樗木(ちょぼく)の遺言と爺怪説

愛国的好奇高齢者の遺言と違和感をエッセイ風に・・・

天晴な二人(J-60)

 

コロナという暗雲を吹き飛ばし、日本の隅々まで光を届けた“あっ晴れな”アスリートが

注目を集めている。

競泳女子の池江璃花子と男子ゴルフの松山英樹の二人だ。

白血病から復帰して間もない池江は、今月3日から10日にかけて行われた日本選手権で

4冠を達成し五輪2種目の出場を内定させた。予想をはるかに超える彼女の活躍に誰もが

驚き、感動の波と称賛の声は何処までも広がりを見せている。

彼女がオーストラリアでの合宿中、突然体調不良を訴えて帰国し、検査結果が白血病

あることを公表したのは2019年2月12日であった。それは、東京五輪の大きな期待の星

が一つ消えることを意味し、日本中が暗雲に包まれた。実はその同じころ、さらなる地

球規模の暗雲が押し寄せていた。新型コロナの感染拡大である。

そして2020年3月24日、東京オリンピックの延期が発表された。

それを聞いたとき、“池江璃花子が間に合うかもしれない”と一瞬私は思った。

しかし、聞けば聞くほど、調べれば調べるほど、白血病とはそんな生易しい病気ではな

く、完治しても、落ちた体力を元に戻すことは容易ではないことを知らされるだけであ

った。

それでも私は、皆が変に気遣って口にしないことをあえてブログ(五輪延期に思う、

3.25)に書いた。そのわけは、“口にしたことはかなえられる”という言霊信仰が頭に浮

かんだからだ。我が国は“言霊の幸ふ国”だからである。

 

2019.12、過酷な闘病生活を経て退院した池江は、2024年のパリ大会への決意を発表

し、2020年7月には練習風景を公開して見せたが、それは以前とは比べようのないいわ

ば”やつれた“姿であった。しかし、そこからの回復は目覚ましく、2020.12には東京への

意欲を口にし始め、そして今回の日本選手権の出場4種目すべての頂点に立った。

ここで、あらためて彼女の足取りを振り返ってみよう。

・2016年高校1年生でリオ・オリンピックに出場した池江は、表彰台こそ逃したもの

の、7種目12レースを泳ぎ、超過密日程にもかかわらず日本記録を更新するなど、その

将来性に大いなる期待を抱かせる。

・2017年、高2の池江は、第6回ジュニア選手権で金3、銀1、胴3を獲得し大会MVPに

選出される

・2018年、高3で迎えたアジア大会では金6、銀6を獲得し大会MVPに選ばれる。

 

このように、着々と実績を積み、そして迎えるはずのオリンピック・・・・そこから突

然奈落の底に落とされ、そして血のにじむような苦闘の後につかみ取った“オリンピッ

ク出場内定”の切符・・・延期はあまりにも残酷だ。

 

