樗木(ちょぼく)の遺言と爺怪説

愛国的好奇高齢者の遺言と違和感をエッセイ風に・・・

ロコ・ソラーレの快(J-100)

ロコ・ソラーレに敢闘賞を

2月20日、いくつかの汚点と課題を残しながら北京冬季五輪が閉幕した。

日本は、史上最多となる18個のメダルを獲得したが、これはJ-96 で紹介したGracenote

の予想とほぼ同じ結果であり、私的にはやや不満があるものの、選手たちは期待に応え

て頑張ったと評価されるだろう。

殊勲賞を贈るならやはり高木美帆で、技能賞には小林陵侑と平野歩夢あたりで異論はな

さそうだが、敢闘賞となると候補者は多い。しかし私は、カーリングで銀メダルを獲得

したロコ・ソラーレを強く推したい。

このチームの銀メダルへの道のりは、まさに敢闘賞にふさわしいものである。

そして、仮にオリンピックを一つの営業活動として見るならば、ロコ・ソラーレの働き

はおそらくNO.1である。というのは、TVの視聴率において、1位が決勝の日本対スイス

戦、2位が準決勝の日本対イギリス戦と、このチームの競技が上位を独占しているから

だ。私自身、予選からほぼすべてのゲームを観戦したので、この事実に驚きはない。

私がカーリング・ファンになった時期は定かでないが、多分現在ロコ・ソラーレの代表

を務める本橋麻里がこのチームを立ち上げた2010年ごろだったと思う。彼女のストーン

を注視する瞳がとても美しかった記憶があるので、あるいはそこに魅せられたのかもし

れないが、以来日本チームの中でもとくにロコ・ソラーレを応援している。

 

カーリングのメッカ常呂町

ロコ・ソラーレの名付け親は本橋麻里である。彼女が北海道の常呂町出身であることか

らこのチームを立ち上げたときに”ローカル“と”常呂っ子“にちなんだロコとイタリア語

で太陽を意味するソラーレをくっつけたものだという。しかし、登録名は地名や企業名

などでなければならない規則があったため、2018年に一般社団法人になるまでは「LS北

見」で登録されていた。

常呂町は、人口が5000人にも満たないような小さな町で、その成り立ちは大正4年に遡

る。このころ、隣り合わせていた4つの村が合併して生まれた。その村の名は、常呂

少牛(ちいうし)、太茶苗(ふとちゃない)、手師学(てしまない)で、いかにもアイ

ヌを連想させるが、実はその通りで、常呂アイヌ語の「トー・コロ」で「沼・湖のあ

るところ」という意味らしい。確かに日本最大の汽水湖であるサロマ湖のほとりにあ

り、オホーツク海の流氷が接岸するいわば辺鄙な町だ。

しかし近辺には竪穴式住居の遺跡が数多く残されており、採集経済の古代には豊かで住

みやすい場所であったのかもしれない。

地図を拡大してみると、土佐、岐阜といった地名が読み取れる。しかもウィキペディア

によると、高知県佐川町岐阜県大野町を姉妹都市としているらしい。もしや開拓民か

と思い佐川町のホームページにアクセスしてみると、電話するまでもなく、詳しい説明

がある。やはり、これらの町から移住した人が多かったのである。

姉妹都市と言えば、実はカーリングの普及も北海道とカナダのアルバータ州が姉妹提携

を結んだことがきっかけで、常呂町で盛んになったのも、何も娯楽がないからとオジサ

ンたちが広場を氷で固めカーリングのまねごとをして遊んだのが始まりだ。

北海道の中でも常呂町は特にカーリング熱が高く、1988年には日本初の競技場「常呂町

カーリングホール」まで作ってしまった。

尚、常呂町は2006年から北見市の一部となっている。

 

北京への道のり

ロコ・ソラーレ発足時(2010)のメンバーは、本橋麻里、馬淵恵、江田茜、鈴木夕湖

吉田夕梨花の5名であったが、当時は中部電力が強かった。その後、2014年に北海道銀

行から吉田知那美、2015年に藤沢五月が中部電力から移籍して現在のメンバーになった

あたりから、常にトップ争いをする強豪チームとなった。

そして、2018年の平昌では予選4位で決勝トーナメントに進出し、準決勝では韓国に延

長戦の末敗れたが、3位決定戦でイギリスを5-3で破り銅メダルに輝いた。

当然次の北京大会への期待は高まったが、2021年2月の日本選手権決勝で北海道銀行

敗れ、4月末の世界女子カーリング選手権には北海道銀行が出場することになった。

この大会は、6位までに入れば北京五輪出場資格が与えられるという大事な試合であっ

たが。北海道銀行チームは11位に終わり日本の出場資格は得られなかった。

日本は、北海道銀行の成績にかかわらず、北京五輪への代表は北海道銀行とロコ・ソラ

ーレの直接対決によることとなっていたので、2021年9月、両者による日本代表決定戦

が行われた。先に3勝したチームが勝ちというこの試合で、ロコ・ソラーレは第1,2戦

を落として土壇場に追い詰められたが、何とそこから3連勝して12月の世界最終予選に

臨むこととなった。

世界最終予選に出場するのは9チーム、争うのは北京への最後の3枠である。

ところが、この総当たり戦で、スコットランド、韓国、日本が6勝2敗で並び、しかも

この3か国の直接対決が1勝1敗であったため順位はDSCで決められることになる。

DSCはドローショット・チャレンジのことで、試合開始前にいかにハウスの中心に近い

かで先攻/後攻決めるLSD(ラスト・ストーン・ドロー)の平均値である。これの成績で

スコットランドが1位となってまず出場権を獲得した。残りの二つは、2位から4位チー

ムのプレーオフである。そこで日本は韓国に勝って出場権を獲り、次いで韓国がラトビ

アに勝って最後の枠を獲得した。

このような形でかろうじて出場資格を得たスコットランド(英国)・日本・韓国の3チ

ームなのだが、面白いことに本番の北京五輪では大活躍を見せることになる。

 

