機能検査」が義務付けられることに

なった。そして、直近のデータでは、75歳以上の事故は減少しているらしい。

然しながら、それを「認知機能検査」の成果とするのは、やや無理がある。

現に、未だ記憶に新しい2019年に起きた東池袋自動車暴走死傷事故を防止することは

できなかったのである。

あの悲惨な事件は、当時87歳の元通産相工業技術院・院長が自家用車プリウスを暴走

させて11名を死傷(2名が死亡)させた大事故だ。

I元院長はその年齢からして、「認知機能検査」「高齢者講習」を複数回受けているはず

である。それはつまり、これらの検査は効果がなかったという一つの証拠でもある。

事故の様子は一部の監視カメラに記録されており、その衝撃映像と、I元院長が逮捕を

免れメディアも敬称を付して報じたことから、SNS上では激しいバッシングが起き、

「上級国民」という言葉が生まれた。

そして、それを見た高齢者の中から免許証を自主返納する者が急増した。

おそらく事故の減少に最も寄与したのは、この事故そのものであった。

そもそも高齢者の事故は、認知症つまり「脳」単独の問題ではなく、インプットから

アウトプットまでの問題、つまり目や耳といったセンサーから手足の運動機能にいたる

複合的な要因なのである。

ではどうすればいいのだろうか。

諸外国ではどんな対策が取られているのだろうか。

ある文献(国会図書館の調査と情報)によると、諸外国で採用されている対策として、

 

1.有効期間の短縮 2.対面による更新手続き 3.医師による検査 4.実車試験 

5.限定免許    6.医師等による情報提供 7.講習

等が挙げられるという。

しかしこの中に、これといった目新しいもの、或いは注目すべきものは見当たらない。

有効期間が無期限の国、オンライン申請が可能な国も多く、実車試験などは廃止される

傾向にある。医師等による情報提供はかなり効果がありそうだが、日本ではまず無理な

方策かもしれない。大雑把に言えば、諸外国の対策は、日本よりもむしろ緩やかに見える。

 

ここに、欧米の研究チームなどから発せられた興味深いレポートがある。

まずは2013年、EUのCONSOL(*)報告書にはこんな記述がある。

 (*)Concerns and Solutions –Road Safety in the Ageing Societies

 

  1. 高齢者から免許を取り上げることは、高齢者をより危険にさらす歩行、

  自転車といった移動手段へ追い出すことになる。

 2.年齢に基づくスクリーニングが事故件数を減らしたエビデンスはない。

 

同じくEUの「高齢者の安全」報告書(*)には、

(*) Elder Safe –Risks and Countermeasures for road traffic of the elderly in Europe

 

“高齢者の交通安全に関する主なリスク要因が,年齢に伴う身体的脆弱性及び

機能障害にある。“

またアメリカのNHTSA(*)ガイドにはこう書かれている。

(*) National Highway Traffic Safety Administration

 

・医師による情報提供の増加が保障されれば効果大

・限定免許はリスクを下げるが、限定免許でない同年代よりもリスク大

・高齢者に係る有効期間の短縮、対面による更新手続き、視力検査は

 高齢者の事故防止に影響しないと考えられる。

 

これらのレポートはいずれも、これまでに実施されてきた対策がさほど有効では

ないと主張している。そして、厳しい対策を先行して実施した国や地域においては

それらをむしろ緩和する傾向にあると報告しているのである。

それではこの問題をどう解決してゆくべきかといえば、やはり自動運転等の技術を

進展させてゆくべきだろうということだ。そして高齢者は安全運転サポート車に限定

するのがより効果的だ。その際、高齢者にわかりにくい操作やシステムにならないよう

留意することも大切だ。

この主張は、はからずも東池袋暴走事故のI元院長の主張と全く同じで、彼が認知症

とは全く関係がないポジションにいることの証明でもある。

ついでに言えば、私が来年受ける認知症検査もさほど意味がないことの照明でもある。

 

余談ながら、I元院長は10月8日の初公判における罪状認否の場で、事故の原因は

車に何らかの不具合が生じたためであるとして無罪を主張した。

そのことでSNSは再び炎上しているが、仮に過失致死傷罪の最高刑・懲役7年の

判決を下したとしても、実態としては刑務所が無料の介護老人ホームになるだけの

事である。冷静に眺めてみれば、過失による事故は過失を犯した側にとっても不幸な

出来事なのだ。起きてしまったことを元に戻すことは出来ない。

遺族の悲しみを癒す方法は、厳罰を求める署名活動ではないと思う。

                       202012.29