そしてもう一つ、池江璃花子の感動が冷めやらぬ4月11日、それに劣らぬ快挙が海を越

えて届けられる。

松山英樹のマスターズ制覇である。

“ゴルフの祭典”とも呼ばれる最高の舞台マスターズには、第3回の1936年以来多くの日

本人選手が挑戦を続けてきた。しかし、これまではことごとく跳ね返されてきた。

松山の初挑戦は2011年の大会であったが、彼はこの時ベストアマチュアに輝いた。

そして13年プロに転向するやいきなり4勝して賞金王になり、翌年から主戦場をアメリ

カに移した。以来、事実上日本の悲願は、松山英樹一身に託されることになった。

16、17年ごろにはメジャー大会で優勝争いに絡むようになり、世界ランキングも2位ま

で上昇して、”メジャー制覇は時間の問題“とまで言われるようになったが、そこからは

予選落ちも珍しくない状態となり、ランキングも25位まで下げていた。

しかし、彼は昨年からマスターズに狙いを定め、入念な準備を始めていたという。

ドライバーを替え、キャディーを替え、コーチについたのである。そこにどんな意味が

あるのか素人にはよくわからないが、見た目には、これまでの“一匹狼”的なピリピリし

た雰囲気が消え、よりソフトな落ち着いた感じに変わっていた。

そして、最後にはその冷静さがものを言った。

最終日、13アンダートップで松山が15番ホールを迎えたとき、中嶋常幸はこう解説し

た。「ライバルの成績を予想すると、どんなにうまくいっても13アンダーまで、だから

残りホールで1打でも縮めれば勝てる」

ところが2日目バーディー、3日目イーグルのこのホールで、2打目が飛びすぎて池に

はまりボギーを叩く。同組のシャウフェレは3連続バーディーで差は一気に縮まる。

ところがその直後今度はシャウフェレが池に打ち込み、最大のライバルが目の前で優勝

戦線から脱落する。

ここで松山は、冷静にスコアボードで先行のザラトリスに3打の余裕があることを確認

する。そこからは、徹底して安全策をとり、16番、18番をボギーとしながらも計算

通りに逃げ切るのである。

遂に扉は開かれたのだ。

松山の今後の活躍はもとより、これからの世代に対する”松山効果“が大いに期待される

ことは言うまでもない。

国内では、はやくもオリンピックでの“特殊任務”に対する期待の声が上がっている。

つまり、最終聖火ランナーと選手団の旗手に二人をどうかという声である。

もはや五輪は”やるっきゃない“という機運が高まっている雰囲気なのだ。

                        2021.4.13

 

 

 

逆玉に世間は辛い(J-59)

薄幸の少女が王子に見初められるといった物語は、古今東西、実話・創作織り交ぜて

あまた存在する。

いわゆるシンデレラストーリーで、日本流に言えば玉の輿というやつだ。

そして、その結末は概ねハッピーエンドで締めくくられる。

余談になるが、シンデレラとは“灰かぶりのエラ”の意味で、継母にこき使われて灰まみ

れになっているエラという悪意あるニックネームである。そこから派生して、逆に姫君

に見初められた男のことをシンデレラボーイという。

一方玉の輿は、元々は“貴人の用いる輿の美称”であって、男女の区別はないはずだが、

男女逆のケースは誰が言い出したか”逆玉”という。

玉の輿の語源としては有名な俗説がある。

時は江戸時代、3代将軍家光が京都の八百屋の娘玉に一目ぼれし、玉が輿に乗って江戸

入りしたことから”玉の輿“という言葉が生まれたとするものだ。しかし、将軍が八百屋

の娘を見初めるなどということはあり得ない。実のところはこんな話だ。

家光は若いころにはあまり女性に関心がなく、正妻に迎えた鷹司家の姫との折り合いも

悪いということでなかなか後継ぎが生まれない。これを心配した春日局が側室候補を物

色し、まず家光が関心を示した伊勢慶光院の院主を還俗させて大奥に入れた。これがお

万の方で、家光には愛されたが子は授からなかった。この時お万の方の部屋子(召使)

として共に江戸入りしたのが「お玉」である。彼女の父は北小路太郎兵衛宗正という公

家に仕える青侍とされているが、実の父はもっと低い身分で八百屋であったらしい。

そのお玉に目を付けた局が家光に引き合わせ、やがてお玉は5代将軍綱吉を産むことに

なる。おかげでお玉の一族も大出世を遂げるのである。

さらに余談を続けると、玉は家光の死後は桂昌院を名乗るが、髪は下ろさず、春日局

代わって大奥を支配するようになる。孝行息子の綱吉は母に従一位の官位を授かろうと

奔走し、朝廷の勅使に対しても最高のもてなしをする。このときの“御馳走人”役に指名

されたのが浅野内匠頭長矩で、松の廊下で刃傷沙汰を起こした内匠頭が即日切腹を命じ

られた背景には、大事な儀式を台無しにされた綱吉の激怒があるとも言われている。

なお桂昌院は翌年(1702)めでたく従1位の官位を授かっている。極めて異例のこと

で、これぞ極上の玉の輿といえよう。

以上、典型的な物語と実話を例に挙げてみたが、このパターンはメデタシ・メデタシと

いう話が多い。それに比べると男女が逆のパターン(逆玉)はどうもパッとしない。

悲劇的結末や悲恋物語に終わることも多い。

逆玉に対しては、何かハッピーエンドにしたくないような空気があるような気もする

し、とくに女性側の共感を呼びにくい感じがある。

 