北京五輪での戦いとその後

カーリングの戦いは常に長期戦となり、五輪も例外ではない。今回は10チームが出場

し、まずは総当たりの予選リーグで4位以内に入り予選突破を狙う。その4チームが準決

勝・3位決定戦・決勝を戦うことになる。つまり、あと2つ勝てば「金」、1つなら

「銀」または「銅」で2つとも負ければメダルなしというわけだ。

五輪直前、日本は2020年の4位から7位まで世界ランキングを落としていたが、メダル候

補の一角としてダークホース的なポジションにいた。コロナ禍で国際試合が制約を受け

たこともあり、ランキングはあまり当てにならないとも言われていた。

とはいえ、第1戦がランク1位のスウェーデン、第2戦が2位のカナダとなるとちょっと悩

ましい。予選突破には6勝、少なくとも5勝が必須条件とみられ、最初の2戦で連敗すれ

ば、たちまち背水の陣を敷かねばならないことになる。

そして、2月10日平昌五輪の金メダリスト、アンナ・ハッセルボリ率いるスウェーデン

との戦いが始まる。日本は前半5エンドまでを3-2と順調な滑り出しを見せたが、第6、

第8エンドにそれぞれ3点を奪われ、5-8で惜敗する。

翌11日のカナダ戦、カナダはテークアウト・ショットの成功率が悪く、逆に日本はスキ

ップ藤沢のショットが冴えわたって、8-5で勝利する。勢いに乗って、12日のデンマー

ク戦では第10エンドで3点を奪って逆転勝ちを収め、夜のROCには10-5で完勝する。

翌13日は試合がなく、次の日の対中国、韓国戦に勝利すれば予選突破の目安とされる6

勝に到達する状況となる。そして14日午前のゲームは、中国が第8エンドでコンシード

するという10-5の圧勝である。ところが、夜の韓国戦では打って変わった内容で、5点

差を付けられて第9エンドでコンシード負けを喫する。この試合では日本のミスショッ

トが目立ったが、どうやら午前中の中国戦とは氷の状況がずいぶん違っていたらしい。

そこがカーリングの難しいところだ。

迷いが出たのかプレッシャーなのか、翌15日の対イギリス戦もいいところなく4-10で敗

れてしまう。あと2試合を残すこの時点で、各チームの成績は、スイスが7勝1敗、スウ

ェーデンが5勝2敗でほぼ予選突破を決め、カナダ、日本が4-3、イギリス、アメリ

が4-4、韓国が3-4という状況で、のこり2枠はまだ先が読めない状況となった。

16日、日本はアメリカに勝って5勝目を挙げ一歩リードし、次いでカナダ、イギリス

、韓国が4-4で並んだ。これら4チームにとっての問題は、17日最終戦の相手チームにあ

った。カナダとイギリスは相手が格下のデンマークROC なので楽勝と予想されるのに

対し、日本と韓国は相手がここまでの予選成績が1,2位のスイスとスウェーデンという

厳しい相手なのである。そして番付どおり、カナダとイギリスは勝って5勝目を挙げ、

日本はスイスに敗れた。

スイスに敗れたその瞬間、ロコ・ソラーレのメンバーは、”終わった・・“という感じで

落胆していたが、そこへ予選突破の知らせが届く。

落胆の涙は一転して歓喜の泣き笑いとなった。そこへ韓国に勝ったスウェーデンの選手

たちが近づき祝福する映像が心に刻まれた。

ロコ・ソラーレのメンバーは、スイスに勝つしか道はないと思い込んでいたらしい。

ところが、韓国の負けでまたもやDSCの勝負となり、イギリスが35.27cm、日本が36.0

㎝、カナダが45.44cmということで、わずか10㎝足らずが天と地を分けたのである。

もし韓国が勝っていたならば、4チームが5勝4敗で並び、その4か国の直接対決は、カナ

ダと韓国が2勝1敗で、日本とイギリスが1勝2敗なので、準決勝に進出するのは韓国とカ

ナダということになる(多分)。だから当然メダルも別のところへ行くことになる。

今回決勝戦を戦ったイギリスと日本チームは、前回の平昌では銅メダルをかけて戦った

チームであり、イギリスは雪辱を果たしたことになる。

お互いに最終予選でかろうじて北京行きの切符をつかみ、そして決勝戦まで上り詰めた

この2チームは、互いに尊敬しあうよきライバルでもある。

しかしこの二つのチーム編成は極めて対照的だ。ロコ・ソラーレのメンバーは姉妹であ

るとか同郷であるとか、いわば血脈で結ばれているのに対し、イギリスは個々を選抜し

てそれを優れたリーダーに預けるという、いわば契約で結ばれている。どちらにも長所

と短所があると思うが、この2チームが決勝を戦ったことで、どちらのタイプも生き残

りそうな気がしている。

ロコ・ソラーレの彼女たちが常々発していたのは、”もっと多くの人にカーリングの素

晴らしさを知って欲しい”という言葉であったが、その願いはほぼ達成できたのではな

いだろうか。

カーリングは、ちょっとしたことから大きく流れが変わることがよくある。いろんな点

で、個人と団体の違いはあるがゴルフに似ていると私は思う。

・距離と方向の精度を競う競技であること・環境の変化に適応する能力が必要なこと

・先を読む力が必要なこと・メンタルが大きくプレーに影響すること・幸運と不運が常

に付きまとうこと・選手寿命が長いこと・・等々であるが、とくに芝を読む、氷を読む

というところに相似性を感じる。

 

北京の後はイタリアのミラノ、コルティナダンペッツオと決まっている。そしてその次

の2030大会には札幌が名乗りを上げている。

ロコソラーレのメンバーが今後も競技を続け活躍すれば、カーリング人気はさらに高ま

るであろうし、彼女たちが望むかどうかは別として「国民栄誉賞」の声がかかる可能性

もある。となればまさしく「常呂っ子」の「快」というべきで、私がそれを期待してい

るのは言うまでもない。

                        2022.02.24

 

 

ワリエワの怪(J-99)

 

発端は、8日に予定されていたフィギュア団体・表彰式の突然の延期であった。

IOCはその理由について、まだコメントできない”と口を濁したが、9日に五輪専門誌の

インサイド・ザ・ゲームズ」がワリエワのドーピング疑惑であると暴露した。

同日、RUSADA(ロシア反ドーピング機関)は、ワリエワの出場資格を一旦停止した

が、選手側からの不服申し立てを受けこの処分を解除した。

11日になって、IOCはRUSADAのこの処置を不服として、CAS(スポーツ仲裁裁判所)に

提訴、RUSADAは、昨年12月25日に採取したワリエワの検体の検査果が遅れたのは、

コロナ感染の影響があったことなどを理由に挙げた。CASは13日、関係者へのリモート

聴聞会を開き、14日にワリエワの出場を認める裁定を下した。その結果ワリエワは出場

できることになったが、彼女の記録や順位は暫定的なものとされ、彼女が3位以内であ

った場合は表彰式を行わないこととなった。

ここまでの経緯をみると、WADAとUSADA(米)JADA(日)など、各国の反ド―ピング

機関はドーピング撲滅への強い意志を示しているのに対して、RUSADAの姿勢は極めて

甘い印象を拭えない。また、肝心のIOCとCASは、事態を丸く収めることのみに腐心し

ているかのようである。

しかし、そんなことで事態を収拾できるはずはなく、ますます騒ぎが拡大する最中の15

日、ショートプログラムの演技が始まった。注目のワリエワは冒頭のジャンプで珍しく

着氷が乱れたものの予想通り余裕の首位発進となった。やはり彼女の演技は、あたかも

氷上のバレーを舞うが如く優雅で、それがスポーツであることを忘れさせるような美し

さと芸術性がある。

そして17日、いよいよフリーの演技である。

ショートの順位はワリエワ、シェルバコワ、坂本花織、トルソワとなっており、3位に

坂本が割り込んではいたが、男子顔負けの4回転を有するトルソワがショートのミスを

帳消しにして順位を上げ、ROC3人娘がメダルを独占する可能性が高かった。

最終滑走のワリエワを残してその通りの展開が繰り広げられ、そして最後のワリエワが

リンクに登場した。

彼女は何となくやつれた表情に見えた。演技はいつも通りに始まったかに見えたが、冒

頭の3Aで着氷が乱れるとその後のジャンプを次々に失敗し、なんとトータル順位は4位

にまで転落してしまった。

誰も対抗できず、“絶望”という異名さえつけられた彼女も、怪物ではない。やはりそこ

は15歳の少女のメンタルであった。

演技後両手で顔を覆った彼女には、誰よりも大きな拍手が送られ、“カミラ・コール”

さえ沸き上がった。それはおそらく、“彼女は犠牲者だ、責任者出てこい!”という同情

と怒りの混ざった声であった。

 

彼女から検出されたのは、禁止薬物のトリメタジジンと禁止対象でないハイポキセン、

それにL-カルニチンという3種の薬品である。それらはいずれも、ロシアでは誰でも薬

局での購入が可能らしい。そして、3種を合わせて飲めばより持久力の向上などの効用

が増すと専門家は言う。しかし、15歳の少女が自らそれを購入し使用したとは考えられ

ない。そこが問題なのである。特に、それがロシアであることが問題なのだ。

 

競技終了後、どこかの取材班が興味ある一場面を捉えた。

これまで多くのメダリストを育て現在はワリエワに付いているトゥトベリゼ・コーチ

が、銀メダルのトルソワに祝福のハグをしようとしたところである。なんとトルソワ

は、その腕を振り払ってこう言った。ロシア語が分からない私には、その真偽も含めて

分からないのだが、次の2種類の日本語訳がある。

その一つは、「嫌よ!みんな知ってるのよ!」で、

もう一つは、「やめて、あなたはこうなると全部知ってたでしょう!」

というものだ。この言葉は、実に意味深長である。

誰もが感じているように、ロシアの女子フィギュア選手は概して若く選手寿命が短い。

今回の3人も15,17,17歳だが、次のオリンピックもこの3人が来る可能性はまり高くな

い。いずれにせよ、若くしてここまで到達するには長時間の練習が必要なはずであり、

比較的持久力に弱点がある低年齢の選手に対してロシアは日常的に薬物を使用してきた

のではないか、そんな疑いさえ抱かせるトルソワの言動だ。

 