気の毒なことに、秋篠宮眞子内親王と小室圭さんの恋はこのケースで、婚約発表の時点

からどこか暗雲が漂っていた。そこに母親の金銭トラブルを週刊誌がスクープしたもの

だからもういけない。それからは見るも無残なバッシングの嵐である。半年もたたない

うちに結婚は延期されることとなってしまった。 

それからずるずると約3年が経過し、一時は婚約破棄の噂も立ったが、若い二人の意思

は固く粘りに粘った。そして昨年11月、遂に秋篠宮が二人の結婚を認めるに至ったが、

あわせて小室さん側に「見える形」での対応を促した。これに応え、この4月8日小室さ

んが経緯を説明する文書を発表した。

文書はA4判24ページにわたる詳細なもので、新聞などによるとその冒頭には

“私と眞子さまの気持ち、そして結婚に対する思いに変わりはありません。この文書は

誤った情報をできる範囲で訂正することを目的としています。“と述べているという。

実は、この言い方がまた世の口うるさいオバサンたちの顰蹙を買う。

曰く、“何故最初にご心配をかけて申し訳ないと言わないの”

   “誤りを訂正するじゃなくて誤解を解きたいというべきよ”

   “さらに週刊誌などと論争を続け泥沼化させる気かしら”

   “「私と眞子さまの気持ち」というのは失礼じゃない?”

といった具合だ。要するに何が正しいかどちらが正しいかではないのである。

確かに、気合が入り過ぎているというか週刊誌などのメディアに挑戦状を叩きつけたよ

うな表現になっている。分からなくもないが国民の祝福を得ようとするなら、オバサン

たちの”そうじゃないのよねえ”という指摘にも耳を傾ける必要がありそうだ。

しかしまあそこは若気の至りとして許してやってはどうだろうか。

メディアも意地悪と言えば意地悪だ。原文では“私と眞子さまの気持ち”の前に、“眞子さ

まが書いてくださったように”という言葉がある。それは、20年11月に眞子さまが公表

した文書の“結婚は私たちにとって自分たちの心を大切に守りながら生きていくために

必要な選択」という言葉を指している。この言葉は眞子さまの強い意志を示すもので極

めて重い。秋篠宮家はもとより天皇家の気持ちをも動かした可能性がある。

そこをメディアが意図的に省略したとすれば悪質だ。

イギリスほどではないにせよ、王家(皇室)スキャンダルはメディアにとっては飯の

タネなのだ。彼らはあっさり片付いてほしくないのである。われわれ一般大衆もそのあ

たりは十分留意して情報に接する必要がある。

とくにオバサンたちには、週刊誌の広告だけで「悲劇の逆玉物語」をつくりあげるのは

止めにしようではないかと言いたいのだが、怖いのでここだけの話にしておく。

                            2021.4.11

 

 

 

真二刀流はホロ苦スタート(J-58)

米国の4月4日、日曜日の夜、アナハイムでのエンゼルスvsホワイトソックス戦は、

MLB 注目の一戦となり全米中継された。この日エンゼルスはDH制をとらず、初先発の

大谷選手が2番打者として登録されることが分かっていたからである。何やかやデータ

を掘り返すのが大好きなアメリカのスポーツ・メディアは、始まる前から“〇年以来”

だの“初”だのと沸き立っていた。

勿論日本でもそれに劣らぬ注目を集め、日本時間5日午前のLIVE放送はもとより、スポ

ーツ専門紙ばかりか主要紙までもがこのニュースに多くの紙面を割く異例の扱いとなっ

た。毎日の夕刊に至っては夕刊の一面全体を大谷翔平が占領している。

 

そのような背景の下で始まったこのゲーム、先発のマウンドに立った大谷には相当の

プレッシャーがかかっていたに違いないが、この恐るべき若者は緊張を闘志に置き換え

ていた。

1回表、人数制限された中でも熱狂が伝わるホームのマウンドに立った大谷は、MVP男

アブレイユを歩かせはしたが、危なげなくこの回を切り上げ、淡々と打者の準備にか

かる。そして・・1アウト走者なしで迎えた初打席・・何と何といきなりの特大アーチ

を放つという離れ業をやってのける。

誰かが言ったように、もはや“マンガの世界”だ。

となれば、あらかじめ調査済みの用意されたデータが飛び交う。

“今シーズン最速の速球”、“打球の初速速度は今年計測された最速”あるいはまた、

“通算本塁打で城島を抜いて日本人3位になった”といった塩梅だ。

どちらかと言えば“野球オタク的”で”的外れ“なそれらの視点はさておき、ゲームは4回

まで進んでエンゼルスは3-0とリードを広げ、大谷は勝利投手の権利が得られる5回

表のマウンドに立った。ここまでに打たれたヒットはわずか1本、勝利を手中にするの

は確実かと思われた。

この回ホワイトソックスは8番からの攻撃で、1アウト後大谷は9番バッターにセンター

前に運ばれ2本目のヒットを許す。しかし続く1番のガルシアをセカンドゴロに仕留め2

アウト、不安など何もなく、解説者などはこの分なら6回までいけそうだなどと暢気な

ことを云っていた。

ところがどっこい、そんな時を狙っているかの如く、勝利の女神は意地悪な本性を現す。

始まりは大谷の1塁牽制で悪送球だ。これでランナーは一気に3塁まで進んだ。

とは言え既に2アウト、打者イートンには三振とショートゴロで打たれてはいない。

にもかかわらず、四球を与えてしまう。一人相撲の始まりである。

続く3番のアブレイユにも四球を与え、遂にツーアウト満塁の大ピンチ、しかも迎える

バッターは4番モンカダである。しかしここで開き直った大谷は、気合の投球でモンカ

ダを空振りの三振に切って取る・・!!?何とこれをキャッチャーが後逸!さらに振り

逃げのモンカダを刺そうと1塁に投げた球が悪送球!これをカバーしたライトがホーム

ベースのカバーに入った大谷に大暴投!大谷はホームに滑り込んだアブレイユに足を掬

われて激しく転倒し、アブレイユが気遣って駆け寄る、これもまたマンガのような

あり得ないシーンである。

結局この間に3人のランナーがすべて帰って3-3の同点。大谷は足を引きずりながら

ベンチに下がり、そのまま降板した。

4回2/3を投げ、被安打2、奪三振7、与四球5、失点3(自責1)、92球の熱投は、

最終的には9回サヨナラ勝ちで報われたものの、本人にとっては悔いの残るホロ苦の

スタートとなった。

さて、このゲームというよりこの日の大谷、どう評価すればいいのだろうか。

惜しかった、不運だったではすまされないようにも思う。

大谷が超一流のポテンシャルを持っ選手であることは、誰もが認めるところだ。

しかし、投手として、或いは打者として超一流であるかと問われればそうだとは認めら

れないだろう。野球は球の速さや打球の距離を競うゲームではないからである。

選手の評価は、打者なら打率・本塁打・打点、投手なら防御率・勝率・奪三振数などが

その尺度に使用される。しかし、歴代の一流選手と比較するには大谷選手の実績はあま

りにも少ない。そこで私が注目する指標は、最近になって時々話題になるK/BBだ。

Kは三振、BBは四球を意味し、奪三振数が多く与四球が少ない程数値は高くなる。

例えば田中将大は4.6で菅野智之は4.5という値だ。調子のいいシーズンなら5.0以上で

このあたりがトップクラスである。

大谷は3.0なので、かなりいいレベルなのだが、何かが欠けているようにも思う。

そして、それが今回のゲームに現れているような気がするのである

力投型のピッチャーによくある現象として、突然乱れるということがある。

そのきっかけの一つが四球だとよく言われる。先頭打者への四球はヒットよりも失点に

つながりやすいともいわれる。しかしそれは順序が逆だ。四球を与えたから乱れたので

はなく、乱れたから四球を与え、そして打たれるのである。

乱れる原因は何か、それはおそらく、頭か体のどこかが疲労しているのであろう。

力投型の投手はバットに当てられるのが嫌いである。だから球威がなくなってきたこと

を自覚すると、当てられまいとして力むか、より厳しい球を投げようとして四球を与え