ロシアは2014年のソチ五輪でメダルを量産したが、同時に組織的なドーピングが明らか

になった。

WADAはこのときRUSADAの資格停止に踏み切ったが、その後データ提供などを条件に

この処分を解除した。ところが今度は、その検査データを改ざんしていたことが内部告

発により明らかになったのである。壁に穴をあけ検体をすり替えた手順などが暴露され

た映像は今も記憶に新しい。そのためロシアは4年間、主要な国際大会から除外される

ことになり、選手たちはROCの名で出場している。ロシアは先の東京五輪も今回の北京

五輪も、いわば”執行猶予“付きのような状態なのである。

ところがロシアは、「トリメタジジンは同じグラスを使用したので祖父の薬が混入した

かも知れない」などと使い古された言い訳をしている。

ロシアには、「またミスっちまったか」程度の反省しかないのかもしれない。

第2第3のワリエワを出さないためにも、ここは厳しく当たる必要がある。甘い顔は見せ

られない。

                            2022.02.19

Saraの涙・柚子の意地(J-98)

 

Saraは勿論高梨沙羅のことで、柚子は中国のファンが付けた羽生結弦の愛称である。

期待されながらメダルを逃したこの二人、おそらく私の心の中には、2022北京五輪を代

表するようなエピソードとして深く刻まれることになりそうだ。

 

スキージャンプ・混合団体競技は、2010年のユースオリンピックで初めて採用され、そ

の後ワールドカップや世界選手権にも導入されてきたが、オリンピックの種目としては

今回の北京が最初である。その第一号となるメダルの行方には、おのずから注目が集ま

っており、日本チームもその有力候補に挙げられていた。

 

この競技に出場できるのは、個人競技の男子・女子にそれぞれ2名以上の出場資格者を

有する国で、今回は10チームが参加し、1回目のジャンプで8チームに絞られる。

競技は女子・男子・女子・男子の順に4人の選手が跳躍し、それぞれの合計得点で順位

が決まる。

元来、どちらかといえば団体競技が好きな私はこの新種目を楽しみにしていて、コーヒ

ー片手に5分前から待ち構える。

日本チームの第1ジャンパーは個人戦で惜しくも4位に終わった高梨沙羅である。そして

彼女は、103mの見事なジャンプを決め、スロベニアに次ぐ2位発進となる。

ところが、2番手の佐藤幸椰が飛んだ直後異変が起きる。突然、そこまでの順位が最下

位の7位に下がってしまったのである。なぜか、得点表示には高梨の得点が加算されて

いない。

やがてその理由が明らかになる。彼女のスーツのサイズが規定を外れていため失格だと

いうのだ。私は少なからぬショックを受け、「前にもあったじゃないか。何をやってる

んだ」と腹を立てた。1年前のW杯でも同じようなことがあったからだ。

3人の得点で2回目に進むことなどできっこない。私はそこで観るのをやめた。

ところが、寝る前にネットで確認してみると、なんと日本は4位になっている。

どうやら、日本の他にも3チームの選手たちが失格になったらしい。

結局、優勝は今大会好調のスロベニア、2位ROC、3位カナダという結果となり、メダル

を争うと見られていたW杯5戦4勝のドイツ、1勝の日本それに強豪国ノルウエーの名前がな

い。なんだかおかしい、続けて観ればよかったと後悔したが後の祭りである。

あくる日の録画は、結果が分かっていながら日本の追い上げにドキドキした。

失意の失格からわずか50分、眦を決して高梨は98.5メートルを飛び、この組2位の得点

を出して順位を最下位の8位から5位に上げる。実はこの時2位にいたノルウエーにもスーツ違

反があり順位は4位になる。その後も徐々に上位との差を縮め、3位と55.5点あった差を

17.7にして最後のエース小林を迎える。

もしかして奇跡が・・と期待する中、小林は106mの大ジャンプを決める。あとは待つ

ばかりという緊迫した場面でカナダの選手が自身最高のジャンプを成功させ、わずか8.3

点差で逃げ切る。涙が止まらないSara・・抱きしめる伊藤・・陵侑・・できることなら

TV画面の中に割り込んで、その輪に加わりたいような感動のシーンである。これが団体

戦の魅力でもある。ここまでやってくれれば選手たちには何も言うことがない。

 

しかし、それで一件落着と片付けるわけにはいかない。あり得ることなのか、あっては

ならないことなのか、どうしてこのようなことが起きてしまったのか・・・。

時間がたつにつれ、次のようなことが分かってきた。

・選手が着用するスーツは飛距離に影響するため、これまで何度もルールの厳格化がな

されてきた一方で、各国のスーツ性能改良競争も激化している。

・選手は、スタッフが用意したスーツを着用するだけなので責任はない。

・今回は従来と計測要領が異なっており、それについての事前説明はなかった。

・大量の失格が出た背景には、競技場の環境(高地、低温)が影響した可能性がある。

 

といった事情なのだが、それでも納得しがたい疑問が残る。

・なぜ競技を終えた選手を計測するのか。ボクシングの試合で試合後に体重を測って失

格にするがごとき理不尽なルールではないか。

・失格者は、何故メダル候補の有力チームのしかも女子に集中しているのか。

・5人の失格者は全員個人戦と同じスーツを着用したと言っている。

・ノルウエーの二人は、1回目は何事もなく、2回目で失格になっている。

 