る。あるいは、カウントを悪くして甘い球になる。そして一気に崩れてしまう。

それに比べると好投手と呼ばれるピッチャーは省エネ術を心得ている。凡打で打ち取る

ことを基本にしていてバットに当てられることを嫌わない。ヒット1本と三振3個の最少

投球数は10だが、初球ヒットでも次の球で併殺を取り次が凡打なら3球で終わる。

だから、優先順位は打たせて取ることで、ピンチになったときだけギアを上げる。

それができる投手が投手成績を上げるのである。

大谷選手の持ち球は、フォーシーム、スライダー、フォーク、カーブの4種らしい。

いずれも、どちらかと言えば見逃しか空振りを狙うような球種だ。

これにもう一つ、打たせて取る球・・例えばカットボールツーシームのような球種

が欲しい。それと、言っちゃ悪いが野茂とピアザの関係のようないい捕手が欲しい。

 

次いで打者としての大谷選手である。

こちらも大谷選手の実績がまだ少ないので大打者との比較が難しいのだが、やはり三振

と四球の比率で比べてみたい。ここでは、評価尺度として採用されてはいないが、分母

と分子を入れ替えたBB/Kの値で見てみよう。

例えば王貞治選手の場合、生涯成績で、四球は2390、三振は1319だから、BB/Kは1.6と

なる。この数値がとびぬけた値で、以下落合と長嶋が1.3、松井が1.0、タイプの違う

イチローは比較しにくいところがあるが、0.7である。

それらの大打者に比べると、大谷は0.36だからかなり劣っている。

一言で言えば、相手の勝負球を見極める力とそれを仕留める力は、まだ発展途上だとい

うわけだ。

 

とまあ素人の強みで無責任な御託を並べてみたが、誰が何と言おうと、大谷の潜在能力

には計り知れないものがある。

何かどえらいことをやってくれそうな期待感は膨らむばかりなのだが、何はともあれ、

今年はケガをしないで最後まで姿を見せてほしいと祈るばかりである。

                          2021.04.07

 

 

 

世界は甘くない(J-57)

 

自慢にはならないが、年寄りのくせに夜更かしの朝寝坊である。

それがどういうわけか6時前に目が覚めてしまった。

覚めたからには観ずばなるまい。今日はMLBの開幕で日本人投手が先発する。

しかも二人である。ツインズの前田とパドレスダルビッシュ投手だ。

2017年の例(田中将大ダルビッシュ)があるので、初めてというわけではないが、

今年のオープン戦では二人とも極めて状態が良かったので、揃って快投を演じてくれる

のではないかという期待は膨らんでいた。観戦しようと決めていたわけではないが、

珍しくバッチリ目が覚めたのはそのせいだろう。

TVとスポーツナビを立ち上げてみると、試合はどちらもリードしている状態であった。

どうやら両者ともに無難なスタートをしたようで、すでに失点していたので完封の

望みは断たれていたが、勝利投手にはなれそうな状況であった。

ところがそう甘くはなかった。二人とも勝利投手の権利を得る直前に降板させられてし

まったのである。

前田投手は4回1/3を投げ、被安打6奪三振5与四死球3失点2(自責1)でマウンド

を降り、チームは延長10回タイブレークの末サヨナラ負けとなった。

ダルビッシュの方も同じように、4回2/3を投げ被安打8奪三振6与四死球1失点4で

降板となった。ただパドレスは最終的に8-7で勝利した。

残るはエンゼルスの大谷だが、こちらも開幕試合はノーヒットに終わった。

ただ彼にはツキがあった。1点を追う8回、先頭のフレッチャーが内野安打で出塁したあ

と、あわや併殺打かと思われた大谷の打球を二塁手が悪送球してチャンスが広がり、

結局大谷の生還が決勝点となって、チームは開幕戦の連敗を7で止める歓喜の逆転勝利

となった。

この日、実はもう一つ注目の試合があった。

LPGAのメジャー大会の一つに数えられているANAインスピレーションの初日が行われ

ていたのである。

この試合には、アメリカを主戦場としている畑岡奈紗上原彩子、河本結、野村敏京

加えて渋野日向子、笹生優花、原英莉花が参戦している。

しかし、注目の渋野は初日イーブンパーで49位タイ、思いどうりにはならない。

かくのごとく、一日中日本人選手を追いかけ回してみたものの、思い知らされたのは、

“世界は甘くない”という現実だ。

しかし、いずれもあと一息のようにも見える。今後に期待しよう。

                            2021.4.2

 

さくら満開ー楽しみな二人(J-56)

あちこちから開花宣言や花便りが届けられる中、こちらに一つ、あちらに一つ、あっ晴

れな花が開いたというニュースだ。

こちらの花はJLPGAツアーの小祝さくら、今年第一戦のダイキンオーキッド(沖縄)に

続き、先週のTポイントENEOSでも優勝し、早くも3戦で2勝を挙げた。この2戦、いず

れも最終日の逆転勝利であった。どちらの試合もなんとなく彼女が勝ちそうな予感がし

たが、そう思わせるほど現在の状態は安定しそして強い。Tポイント・ENEOSの最終日

最終組は、絶好調のサイ・ペイイン(台湾)と韓国の実力者ペ・ソンウ、イ・ミニョン

の3人組で、イ・ミニョンは優勝スコアを15アンダ-くらいになりそうだとコメントし

ていた。小祝は一つ前の組で首位とは3打差、勝つためには7アンダー以上の猛チャー

ジが必要となる。さすがにそれは無理かとも思われたが、最終日はピンの位置が難しく

おまけに10m前後の強風が舞っていた。それが小祝には幸いした。最終組が揃って

スコアを落とす中、小祝は2アンダーにまとめて逆転したのである。

JLPGAは昨年コロナの影響で試合数を大幅に縮小し、賞金女王などは今年と統合した成

績で決定されることになっているが、小祝はこの勝利で、賞金女王レースでもトップに

立ちメルセデスランキングも1位に躍り出た。試合は沖縄・高知・鹿児島と、あたかも

桜前線のごとく北上しているが、彼女もそのさくら前線に乗って北上しそうな勢いがあ

る。

彼女はいわゆる黄金世代(1998年度生まれ)の一角である。4月生まれなのでその

中では長姉的存在だ。プロ入りは2017年、ライバルは多く2019年、2020年にそれぞれ

1勝を挙げているものの実績としてはまだ駆け出しの部類である。しかし、これまでの

着実な歩みには非凡なものが感じられる。

JLPGAは不動裕理の時代が長く続いたが、その後は韓国選手をはじめとする外国人選手

に圧倒される場面が多く興味が薄れていた。しかし、3,4年前から有力な新人が一気に

出現し俄然面白くなってきた。

私が小祝さくらの名を知ったのは、スポーツ欄の試合結果に名前をよく見かけることに

気づいた2018年のことだ。この年彼女は13試合でトップ10入りを果たし、そのうち2位

が4回ということで新人賞を獲得した。しかし、その姿を映像で見た時の感想を正直に

言えば “ここまでかな”であった。なんだかふにゃふにゃしていて、アスリートらしさ

や勝負師的な内面の強さが伝わってこなかったのである。実はその印象は今もほとんど

変わっていない。

しかしそれは大いなる誤解であった

彼女の歩みをスタッツ・データから、注目すべき項目の順位で見てみよう。

 

            2018   2019  2020(*1) 2021

 平均ストローク    19 位   10    4     1

 平均パット数      22    16    9     6

 パーセーブ率      20    9    4     2

 サンドセーブ率     62    81    17     2

 リカバリー率(*2)  43    15    6     2

 パーブレーク率(*3) 15    14    4     2

 

(*1):12月末までのデータ

(*2):パーオンできなかったホールをパー以上で終わる割合

(*3):バーディー以上である割合

 

このデータが示すように、彼女は着実にしかも急速に実力を伸ばしている。

最後の三つは彼女の強さの証明であり、安定した成績の根拠となるものだ。

今のところ海外試合出場のプランは持っていないようだが、ぜひ挑戦してもらいたい

ものだと思う。

 