これほどの失格者を出して、しかもそれがメダル候補の有力チームばかりとなれば、騒

ぎは大きくなる。ドイツの監督を筆頭に各所から非難の声が上がったのも当然だ。

しかし、実際に検査を担当したポーランド人のアガ・ボンチフスカ氏(女性)は、

“日本人は違う(あなたのように文句は言わない)他人に責任を押し付けない。私は自

分の仕事をした”と抗議の声に応えた。

まるで、自分が権力者であるかのような態度で庶民をいじめる”木っ端役人“のごとく、

極めて不愉快な印象だ。そのようなケースは、たいていその上司にも問題があるのだ

が、まさにそう思わせるようなコメントが関係者から漏れた。

団体戦で着用したスーツは個人戦で女性のコントローラーがOKを出したものだった

が、そのスーツを今度は男性コントローラーが違うやり方で測定したことから大混乱が

起きた。”

具体的には、『いつもは女性の検査官が一人でやるのに今回は3人で、その中に最も厳

しい検査官として知られるフィンランド人のミカ・ユッカラ氏がいた』

ということらしい。

いずれにせよ、現在のルールはその運用の仕方(実施要領)を含めて改善が必至である

ことは明らかだ。とくに、競技に臨む選手たちからスーツへの不安を取り除くことが最

も重要である。

 

高梨は自身のインスタグラムで、

“応援してくれた人を失望させ、チームメンバーの人生を変えてしまったと謝罪し、

責任をとれるとは思っていないが、今後については考える必要がある”

とコメントを発表した。そこに画像はなく、彼女の心を映すが如く真っ暗である。

スタッフの誰かが「彼女に責任はない。我々のミスだ」とコメントしたようだが、ミス

だというなら高梨に謝罪をさせている場合ではない。彼女に対して、さらには国民に対

して、一言あるべきではないか。そうでないというなら、しっかりと抗議の声を上げる

べき立場にある。

 

この一件、もはや如何ともしようがない。2回目に進めなかった選手には記録そのも

のがないからである。ただ一つ救いがあるのは、高梨の“健気さ”と日本チームの奮闘ぶ

りが彼女への非難の声を吹き飛ばしてしまったことだ。その点、中国の女子フィギュア

代表、アメリカ育ちの朱易選手への心無いバッシングが、逆にどうしようもない醜さと

して浮かび上がってくる。

 

話が長くなったが、もう一人の強烈な印象を残した選手に触れねばならない。それは男

子フィギュア羽生結弦選手である。3連覇がかかっている彼は、いわば北京オリンピッ

クの“顔”ともいえる人気者でもある。

その彼には3連覇の他にもう一つの夢がある。史上初となる4A(クワッド・アクセル)

の成功だ。だが、それを五輪の舞台で初登場させることは、極めてリスクの高い挑戦で

もある。

“3連覇か4Aか”というテーマは、戦いの前から何度も繰り返し話題にされてきたが、そ

の背景にはネイサン・チェンの存在がある。

そして最近の実績を見る限り、チェンは最高得点を次々に更新するなど、その充実ぶり

は際立っている。

だから羽生は、どこかの時点で(4Aを成功させなければ3連覇はない)と考えたのでは

ないだろうか。彼にとっては、“3連覇か4Aか”の二者択一ではなく、“3連覇のための4

A”であったと思う。

彼は4Aをプログラムに入れることを公言し、自らプレッシャーをかけて努力を重ね、

あと一歩の段階で”その時”を迎えてしまった。

周囲には、「未完成の技を外して戦うべきだ、たとえ3連覇を逃しても、金・金・銀

らそれも十分に偉業達成といえるではないか」という意見もあった。

確かに、“世界初”は誰も塗り替えることができない金字塔である。しかし、女子初の4回

転が安藤美姫であったという記憶は残っていても、男子初の4回転が1998年ジュニア・

シリーズでのティモシー・ゲーブルであったことを覚えている人はほとんどいまい。

誰もができるようになれば“初”は忘れられてしまう。

“壁は破られるまでの命”なのである。

 

様々な立場の人がそれぞれの思いを抱える中で、ショートプログラムの演技が始まる。

ところがそこには思いがけないアクシデントが潜んでいた。羽生の演技の冒頭、4回転

サルコウの踏切で誰かが傷つけた穴にはまってしまったのである。4Sのはずが1Sにな

り、稼ぎどころで得点0、羽生はまさかの8位でフリーに望むことになった。

一方チェンは圧巻の演技を披露し、羽生が持つ最高記録111.82を更新する113.97を獲得

した。これで、ショート・フリー・合計のすべてでチェンの記録が世界最高となった。

羽生の2大会連続の「金」は、いずれもショートでトップに立ち逃げ切ったものだ。

それでも上位3人の誰かが大きなミスをすれば、まだメダルの可能性は残っていたが、

もはや「金」はない。幸いにも、メダル圏内には日本選手が2人残っている。

おそらく、このとき彼は迷うことなくフリーでの4A挑戦を決心したに違いない。

一日空けてフリーの演技が始まる。

ショート8位の羽生は、最終組一つ前のグループである。

スタート前の彼は、いつになく気合を前面に出し、頬はいくぶん紅潮しているように見

えた。

勝負は冒頭に訪れる。

一人の選手の一つの演技を世界が注目する中、やはり彼は果敢に挑戦した。

・・・・そして、奇跡は起きなかった。

ただ、失敗しながらも史上初めて4Sという記録は残した。

競技を終えた羽生はサバサバとした表情であった。彼の気持ちを察するならば、

“他にやりようがなかったし、これ以上は出来なかった。期待には応えられなかった

が、今はここまでの自分を褒めてやりたい” ということではないかと思う。

 