さてもう一つ、あちらの花はMLBである。

「イチバン・ピッチャー・オオタニクン」とアナウンスされればそれは高校野球だが、

何とMLBでそれが実現した。

オープン戦ではあるが、3.22のパドレス戦でエンゼルスの大谷選手が一番・投手として

出場し、投げては4回を2安打1失点にまとめ、打っては2安打1四球とまるで漫画の主人

公のような活躍をいとも簡単にやってのけた。

スポーツ・ニッポンによると、レギュラーシーズンでは120年前にジャイアンツのジョ

ーンズという選手が一番投手で試合をした記録があるという。しかし、ジョーンズの本

職は外野手で、ダブルヘッダーの投手不足に窮した苦肉の策らしく、彼の投手としての

出場は2試合のみにとどまっている。

本格的な二刀流を目指す大谷選手への注目と期待は膨らむばかりで、スポーツ専門紙の

アルダヤ記者はこの快挙を「Absurd」と表現し、地元紙ロサンゼルス・タイムのハリス

記者は「fabled milestone」を成し遂げたと報じた。

大谷選手は、投げても打っても、その姿には絵になる美しさがある。一方、この種の

天才にありがちな”イヤミ“は全く感じられない。ナイスガイそのものだ。

彼の活躍が多くの野球少年に与える影響は計り知れないものがあり、ケガをさせないよ

う大切に扱ってほしいと願いながら、大いなる期待を寄せずにはいられない。

                          2021.3.23

 

今度はブタか(J-55)

芸人Nがたまたま発した謎かけ問答が炎上したのは、ついこの間のことで前回のブログ

に書いたとおりである。

そこでは「犬」という言葉が差別的とされたわけだが、今度は「ブタ」が侮辱発言だと

されて、こともあろうに、五輪式典の統括者の首が飛んだ。

新聞報道によると、辞任に追い込まれたのは五輪開会・閉会式の総合統括を担当する

S氏が、人気タレントの渡辺直美にブタの格好をさせる演出をチームメンバーに提案し

たことが在ったということを文春がスクープしたというものだ。そのこと自体は1年も

前のことで、チームメンバーたちの反対にあって『ボツ』にされた案件だ。したがって

現実には何も起きていない。これが今になって表ざたになる理由が分からないのだが、

文春にネタを打った者がいたのか、文春が引き出しの奥から引っ張り出してきたのか

、いずれにせよ、「犬」騒動に触発された可能性が高いのではないだろうか。

だとすれば、後味の悪さは倍加する。

これが侮辱かどうかは本人次第なので、渡辺直美のコメントに注目が集まっていたわけ

だが、それが今日(19日)明らかになった。

彼女が言うには、“私自身はこの体型で幸せです。なので、今まで通り・・もしその

プランが採用されて私のところに来たら絶対に断る“ということらしい。

そして、(この騒ぎで)“傷つく人がいるだろうな”と世のデブを気遣っている。

案外、彼女自身はさほど傷ついていないようにも見えるし、怒り狂っているようでも

ない。

そもそも「ブタ」は、どちらかと言えば“愛されキャラ”である。

電通出身でCM制作のベテランS氏が、そこを読み間違えるとは思われない。

もしその演出が使用されていたならば、どうなっていたであろうか・・・

こんなストーリーが浮かんでくる。

・・・かわいいブタに扮した渡辺直美が彼女らしく激しいパフォーマンスをして見せ

る・・観客は拍手喝采し、マスコットは大売れ、彼女は世界的スターに・・・そして、

世のおデブちゃんたちが元気になる・・・あり得ない話ではない。

これとは真逆の残念な結末を迎えたのは、差別や侮辱に過剰に反応する人と寛容性

のない社会のいわば化学反応である。この人たちは多様性を尊重せよと言いながら実は

逆の行動をとっていることに気づいていない。多様性を認めるということは、極端なこ

とを云えば、多様性を認めないという人たちも抱き込む寛容性を持つということだ。

言い換えれば、多数/少数派のどちらにも偏らない姿勢であり、今回の例で言えば、

ブタに負のイメージのみを貼り付けることへの懸念である。

犬や豚は、人間にとっては感謝すべき対象であり、こんなことを続けることは彼らに

申し訳ないではないか。

ここに“反対の理屈を持たぬ理屈は存在しない”という哲学者ピュロンの名言がある。

この名言は否定することができない。”そんなことはない“と言えばこの名言が正しいこ

とを証明することになるからだ。寛容な社会を形成するにはこの心が要る。

メディアやSNSは、怒り、恨み、嫉妬心を刺激し、常に「けしからん合唱団」への入会

を促し続けている。そして「けしからん合唱団」が形成されるとだれかの首が飛び、

さらに急拡大すれば「やっちまえ暴力団」に変身する恐れさえある。

怒りや恨みが持つエネルギーは想像以上に巨大だ。

それが民主主義の怖いところでもある。

                        2021.3.19

 