とは言え、高梨にしろ羽生にしろ“メデタシメデタシ”というわけではない。このような

形で競技生活を終えることは不本意なはずだ。

現段階では、高梨は自身が持つ最多勝利数を更新できる唯一の存在であり、彼女にはま

だその力が残っている。そして羽生には4Aの完成がある。そのために、もし役に立つ

ならファンは心からの応援を送り続けるだろう。

しかし、二人が”燃え尽きた”というなら、「よくやってくれた、ありがとう」と言うよ

り他はない。それは、未完成でありながら人々に感動を与え、後世にも影響を及ぼした

シューベルトの「未完成交響曲」と同じではないかと感じるからである。

                          2022.02.15

嫡出推定の見直し報道への違和感(J-97)

“自らは何もしない”というレッテルを貼られそうな岸田総理だが、オミクロン株の蔓延にもかかわらず案外支持率を保っている。それが“聞く力”の証明なのかどうかは分からないが、波風を立てず、何となくうまくやっているようにも見える。派手さはなくても、経済安保や子ども基本法など、ひいき目に見て、このところ多方面にわたる議論が活発になっているような気がしないでもない。

先日法制審議会が明らかにした、以前からの懸案事項“嫡出推定”にかかわる民法改正案もその一つである。

毎日新聞はこれを「離婚後300日現夫の子」というタイトルで、2月2日の1面トップで報じたのだが、この問題に対するスタンスがどうもしっくりこない。タイトルからしてピントがずれているように思うのである。

記事の内容をかいつまんで説明すると次の通りだ。

 

民法では、結婚から200日以降に生まれた子は現夫の子とされ、離婚から300日未満に生まれた子は前夫の子と規定されている。重複期間を避けるため、女性のみは離婚から100日間の再婚禁止期間がある。しかし現実問題として、法的に離婚が成立する以前から現夫との関係が始まっていた場合は、離婚から300日未満であっても生まれた子は現夫の子である公算が圧倒的に高い。ところが、届け出をすれば前夫の子とされてしまうために届け出を控えるという状況が生まれ、結果、その子は無戸籍となってしまう。

夫婦の3組に1組が離婚するという現今の状況下、今回示されている「生まれた子は原則的に現夫婦の子とし、女性の再婚禁止期間を廃止する」という改正案は、無戸籍の回避に大いに資するであろう・・・。“

 

いくら前夫婦関係が破綻していても、離婚成立以前における現夫婦の関係はいわゆる不倫に当たることからその用語を避けたのか、元の記事は少々分かりにくい表現になっているが、平たく言えばこのような内容となっている。

しかし、そのスタンスは日頃「人権」に敏感な毎日にしては、なぜだか“らしくない”。

本来の毎日らしいタイトルをつけるならこんなところだろうか。

“女性の再婚禁止期間廃止―憲法違反の疑いある民法改正へ”

 

憲法24条は“婚姻は両性の合意のみに基づく”と規定し、諸々の事項に関する法律は“個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して制定”されることを求めている。

つまりこの問題は”人権問題“としてとらえるべきなのに、毎日は”夫婦の3組に1組が離婚する時代に合わない“などと馬鹿なこともいっている。

離婚率というのは人口1000人当たりの離婚件数で日本は1.7程度。世界的にはまだまだ低い数値だ。3組に1組というデータをどこから持ち出したのかは知らないが、それはその年の婚姻数と離婚数を単純に比較しただけの数値であって、日本のカップルの3分の1もが離婚に至るわけではない。意図的に誤解を生む表現としたとすれば悪質だ。

 

人間に限らず、生物学的な父親の推定はなかなか難しい。はっきりしているのは競走馬くらいのものだ。歴史的に見ても、平清盛の実の父は平忠盛ではなく白河院であるとか、豊臣秀頼の実の父が秀吉であるはずがないとか、そんなエピソードはいくらでもある。それらの疑惑は、当時の人々には今の我々より鮮明であったに違いないが、忠盛も秀吉も疑惑のそぶりをいささかも見せていない。要するに、嫡出推定とは夫婦の覚悟なのである。結婚を決意するということは、相手の過去は問わず丸呑みにするということだ。将来における子の奪い合いを防ぐために必要なら離婚届のチェック項目に選択肢として加えればよい。

安易なDNA鑑定は、必ずしも解決にはならない。むしろ子供を不幸にするケースもありうることから限定的に使用されるべきだと思う。

 

実はこの民法の規定は、割と最近の2016年にも一度改訂されている。

それまでは、離婚禁止期間が180日であったのだが、その前年に最高裁が離婚禁止期間の100日を超える部分は過剰な制約であり違憲にあたると判断したためである。

しかしそれは、女性のみに課せられる禁止期間が違憲に当たるかどうかを判断したものではなく、いわばお茶を濁したような改定に過ぎなかった。だからこの改定は、問題解決にはほとんど効果がなかったのである。

今回の改正案は再婚禁止期間の廃止に加え、妊娠から出産までの間に複数の婚姻がある場合は出産直近の夫の子と推定するというもので、原則が実にスッキリしている。

これに異議がある場合のみ裁判でもなんでもやればよいのである。

残念ながら諸外国の状況がわからないのだが、毎日が3面に特集まで組みながらそこに触れていないのは手抜きなのか、それとも力の限界なのか

                          2022.02.08。

 

 

 

 

北京冬季五輪展望(J-96)

 