差別失言とことば狩り(J-54)

 

世に、差別発言と決めつけられてしばしば袋叩きにされている発言は、本人には全くそ

の気はなく、いうなれば“差別失言”であることが多い。

今月12日、日テレの「スッキリ」でアイヌ民族の女性を取り上げたドキュメンタリー

作品を紹介した際、お笑い芸人の脳みそ夫が発した発言もその類だ。

その番組は見ていなかったのだがYouTubeなどで確認してみると、次のような発言であ

ったらしい。

脳みそ夫:“ここで謎かけを一つ、この作品とかけまして動物を見つけた時と解く、

その心は「あ、犬」ワンワンワン・・この作品を見てアイヌの美しさを堪能しよう“

謎かけというにはお粗末な出来で、「ねづっち」の爪の垢でも煎じて飲んだ方がよさそ

うだが、全体を見れば差別発言でないことは明らかである。

そもそも、“犬は交際術の天才、接客の手本”と思っている犬好きの私からすれば、

「犬」に悪いイメージはない。“幕府の犬め!”という勤皇志士お決まりのセリフも、

新選組からすれば忠臣であるわけで、単なる立場の違いにすぎない。

日テレとご本人が早々に謝罪したことで、この件そのものは”ボヤ“で収まりそうだが、

なんだか”スッキリ“しない。

そこには、「犬」だけにとどまらない、いわば“言葉狩り”現象が起きることへの懸念が

感じられるからだ。つまり、受け取る側への極度の配慮は、言語表現の豊かさを制限す

ることに繋がってはいないかということだ。例えば、猿のように、羊のように、キツネ

のようにリスのように、小鳥のように・・・といった比喩表現は一切使えないといった

ことになりはしないかということだ。

 

現役のころのエピソードであるが、ある時「手短に」という言葉をつかったところ、

それは「差別用語」だと注意されたことが在る。一瞬何のことか分からなかったのだ

が、それがサリドマイド被害者への配慮を欠く表現であると指摘したものだと分かっ

た。そこでちょっとした論争になったのだが、相手は「めくらヘビにおじず」も「つん

ぼ桟敷」もだめだという。はなから「めくら」も「つんぼ」も差別用語だから使っては

いけない、「○○が不自由な人」と言いなさいという。じゃあ、バカは「頭の不自由な

人」というのか、その方が差別的だな」言ったら、バカは差別用語でないという。

どうもよくわからない。

元々の意味を辿ってみれば、「めくらヘビにおじず」は「リスクを知らず無茶をする」

ことをいさめる比喩表現だし、「つんぼ桟敷」は「大向こう」と同じく、元々は「目の

肥えた見物客をほめた表現」で、差別的な意味はなかったはずだ。

受け取る側がどう感じるかは大切である。勿論配慮が必要だ。しかし、全体なり前後の

つながりを見れば、差別かどうかはわかる。もし相手が不愉快だというのであれば、誤

ればよい。最初に断りを入れれば済むはずだ。

しかし現状は、それさえも許さない雰囲気が重くのしかかっている。

典型的な例は、だいぶん前(2007)の話になるが、当時の柳澤厚労相が地方議会の集会

で発した「産む機械」発言だ。この時大臣は、少子化問題を取り上げ、女性の出産適齢

人口は決まっているので、とりあえずは一人当たりの数を増やしてもらうしかないと云

おうとした。そのために、「産む機械と言ってごめんなさいね」と断わりを入れながら

この言葉を使ったのである。

それでもこの失言は大炎上した。油を注ぎ続けたのが野党とメディアであったことは言

うまでもない。

表現の自由に最も敏感なのはメディアである。メディアはいわば言葉のプロだ。

そのメディアが著名人の失言や言葉尻を捉えてしつこく糾弾する。そして謝罪や辞任に

追い込むという図式は拡大するばかりである。そして今回の日テレのごとく、自ら謝罪

しなければならないような事態を引き起こす。それ自体は自業自得なのだが、同時に

「ことば狩り」が進行していることが、社会の不寛容化に一役買っているように見えて

残念でならない。

                          2021.3.16