冬季五輪といえば、概ね人口100万にも満たない程度の“田舎都市”が開催地となる。

ところが今回の北京は人口2000万以上の大都市である。しかも、「夏」・「冬」の両方

を開催する初めての都市として名が刻まれることにもなる。

その第24回冬季オリンピックが5日後に迫っているというのに、なんだか祭りの前の

盛り上がりがないような気がしてならない。

最大の原因はコロナであろう。しかしもう一つ、中国自身の事情がある。いわゆる人権

問題にからむ対外問題と冬季スポーツに対する熱の低さという国内事情である。今回の

自国開催でそれらがどう変化するかは気になるところでもある。

 

冬季五輪には、体重などによるクラス分けのある種目がない。また、その競技を行う環

境を整備するには相当の費用を要するものが多い。したがって、相対的に体格の劣る人

種や後発国には不利な条件がそろっている。しかし一方でその状況に変化が起きている

ことも事実である。過去のデータを振り返りながら北京2022とその後を展望してみたい。

 

              冬季五輪のデータ

年  開催地 参加国  種目数       3強         日本のメダル数

1972 札幌   35   36   ソ連・東独 ・ノルウエー  1-1-1    3

1998 長野   72   68   独 ・ノルウエー・露   5-1-4   10

2002 ソルトレイク  78   78    ノルウエー・ 独 ・米     0-1-1    2 

2006 トリノ  80   84   独 ・ 米 ・加     1-0-0  1

2010 バンクーバー 82   86   加 ・ 独 ・米     0-3-2  5

2014 ソチ   88   97   露 ・ノルウエー・加    1-4-3  8

2018 平昌      92       102   ノルウエー ・独 ・加     4-5-4    13

2022 北京   91    109   ノルウエー ・ 露 ・独     2-8-9    19

 

・この表からわかるように、何と言っても冬の王者はノルウエーである。人口約530万人で世

界の120位、北海道とほぼ同じ人口の国が、競技種目数が増えてもこのポジションを保

っているのは驚きだ。

・1998長野五輪までは露(ソ連)・独(東独)・ノルウエーが3強であったが、2002ソルトレイク

から米国、2010バンクーバーからはカナダと自国開催をきっかけに両国が躍進し旧3強を脅

かす存在になってきた。1番安定していたドイツはやや下降気味である。

・日本は長野のあと勢いに乗ることができず、2006トリノでは荒川静香の金が唯一のメ

ダルといった風に低迷が続いた。しかし2014ソチあたりから徐々に成果を上げるように

なり、前回の平昌では過去最多となる金4銀5銅4、合計13個のメダルを獲得した。夏

同様女子の活躍が目立ち、今回の北京選手団でも男子49人に対して女子は75人と圧倒し

ている。

・2022北京の赤文字はGracenote(米)の予想であるが、日本は金2銀8銅9計19個の予

想となっている。私は、メダル総数はこんなものかと予想しているが、メダルの色はも

う少し上に行くのではないかと期待している。夢の総数20台到達も十分ありうる。

ちなみに韓国は、金2銀3銅3、中国は金6銀2銅3,の予想となっているが、中国につ

いては何が強いのか見当もつかない。もし選手がそれなりの活躍を見せれば、今後の飛

躍につながるかもしれないが、近年力を入れているサッカーがなかなかうまくいかない

ように、そう簡単にはいかないのではないかとも思う。それはつまるところ、すそ野の

広がりの問題であり、卓球のようにはいかないぞ、と思うからである。

                           2022.1.31

贅沢の罠(Y-39)

「ぜいたくは敵だ」という戦時中のスローガンは、当時を描いた映画の場面などにも使

われて有名ですが、これに一字を加えて、「ぜいたくは素敵だ」とした落書きがあった

というエピソードがあります。割と有名なので耳にしたことが在るかと思います。

この標語の作者は、昭和15年、病気のために陸軍を除隊となって大政翼賛会の外郭団体

に身を置いていた花森安治だと言われています。しかし、実のところは霧の中で、とく

に落書きについては戦後の作り話だという説もあります。

 

花森安治は、年配者ならその女性と見まがうような独特の扮装を思い出すかもしれませ

ん。戦後は「暮らしの手帳」の初代編集長として、あるいはコピーライターやグラフィ

ックデザイナーとして活躍し、記憶に新しいところでは、朝ドラの「とと姉ちゃん」の

モデルになったことでも知られています。

また昭和18年には、大政翼賛会と3大新聞が共同でスローガンを大々的に募集して、

「欲しがりません勝つまでは」「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」などの標語が選出され

ましたが、このとき花森は有力な選者の一人だったようです。

その他の標語の中には、「一杯2杯3杯失敗」(日本国民禁酒同盟)といった笑いを誘

うものもあり、それらを当時メディアなどが盛んに使用していた「鬼畜米英」「米鬼」

などと比べてみると、案外国民は冷静であったのではないかという気もします。

そのあたりを静岡県立大の前坂俊之教授は次のように分析しています。

“戦時スローガンによって人々は本当にマインドコントロールされていたのかを考えて

みると実際はそうではなかったのではないか・・・庶民は標語の虚実をしっかり見据え

てその虚偽性を見破って落書きや流言蜚語パロディー化したコピーを作って反発・抵抗

して口コミで人々の間にひそかに流行していた・・・”と。

いずれにせよ、「政治とメディアが結託するとろくなことはない」という教訓が得られ

そうですが、ここでもう一度あらためてこのスローガンを眺めてみると、なんだかいつ

の時代にも通じるような深い意味がありそうにも思えてくるのです。それもパロディー

と並べることによってその意味がクローズアップされてくるように思います。

その意味とは、“贅沢は素敵であるがゆえに敵にもなる”ということです。

それが今回言いたくて表題にもした「贅沢の罠」です。

 

その昔、といってもわずか60~70年前のことですが、家事労働は今とは比べ物にならな

いほどの大仕事でした。

それがあっという間に、洗濯機、掃除機、電子レンジ、自動調理器などが登場し、機械

に家事をさせながらエアコンの利いた部屋で冷蔵庫から飲み物を出し、海外のスポーツ

中継を観るなどと言うことが可能な時代になりました。そして、いつでもどこでもスマ

ートフォンから世界の情報を手に入れ通信を行い、買い物もできるようになりました。

それらの全てが、当初は間違いなく“ぜいたくな”ものでしたが、やがて”必需品“とな

り、それがなければ”不幸“を感じるまでになってしまったのです。さらにあれもこれ

も“おまかせ設定”が付加されて最適な使用法まで機械任せとなってしまいました。

中学生の頃、私はアメリカのホームドラマを見て“蛇口からお湯が出る生活”がこの日本

にもやってくるだろうかと思いました。それがほぼ実現したわけですが、今のところ私

はそのぜいたくに抵抗して冷たい水で顔を洗っています。とは言いながらもその一方

で、温水シャワートイレでないと用が足せないという情けない状態になっています。

人は「贅沢の罠」から逃れられないのです。

この流れは、間違いなく社会全般のロボット化へと突き進んでいくでしょう。

工業・農業の生産分野はもとより、サービスや医療などありとあらゆる分野でロボット

化は進み、多くの一般人がすることといえば、資源の消費とごみの生産、そしてゲーム

だけということになるかもしれません。

その方向はもしかすると、さほど遠くない将来に「恐竜の時代」のように「人類の時

代」として地球史に刻まれるような結末を迎えるかもしれないと思ったりもします。

20世紀の人類は、おそらくそれまでの何千年かに匹敵する”ぜいたく”を産出し、これま

でになく多くの人々が「贅沢の罠」にはまってしまいました。

果たして今世紀の人類は、いくらかでもその罠から抜け出せるのでしょうか。

                           2022.01.20

 

 

コロナより深刻な認知症(J-95)

 

新型コロナの嵐が2年以上吹き荒れ、日本は6回目の波に襲われている。この間に確認さ

れた感染者は1月14日までの累計で183万人を超え、感染力が増したオミクロン変異株

による第6波は、第5波を超える大波になるのではないかと懸念されている。

ところが、幸いにというか不思議なことにというか、身近なところでは感染者が未だ

一人もいない。そのためか、騒ぎの大きさの割には実感が薄い。よりリスクが高いと

脅されてきた高齢者もこの頃は緊張感が薄らいでいるように思う。

実は、高齢者にひしひしと迫ってくるような懸念を抱かせているものは他にある。

それは認知症である。体が元気であればあるほど、残りの長さが怖いのである。

 

1月12日、毎日新聞の小さな記事が目が留まった。

それは、ワシントン大学などのチームがまとめて発表した論文の紹介記事で、

“各国が対策を取らないと世界の認知症患者が、2019年の5700万人から50年までに約3倍

の1億5300万人に増える” というものだ。

日本は、412万人から1.3倍の524万人という予測で、対象国(195か国)の中で最も増加

率が低いと分析されているが、中には10~20倍に増加すると予想されている国もある。

コロナの場合は、感染者が拡大する一方で完治する人も10日前後の遅れで随伴するの

で、ある時点における患者数はそれほど多くならない。1月14日現在、累計感染者数が

183万3640人といっても、療養中の人は64,605人だ。一方、認知症患者はほとんど完治

することがないので、そのまま数値が積み上げられてゆく。厚労省の推計では、2020年

で約600万、2025年には700万人に達すると予測されている。これに“隠れ認知症”やMCI

(Mild Cognitive Impairment 、軽度認知症障害)を加えるとさらに多くなる。

いずれにせよ、恐るべき数字である。

 

認知症にはいろんなタイプがあり、多いのはアルツハイマー型と血管性である。

しかしそのメカニズムはよくわかっておらず、治療法も無きに等しい。

最近になってようやく、アミロイドβという本来脳を護る働きをするタンパク質が、

「炎症」「栄養不足」「毒素」などの攻撃に長くさらされると、逆に脳を攻撃するよう

になるということが分かり(仮説)、アミロイドβを除去する治療法の開発が進められ

ているといった段階だ。まだ明るい見通しは立っていない。

だから新型ウィルスと同じく、「予防」が対策の中心になる。

しかし、その「予防」もこれといった対策があるわけではない。厚労省のH.P.には、

認知症の予防とは、認知症になるのを遅らせるという意味である“と書かれており、

予防効果があるものとして挙げられているのは、「適度の運動」、「バランスのとれた

食事」、「良質の睡眠」、「人的交流や趣味」といったものだ。

これらは、いずれもよく耳にする「万病対策」に他ならない。いわば「健康管理」だ。

一番効果がありそうなものを考えてみると、社交ダンスや麻雀のように、仲間や相手を

必要とするゲーム性のあるものが浮かんでくるのだが、それらの機会は長引く“巣ごも

り生活“で著しく減少しているに違いない。

経済への影響もさることながら、コロナ対策は認知症の増加にも大きな悪影響を及ぼし

ている。むしろ認知症対策こそが喫緊の課題だと言いたいが、言えばそれは本末転倒だ

大袈裟だと非難されるだろうか。それとも、アホな老人が飲み会のないことをボヤいて

いると一笑に付されるだけだろうか。

                              2022.01.15